第24話『決戦 ③』


 【漆黒の魔王神】を見下ろしながら、【白銀の騎士王】は口を開く。


「辞めたと聞いていた君が復帰して、僕は小躍りするほど嬉しかったんだけどね。本当だぜ? だけどやっぱり欲が出てしまってね。君がこんな弱小ギルドに甘んじているのが我慢ならなくなったのさ。『魔王』『悪魔』『破壊神』『夜の王』! たった二年という短い時間にいくつもの呼び名が付けられた最強の代名詞。中学の時点でもはや右に出る者なしとまで言われた君が! 競技に復帰したのがまさかこんなお遊びギルドとは! 僕どころかもう一人が聞いたら腰を抜かすだろうさ! だというのに君は」


 さっきまでのクールな物言いは何処へやら。アキハルを見た途端熱く語り出したアーサーを、アキハルは鼻で笑う。


「そうか? アイツなら多分、笑ってこう言うだろうぜ? 「実にきみらしいね」ってな」

「確かに、そうかもしれないね。でも、やはり僕は納得できない。君は君の相応しい場所に来るべきだ。そう例えば、僕らのギルドとかにね」


 それを聞いた瞬間、胸を掴んだ小さな手に、力が込められる。


「……はは。確かに、お前らのギルドなら俺の実力には相応だろう。相手にも事欠かないだろうし、何よりメンバー不足なんてあり得ないだろうからな」

「なら――」


 だからアキハルも肩を握り返し、少女の足を地面へ降ろす。

 名残惜しそうに離れる小さな手を、握り返して。


「…………」


 そして息を吸い、



「だからこそ、お断りだ」



 はっきりと、言い放つ。


「相応しい場所? 最強ギルド? そんなの知らん。興味もない。俺がほしいのは、俺が面白いと思う場所だけだ。最初から勝利が約束されている場所なんざ、面白さの欠片もありはしねえ」


 それを聞いて、アーサーは目を伏せる。


「やはり、君は相変わらずだね。僕ら三人で挑めば楽に勝てる戦いも、君は単騎で挑むと言って聞かなかった。圧倒的勝利こそ騎士の本懐だというに……」

「生憎、俺は騎士なんかじゃないんでね。俺がなんなのかお前はよく知ってることだろう」

「ああ、そうだね。君は騎士なんかじゃあない。君はいつだって僕らの敵側に立つ絶対の悪、『魔王』なんだから。だからこそ、僕が倒すべき敵だ」


 キッと、アーサーが刃を向ける。

 それに対してお前こそ相変わらずだと思うアキハルだが、言うより先に、サヤが一歩前に出る。


「違う」

「なに?」


 少し苛立ったように聞き返すアーサー。しかしサヤは物怖じなどせず、再度言う。


「違う。『魔王』を倒すのは、このあたし」


 風が凪ぎ、空気が止まる。

 そして聞こえてくるのは、くつくつという笑い声。


「くっくっく……。大きく出たね。君が、彼を? 不可能な話だ。それとも、君は彼の実力を知らないのかな?」

「知ってる」

「なら、そんな軽はずみな言葉は出てこないはずさ。井の中の蛙。大海を知ったところで、そのあまりの大きさに理解すらできないらしい」

「知ってる」

「なら、その軽口を閉じることだ。君の発言は、彼をあまりに軽んじている!」


 怒髪に声を荒げるアーサー。だがサヤやはり真っ直ぐアーサーを見上げ、言う。


「そんなの関係ない。わたしは『魔王』を倒すとこの剣に誓った。だから、『魔王』を倒すのはこのわたし。他の誰でも、お前でもない。このわたしなんだ」

「っ…………」


 何者をも寄せ付けぬサヤの断言に、アーサーは思わず閉口し、アキハルとスグリは小さく笑う。

 やはりこの少女は、どんなことがあろうとも揺るがない。

 だからこそ、面白いのだ。


「ま。そういうことだ、キミヒロ。お前はここで大人しく、俺達に倒されろ」

「……ああ、いいさ。結局はそうなる運命だ。僕と君は、いずれ戦う運命なのだから」

「勘違いするな。お前はただの通過点だ。俺の終着点はまだ、別にできた」


 少し握った指先が、強く結ばれる。


「うん」


 それが今はとても、心強く思える。


「いいだろう、アキハル。だけど、全ての大罪兵装も持たない今の君じゃあ、相手にすらならないよ」

「確かに、いくつもの兵装を用いる俺に対し、お前はその剣一本だけでそれだもんな。毎度思うが、反則気味な力だよホント」


 それに比べて、と自分の武装を見る。今持っている兵装は三つのみ。いくら急いでいたとは言え、これだけの装備でキミヒロに対抗しようだなんて。バカを通り越して呆れてしまう。

