第23話『決戦 ②』


「やはり君たちに彼は、相応しくない」


 試合開始から三十分が経っていた。


 その間、大勢に変化は一切ない。

 あったことといえば、サヤの一撃はあと一歩のところでアーサーに届かなかったこと。アーサーの一撃を浴びながらも立ち上がり、必死に食らい付いていたこと。スグリが目覚め、機械兵装を用いて自ら戦ったこと。急増ながらも二人の連携が上手く噛み合ったこと。


 そして、その全てが通じなかったこと。それくらいだろうか。


「しかしわからない。何故、まだ君たちは抗おうとする」


 背中に背負った機械兵装が立ち上がろうと悲鳴を上げるが、少し持ち上がったところで脚部中程が火花を散らして折れ、スグリは再び地面を転がる。


「ぐ……」


 アーサーに首を掴まれたサヤは呻く。刀を持った腕はだらりと力なく垂れ下がり、地に着かぬ足にはもはや気力はない。


「何故そうまでする。大勢は決した。僕の勝利はもう覆りようがない事実だ。女性に手を上げるのは僕の信条に反することだが、立ち向かう者に手を抜くこともまた僕の信条に反すること。だから決して僕は手を緩めることはない。だからこそ、君たちには早く諦めてほしい。立ち上がろうとすれば試合は終わらない。僕はまだ君たちを傷付けなければならなくなる」


 呻くように、眉を潜ませて言うアーサー。その表情がこの男の嘘偽りのない言葉なのだと思わせる。

 だがその言葉に、サヤは刀を振るう。


「む――」


 しかし最後の力を出し振り上げた刀も、アーサーに簡単に弾かれてしまう。


「驚きだよ。まだ力が残っていたとは。でももう刀も失った。これで……何故、笑っているんだい?」


 アーサーに首を掴まれ、空を向くサヤの顔。アーサーから目は見えないが、口元が笑っていることだけはよくわかる。


「何故? だってさっきから、可笑しな質問ばっかりするんだもの」

「可笑しい? どこがだい?」

「何故まだ戦うか? そんなの決まってる。まだ、負けてない。それだけ」


 キッと睨むその瞳に、アーサーは未だ炎が灯っていること理解する。


「……意地ですか。くだらない。そんなものに何の意味もない」


 否定するアーサーに、しかしサヤはまたも笑う。


「その台詞、師匠が言ってた。悪役が言う、お約束の台詞だって」

「……そうかい。何故かは知らないが、その師匠も一向に来る気配がない。やはり己には合わぬと袂を別ったか、それとも単なる温存か。温存だと言うのなら興醒めもいいとこだ。僕ら相手に、戦力を温存できると思っているのだから」


 アーサーは辺りを見る。アキハルどころか、他に参戦する味方もいないらしい。

 少人数のギルドと聞いていたし、おそらく他に戦える人間はいないのだろう。

 そう思い、アーサーはため息を吐く。


「もういいだろう。これ以上やっても意味はない。まだ喋れるうちに、早くその口から敗けを認めてほしい。そうすれば、もう痛い思いをすることはない」


 だがやはり、サヤは負けを認めない。

 代わりに、掠れた声が漏れる。


「……意味、ないなんてことは……ない」

「ないよ。戦いに、勝利以外の意味はない。僕たちは勝利するためにここにいる。勝利できないであれば、全ては無駄。無意味なことだ」

「ふふ……。やっぱり、お前は師匠のチームメイトらしくない。師匠ならきっと、こう言う」

「ほう。ぜひ今後の参考に聞かせてほしいものだね」


 ニヤリと笑い、サヤは言う。


「戦う理由はいつでも、自分自身の最強を証明するため。それが、わたしたちが戦う理由」


 それは、前々回の試合で聞かされた台詞。二週間経った今でも、サヤの胸には残り続けているらしい。


「そうかい。案外、つまらない答えだったね。それじゃあ、覚悟はできたかな?」

「アンタがね」


 サヤが言った途端、サヤの手が焔に包まれ、中から刀が顕れる。


「っ――――!」

「わたしの刀はどこにあろうとわたしの元へ戻ってくる。これで――ッ」


 サヤは顕れた刀を振り上げ、伸びたアーサーの腕を斬りつける。

 構えも取れない片腕の振りに、当然威力などなく、アーサーに深手は負わせることなど出来はしない。


 ただ、握られたサヤの首を離すことは成功した。

 そしてサヤは落ちていく。屋上の高さから、瓦礫散らばる冷たい地面へと、真っ逆さまに。


 敗けは戦いを続けていればいつか訪れる事実だけど、それでも、どうしても思ってしまう。

 勝つときも負けるときも、師匠と一緒がよかったと――。


「師匠……」


 浮遊感を肌で感じて、咄嗟に声が漏れる。



「……、魔王ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」




「そう、大声で呼ぶなよ」




 落下の衝撃はなかった。

 代わりに、この一ヶ月で聞き慣れてしまった声が、久し振りに耳に届いた。


「師匠って呼ばれるのはまだ、少し恥ずかしいんだからな」


 バサリと、見たことない漆黒の翼を羽撃かせながら、中空で捉えたサヤの小さな体を抱き、遅れてやってきた魔王が地面へと舞い降りる。

 アキハルが戦場へと、ようやく駆けつける。

 軽やかに地面の上に足を降ろしたアキハルは、サヤへと声をかける。


「ごめん。少し遅れた。無事かサ――」


 言いかけた途端、サヤの頭が勢いよくアキハルの顎を貫く。


「っ~~~~…………」

「遅い! 全然少しじゃない! 遅刻とかもうそんなレベルじゃないよ師匠! ちょっと格好つけたらそれで許されるとでも思ってるの!」

「す、スマン……。でもほら、俺もいろいろ葛藤とかそういうのがさ……」

「関係ない! どんな事情だろうと、師匠が勝手に落ち込んで勝手にいなくなったってだけでしょ! なのにスグリにもオトミにも迷惑かけて……。挙げ句帰ってきたと思ったら格好つけて登場って……、だから師匠は厨二病なんだよ!!」

「うぐっ……!!」


 目に見えない刃ががアキハルの心を的確に抉り抜く。


「い、いや……、でもそれは厨二病のさがで……」

「言い訳しない! 厨二病だろうとなんだろうと、仲間を心配かけていい道理はない!」

「…………お、仰る通りで」


 ぐうの音も出ない。アキハルがカッコいいと思っていた台詞やら登場シーンやらは、全部サヤに否定されてしまった。

 あまり訪れることのない復活という機会に、内心テンションが上がっていたのだが。今のですっかりと頭が冷やされてしまった。面目の次第もない。

 と、唐突に胸ぐらが掴まれる。


「……サヤ?」


 ついに殴られるのかとおっかなびっくりしているが、いくら待っても衝撃は飛んでこない。

 恐る恐る目を開けると。


「…………心配、してたんだから……」


 サヤがアキハルの胸に顔を埋め、決して逃がさぬとばかりに胸元を固く握り締めていた。


「ごめん……。もう、大丈夫だから。だから……」


 サヤを抱く手に、少し力が入る。こんなにも小さい、少女の肩を、離さぬように。


「まったく。キミたちはホント不器用だねえ」


 声の方を向くと、そこには体を庇うようにして歩くスグリの姿が。


「先輩っ! 怪我を……」

「心配ないさ。ボクらの怪我は、戦いが終われば全て治る。問題ないさ」


 確かにそうだが、それは肉体の話。精神の傷はまた別の話だ。強すぎる負荷は精神を崩壊させかねない。それこそが厨二病が精神病と呼ばれる所以の一つだというのに。


「それよりも後輩くん。キミはまだ、戦えるのかい?」


 満身創痍のスグリが、今来たばかりのアキハルにそれを聞く。

 その意味するところを理解して、アキハルは確と頷く。


「……はい。戦えます」

「そっか……。なら、もうボクから言うことは何もない。今は全力で、あのいけ好かないイケメンを倒そう!」


 スグリに倣って、アキハルも上を向く。

 そこにあるのはスグリの言うとおり、昔何度も見たいけ好かない金髪イケメン。

 簡素な青鋼ミスリルの鎧と黄金の光を放つ聖剣を片手に持つ、当代最強の騎士。


「久し振りだね、アキハル。逢いたかったよ」

「ああ、三週間ぶりだな王尋キミヒロ。俺は会いたくなかったぜ」



 【白銀の騎士王】と【漆黒の魔王神】が邂逅した。



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