第22話『決戦』
「やはり、この程度か」
ガィンと、小気味良い金属音を響かせて剣が地べたへと突き刺さる。彼が立つのは校舎屋上であり、本来ならそう容易く剣が刺さるような場所ではないのだが。それはこの剣がいかに優れた一品かを物語っていた。そして、その剣を持つこの白銀の剣士の実力も。
白銀の剣士は睥睨する。自らが行った所業――跡形もなく崩れ去った高天原学園校舎の、左半分を。
校舎だった瓦礫が転がり落ち、音を立てて粉々に割れる。
もちろん、これは幻覚だ。校舎が壊れたように見えるのは厨二病が抱く妄想で、それらを共有している厨二病患者とこの試合をネットを介して観戦している人間にしかこの情景は見えていない。
しかし、それでも。このあまりに凄惨たる光景に、心痛まぬはずがない。
無論、それを目の前で見、今が瓦礫の中から這い上がった少女にとっては、言うまでもなく。
「くっ……」
重い瓦礫をどけて、サヤが体を持ち上げる。
常軌を逸した光景だ。厨二病の戦いがいくら妄想であろうと、これほどの光景を見せられて平静でいられる者はそう多くはないだろう。
そしてそれは、それを行った者もそうだ。これほどの高火力、発揮できる者はそう多くはいない。
以前スグリから聞いた。今の厨二界に数人といないトップクラスの実力者。そして、あのアキハルの――『魔王』の元チームメイト。
当代最強ギルド『円卓の騎士団』代表、【白銀の騎士王】アーサー。
よもやトップが一回戦目から出張ってくるとは、予想だにもしていなかった。
「ぶ、無事かい、サヤくん……」
すぐ目の前から聞こえてきた声に、サヤはハッと視線を向ける。相手に気を取られて気が付かなかったなんて。
「スグリっ、スグリは……っ――――」
思わず声が詰まる。
そこにあったのは、見慣れた純白の白衣をボロボロにし、こちらに背を向け膝をつく見慣れぬ部長の姿。
まるでサヤを護るかのような。
「よかったよ……。キミは無事みたいで……」
「スグ、リ……。どうして……」
「咄嗟にシールドを張ったんだけどね。間に合ったけど、威力が想定を超え過ぎてた……。はは……、情けないや」
そう言うとガクリとスグリの体が揺れ、瓦礫の上へと倒れ込む。
「スグリ、スグリ!」
サヤが抱きかかえるが、スグリは目を開かない。
「っ…………」
唇を噛む。涙は流さない。今はそんな場合ではない。今、必要なのは――。
「はっ……、はっ……、サヤちゃん!」
「オトミ」
そこへ校舎外へと待避していたオトミが駆けつける。
このような惨状にも関わらず来てくれたことに感謝しかない。
「オトミ、スグリをお願い」
「っスグリちゃん……」
「大丈夫。気絶してるだけだから」
オトミはスグリのその姿に涙ぐむが、すぐに瞼を拭って大きく頷く。
「う……、うん、任せて。サヤちゃんは?」
「わたしは――」
サヤは見上げる。そこにはこちらに気付き、一部始終を観察するように眺める侵略者の姿。
今倒すべき敵の姿が、そこにはあった。
「やるべきことが、あるから」
サヤのその目を見て、オトミも意思を強くする。
「うん、わかったよ。でも無理は、しないでね」
「うん。大丈夫。オトミ、ありがと」
「ううん。だってわたしたち、同じ部の仲間だもん」
「うん。そうだね」
「だから黒鉄くんも、きっと……」
「うん。大丈夫。師匠はきっと……、ううん。絶対に、来るから」
振り向かず、敵を睨んだまま言うサヤに、オトミは思わず胸を掴む。
「気をつけてね、サヤちゃん」
「うん。じゃあ、行ってくる」
そう言うとサヤは焔の翼を広げ、上空へと飛び立つ。
目指すは屋上、時計を足場に張り付かせる昇降口上。
降り立つサヤに、白銀の騎士は攻撃をしてこない。何らかの矜持か、礼儀か、それとも単にそうする価値も認めていないだけか。
目の前に立ったサヤに、騎士は口を開く。
「ごきげんよう、可愛らしいお嬢さん。とても素晴らしい翼ですね」
身に纏う殺気とは裏腹に、騎士は戯けるように笑う。
「……お前が、師匠の――魔王の昔のチームメイト?」
「ん、師匠? ……ふむ。ああ、そうだね。僕と彼は元チームメイト。ギルドなんて持ってなかった個人勢がより集まってできた、寂しいチームのね。僕と彼ともう一人の三人。彼だけが唯一の年下だったけど。彼ももう一人もとびきり強くてね。あの頃の彼はまさに孤高って感じだったよ。懐かしい話だ」