 だが、


「でも、今はこれだけで十分だ」


 そう言って、握った手を持ち上げる。

 そうするとアキハルの手についた趣味の悪い指輪がキラリと紅く光る。


「うん、師匠。行こう」


 その意味を知ってか知らずか、サヤは大きく頷く。

 同時に、黒と紅の力が周囲を取り巻く。


「いいだろう。来い、魔王! 貴様を倒し、僕らが勝利を手にする!」


 アーサーは叫ぶ。自分たちが正義だと。アキハルたちこそが悪なのだと。

 しかしアキハルもサヤも、そんなことはどうでもいい。


「行くぞ、サヤ」

「うん、師匠」

「俺たちは勝つために戦うんじゃない」

「うん。わたしたちが戦うのは、敗けるためでもない」

「俺達が戦うのは――

「わたしたちが戦うのは――




「「自分たちこそが最強だと、証明するため」」




「行くぞ」

「うん」


 バサリと、翼を広げる。

 それは、紅蓮と漆黒の二対の翼。雌雄並び立ち、今二つの翼は羽ばたく。


「大罪兵装『強欲の指先』」


 アキハルは左の手を持ち上げる。右の手に嵌めた無骨な指が光り、呼応するように左の手が怪しく陰る。


「奪うはつるぎ。その曇りなき信念より精錬されし眩い刃に、我も答えよう。新たなる力として。魔神兵装『呪刀・ムラマサ』」


 陰は闇となり、闇は質量を持ち鋭く精錬される。

 それは刀。しかし芸術品ともされる日本刀とはとても思えない、黒々とした禍々しさを内より溢れ出した妖しき大刀。見る者が見れば、きっとこう答えただろう。それは妖刀なのだと。

 大罪兵装『強欲の指先』。その無骨な指輪が持つのは能力の強奪。触れた者の能力を我が物とし、なおかつ魔王として手を加えるアレンジする

 すなわちこれはサヤの刀を我が物とした、魔王の新しき兵装だ。


 途端、準備の終えた二人の姿は消え、次の瞬間にはアーサーに斬りかかる。

 まるで漫画のような高速の移動。だがアーサーはその二人の剣撃を待っていたかの如く受け止める。


「僕を相手に剣で挑むか、魔王!」


 迫る二人をアーサーはまとめて薙ぎ払う。いくら相手が体の大きくないサヤとアキハルとは言え、人二人を同時に薙ぎ払うその膂力は、やはり常人離れしたものを感じざるを得ない。

 だがしかし、近接での戦闘に慣れたサヤは簡単には振り払われない。


「ふ――――っ!」


 振り払われた宙空で体を反転、地面へと即座に接地し、跳ぶ。


「むっ」


 サヤの軽い身体による剣撃の応酬。とても長刀を使っているとは思えないしなやかな技の連続に、今度はアーサーも簡単には振り払えない。

 そしてそこに――、


「我を忘れるなよ」


 一足遅れて、アキハルが一撃を叩き込む。


「ぐ――」


 素人による大振りの横一閃。しかしサヤの優れた技巧を相手しながらのその攻撃に、アーサーも溜まらず呻きを漏らしながら身体を大きく反らす。

 当たりこそしなかったものの、黒き炎を乗せた一閃はアーサーの金の髪を黒く燃やす。

 だが、それだけで剣撃は止まらない。サヤの軽いながらも巧みな剣舞と、アキハルの素人ながらも重い一撃。両者が互いの欠点を補いながらアーサーへと迫る。


(なるほど。数多くの兵装を用い、千変自在の戦術を得意としたアキハル。当然剣術においては僕やもう一人に及ぶべくもない。だからこそ一つの技巧を極めるより多くの物事に手を出す道を選んだ。彼にとって兵装を制限された状態はすなわち、彼の戦闘力の低下を意味していた。そしてその状態こそが彼の唯一の弱点だった)


 だが、とアーサーは思う。


(だが、それを補う相棒が現れた。奇しくもそれは、一人で最強だった僕らとは違う、今はまだ最強にはほど遠い挑戦者の彼女だったわけだ)


 ふと、アーサーの口元が笑う。


「面白い。ならば証明してみせろ! 最強を相手にするに、相応しいかを」


 しかし昂ぶるアーサーの意に反して、二人の攻撃ははたと止まる。


「むっ――――!」


 その止んだ攻撃の隙間から、青い光線がアーサーの体を吹き飛ばす。


「なっ……」


 驚くほどの高威力。吹き飛ばされたアーサーは部活棟校舎へと激突し、壁にめり込んで止まる。


 体を起こしながら向けた視線の先は遙か遠くのビルの上。

 そこにあったのは、背中の機械兵装を自身の身長を大きく超えるスナイパーライフルへと変形させ、地面に寝そべり光学照準器を覗き込む少女、スグリの姿。


「こっちもやられてばかりじゃないんでね」


 その声に呼応するように、校舎上空を飛ぶ六つのファンネルが一斉に光線を照射する。


「甘いっ」


 しかし、さきほどの一射よりも威力の劣るファンネルの光線は簡単に防がれてしまう。


 だがそれこそが、スグリの狙い。

 光線は一瞬だが相手の視界を遮る。ほんの一瞬。コンマ一秒にすら満たない僅かの時。しかしその一瞬の瞬きは、こと高速の戦いにおいては致命傷になり得ることもある。

 まさに、今のように。


「っ――――」


 アーサーが剣で光線を振り払った次の瞬間には、二人は翼をはためかせアーサーへと接近する。


「「はぁああああああああ――」」


 渾身の二撃が、アーサーへと炸裂する。

 片や紅い焔が体を焼き、片や黒の炎が鎧を焦がす。

 だが――、


「な……、めるなぁああ!!」


 二人の剣撃をものともせず、アーサーは光り輝く聖剣による連撃を二人へと叩き込む。

 校庭グラウンドへと土煙を上げ、二人の体は激しく叩きつけられる。


「くっ……、これは」


 アーサーは右腕を見る。それはさきほどアキハルに斬りつけられた場所。そこには未だアキハルの黒い炎がメラメラと燃え上げっていた。

 そしてその炎は、消えぬどころかさらに勢いを増してアーサーの腕を焼く。


「消えぬ炎か、小賢しい」


 なるほど。確かに、通常ならば剣を握るどころか意識を保つことも困難だ。しかし、それは通常のレベルでの話。最上の騎士と謳われたアーサーがまともであるはずがない。少し骨を焼く程度の痛み、アーサーにとって苦ではない。

 そしてまずやらねばならないのは。


「――――、フンッ!」


 黄金の聖剣の斬撃が、翔ぶ。最初の一撃ほどではないものの、その飛ぶ斬撃も相手を死滅させるだけの威力は十二分にある。

 そして狙うのは、遙か遠くのビル。


「…………」


 そしてそのビルの屋上で構えるスグリは、迫り来る斬撃に一切の表情を変えず、光で見えぬアーサーにファンネルで標準を合わせる。


 そんな状況の中、ポン――と、アーサーの足元で何かが弾けた。

 見れば足元には黒の焔が燻っている。


 ……おかしい。アキハルの黒の炎は消えぬ炎。今もアーサーを焼き続けているのがその証拠。だが、それは相手にダメージを負わせたときだとばかり思っていた。現にアキハルが空振りしたとき炎はそのまま消えている。ならば、この地面に燻った炎は……。


「っ――」


 そこで、はたと気付く。最初に掠った頭の一撃。だが、そこに炎は燻っていない。

 いや違う。炎が点かなかったのではない。炎は、斬られた髪と共に風で飛ばされていた。そしてその炎が今アーサーの足元にある炎だ。で、あるならばさっきの破裂音は――。


「……弾けろ」


 地面でアキハルが呟いた途端、アーサーの腕の黒き炎が膨れ爆発する。

 大きな一撃。見た目ではわかりようがないが、その爆発は山一つを切り崩すほど威力を持つ。しかし、アーサーを倒すにはまだ足らない。

 だが、足止めならばどうだろうか。


「っ……しま――」


発射ファイア


 あまりに無機質なかけ声と共に引き金が引かれ、青い光線は空を裂き、一瞬動きの止まったアーサーを射貫く。


 と同時に、斬撃はビルへと直撃し、ビルを粉々に粉砕する。


「スグリっ!」


 遠くでビルが瓦解する光景に、痛む体を持ち上げながらサヤは叫ぶ。

 しかし、隣で影が飛ぶ。


「はぁああああああああああああ!!!!」


 アキハルはスグリの一撃により隙のできた今この瞬間を見逃さず、体勢を崩すアーサーの腹部へと剣を突き立てる。

 狙うは一点。スグリが穿った鎧の破損部。


 だが、剣が……通らない。


「お前程度の力では僕の体は貫けないぞ!」

「ぐ……」


 両者もつれたまま校舎の壁へと激突する。しかしそれでもなお、アーサーの白銀の鎧はアキハルの刃を通さない。


 白銀の鎧。アーサーが【白銀の騎士王】と呼ばれる所以となった鎧。アーサーの持つ光の聖剣と同様に、精霊から与えられたという設定で、現実には存在しない青鋼ミスリル合金で洗練された一品だ。鎧自体の強度もさることながら、精霊の加護によりさらにその強度は増している。


 その派手な攻撃で聖剣に注目が行きがちだが、まずこの白銀の鎧をどうにかしないことにはアーサー攻略は不可能と言える。

 そして当然、元チームメイトであるアキハルがそれを知らないわけがない。


「ああ。そんなこと、言われなくてもわかってる」

「む……?」


 途端、アキハルの全身から黒き炎が溢れ出る。

 その炎はアキハル自身すらも焼きながらアーサーへと迫る。


「自滅だと? 馬鹿な!」

「ああそうだろうな。以前の俺なら、こんな選択はしなかった。だが今は、そうまでして助けたい連中ができた」

「くっ……。だが、お前の力で僕を止めることは――」


 言いながら、アーサーは聖剣を振り上げる。

 だがそれよりも速く、黒の衣がアーサーへと纏わり付く。


「大罪兵装『嫉妬の黒衣』」


 黒衣は何重にもアーサーとアキハルの腕へと絡みつき、決して引き剥がせぬ強固な鎖へと変わる。

 そしてそうしている間にも、炎は二人を焼き尽くす。


「くっ……、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――」


 金色の光がアーサーより溢れ出し、漆黒の炎と黒衣に抵抗する。

 それでも、アキハルはアーサーを離さない。


「付き合ってもらうぞ。地獄の底まで」


 戦いによりひび割れゆく校舎はぴりぴりと胎動し、地獄の業火は二人をまとめて焼き尽くす。



「だめ」



 しかし、それを否定したのはアーサーでもなければアキハルでもなく。

 視界の端でチラリと光る、紅蓮の流星。


「最強を証明する。そう言ったのは、師匠でしょ」

「……ああ、そうだったな」


 途端、流星が降る。アキハルの、隣へと。


「ぐ……」


 アーサーが呻く。

 ジェット機の如く飛来したサヤの刺突も、アーサーの鎧の前であえなく止まる。

 だが――。


「これは……」


 サヤの焔が収束する。渦のように旋回し、焔が指向性を持ってある一点へとより集まる。

 その場所とは刀身。サヤの刀、その刀身へと焔が収束し、そして、紅蓮の刃ができあがる。


 それを見て、アキハルは理解する。それは焰だ。刀の形をした、一個の焰。斬ること特化された、焰そのもの。焰という高エネルギーを凝縮した焰の塊だ。

 そしてエネルギーが向けられている先は――。


「…………っ」


 ガラスが割れるような音が鳴り、鎧が割れる。

 その瞬間を、二人は逃さない。


「「はああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 サヤは焔を、アキハルは黒の炎を再び噴出させ、勢いのままにアーサーへと圧力を叩き込む。鎧の破損により体勢を大きく崩したアーサーは地面へと叩きつけられ、そのまま三人は校舎を四階、三階、二階へと突き破り、果てには校舎を貫通して校庭へと躍り出る。


「……これが、これが君の見つけた新たな居場所なのかっ」

「ああ。ここが、俺とこいつとの戦場だ」


 交わした言葉は一瞬。だが互いに理解して、力は溢れる。


「く……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 紅と黒。焔と炎の勢いは増して行き、二つの力は金色の光を上回る。


「サヤ」

「ん?」

「ありがとな」

「……うん」


 そして二つの焔は燃え上がり、金色の光を完全に呑み込んでいく。




「やっぱり、ボクの後輩は最高だ」


 遙か遠く。瓦礫となったビルの中からボロボロとなった白衣が顔を出し、同時にどこからか実況が鳴り響く。




『【白銀の騎士王】アーサー。【漆黒の魔王神】ダークネス。サヤ選手。三者戦闘不能! 『円卓の騎士』参加者総勢一名の敗退により、三回戦第一試合『攻城戦』、勝者ギルド『厨二部』!!』



 見えないどこからか歓声が聞こえたような気がして、二人はそろって顔を綻ばせた。



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