楽しそうに、まるでどこかのカフェで話しているかのような場違い感のある話し方。それともそうなのだろうか。この男にはカフェで話をするのも、戦場で話をするのも変わらないことのだろうか。常在戦場。戦いはこの男の日常で、朝起きて顔を洗い、歯を磨くことと何ら変わらない、常にそこにある出来事なのだろうか。
もしそうであるならば、その戦闘経験の差は尋常ではないだろう。中学の頃よりこの幻想的な戦場で戦い続けた騎士と、ついこの間この世界に入ってきたばかりの新参。比べるまでもない。
ならば、サヤの勝機はどこにあるというのか。
「だからこそ、意外だった。彼がギルドに入るなんて。たとえ何かの気の迷いだろうと、一時的のことだろうと、彼はどこかに所属するような人間じゃないと思っていたから。だからずっと気になってた。何が彼を――アキハルをそうさせたのか。――君は、知っているかな?」
ビクリと、サヤが震える。
変わっていないはずの騎士の声色が、変わって気がして。
サヤは見る。その男の瞳を。張り付いたようなニヒルな笑顔。だがその細められた眼が、ジッッとこちらを見ているような――睨んでいるような。そんな感覚が背筋に冷や水を掛ける。
「『
咄嗟に、サヤは翼を広げる。さっき飛んだときよりも、火力を上げて。
「……随分と急だね。もう少しおしゃべりに興じていたかったんだけど。君がそれを望むのなら、仕方ない」
ガリッと地面を削り、剣が引き抜かれる。
騎士の名はアーサー。もしその名が伝説に語られるかの王からの引用ならば、その手に持つ剣はただの剣ではなく、妖精から授けられし伝説の聖剣か。
ならばこそ、彼が振るう一撃は星の一撃と同義。
「それじゃあ始めようか。これは問いかけだ。君が本当に彼に相応しいかどうかという、問いかけの一撃」
アーサーは剣を縦に構える。本来ならば儀礼で行われるような構え。だがこの場においてはそれが正しい。彼にとっての、最高最強の一撃を放つ構えなのだから。
「させない――っ」
サヤが翔ぶ。以前の戦いよりも自由自在に。旋回し蛇行し、その度に火力を上げる。まるでエンジンを暖めているかのように、その距離が伸びるごとに舞い散る焔の量は増えていき、速度が増す。今やその姿は青空を舞う紅蓮の
そして星はある地点で急激に方向を変え、敵を穿つ流星へと変わる。
「『朱け星』――っ」
朱の彗星が蒼天に煌めく中、聖剣が光を纏う。
「エクス――」
呟いた途端光は増幅し、周囲の空気さえも色づき出す。
それを気にすることなく、アーサーは聖剣を振りかぶる。
「――カリバー」
小さく呟かれた聖剣の名。しかしその振りは天地を揺るがすに等しい力強さで、蒼天より飛来する朱の流星へと向けられる。
放たれたのは、光の一撃。光が質量をもったのならばきっと、このように映るのだろうと思う光の奔流。その一撃が、蒼天を裂く。
「はぁああああああああああああああああああああああああああああ――――」
サヤの視界は光へと消え、焔は呑まれる。
*
「くそっ!」
遠くからでも見える極大な光の奔流を見て、アキハルは咄嗟に吐き捨てる。
時間は正午十分。自宅を出、アキハルは自転車に駆り大急ぎで学校へと向かっているのだが、遠くに見えた見覚えのある光に、アキハルは悪態を吐かずにはいられない。
厨二界広しとは言え、あれほどの威力を持つ能力をアキハルは知らない。どう見てもあれはアーサーのエクスカリバーの一撃だ。
当然と言えば当然だが、試合は既に始まっている。
だがまさか、一試合目からヤツが出てくるとは。
想定外にもほどがある。
「持ちこたえてくれ……」
普通ならば、あの一撃を受けた者は敗北必至。あれを真正面から受けて生き残ったものを、アキハルは未だに見たことがない。
それに加えあの射程範囲だ。学校が舞台であれば、大半は射程圏内。既に敗北は確定しているようなものだが。
それでも……。
「待ってろよ……」
自転車を漕ぎながら、アキハルは祈る。
普通では起こりえぬ奇跡。それを起こすかもしれない不肖の弟子を、思い浮かべながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます