第10話『模擬試合 ②』
グラウンドの中心に、二人が向かい合う。
張り詰めた緊張感が、さきほどまで騒がしかった会場を沈黙させる。
相対するは、『魔王』アキハルと、刀使い・サヤ。
その噂は既に校内で知らぬ者なしというまでになっている、二人の模擬戦。
そして何より、観戦する大多数の生徒達にとって、厨二病の試合とは如何ほどなものなのか、それを品定めするための試合でもあるのだった。
ジリリと、サヤが土を踏む。
「師匠。手加減、しないでね」
真剣での真っ向勝負。たとえ練習試合であろうと手は抜かない。それがサヤの望む戦いなのだ。
ならばとも思うが、アキハルにとってこの試合には別の目的を持っていた。
「そう言いたいところだが、少しだけ、俺に付き合ってもらうぞ」
言われたサヤは眉をひそめる。手を抜く、そういうニュアンスとも違いアキハルの言葉を計りかねる。
『それじゃ二人とも準備はいいかい?』
どこからか拡声器によるスグリの声が響き、試合開始を促す。
「ああ、いいぞ」
「うん」
二人の同意を得、ニヤリと笑うスグリの顔が想像できる。
『それでは、試合開始!』
カンッ!
なんとも場違いな鐘の音が鳴って、部員勧誘目的の模擬試合は開始された。
シャン――。小気味良い音を鳴らして、何もない鞘から刀が引き抜かれる。あるはずのない物を物体として認識させる、厨二病の具現化。
「相変わらず、見事なもんだ」
率直な感想をアキハルは述べる。
だが、早々に戦闘態勢へ移行したサヤとは違い、アキハルは未だ突っ立ったまま。
「どうしたの、師匠。師匠も早く構えて」
相手の構えを待つ。刀を使う剣士だけあって、その精神は正々堂々を重んじている。
だがそれでも、アキハルは未だ構えない。
「いや、なに。見事なもんだなと思ってな。その刀、本来は実在しない物体をあたかも存在しているかのように現す厨二病の技『具現化』だろ。現象を引き起こすのとは違って、それはなかなか簡単にできるもんじゃない」
「……よくわからないけど、この刀はちゃんと存在するからここに在るだけ。ちゅうにびょうとかは、わたしにはよくわからない」
「やっぱり、そうか」
何かを納得するアキハルに、サヤの頭にはハテナマークが浮かぶ。
「お前はそもそも厨二病というものを理解していない。というか、そもそも厨二病を知らないんだ」
未だ構えすら見せないアキハルに、サヤは少し苛立ちを滲ませる。
「そんなもの知らない。師匠もスグリも時々その言葉を口にするけど、わたしには関係のないこと。そもそもわたしは病気じゃない。わたしはただ、師匠と闘える可能性があるから部に入っただけ」
未だ構えすら見せないアキハルに、サヤの語調には少々苛立ちの度合いが滲み出る。
だがアキハルに気にした様子はなく。
「なら、今からこれは戦いの時間じゃない。講義の時間だ」
言ってアキハルは、歩き出す。
「そもそも厨二病ってのは何だ?」
唐突に始まったアキハルの一人舞台に、サヤは視線で追う。
「何かの病気」
「半分正解で、半分不正解。一般的には十代半ばに発症する精神病の一種。その特徴は二つ。多感な時期に見られる誇大妄想的な言動。これが一般に知られる厨二病の症状だな。そしてもう一つが、厨二病発症者のみに診られる特殊な発光現象だ」
言った途端、つまらない演説に痺れを切らせたサヤが飛び出る。
その速度は、サヤの小さな体躯も相まって、体感小型スクーターに匹敵するほど。初速に関して言えばそれすらも上回るロケットスタートだ。
その爆速の勢いに乗ったまま、アキハルの右肩から斬り込む袈裟斬り。
だが、
「っ…………」
「つまり、こういうことだ」
ぷるぷると、届ききらない刀が震える。その刃を阻むのは突き出されたアキハルの両の手のひら。しかしその手は漆黒の何かに覆われており、鋼の強度を持つ日本刀の刃をいとも容易く防いでいる。
その漆黒の何かは、サヤも見覚えがある。一昨日の公園でアキハルが一瞬だけ見せた技だ。
手に纏わり付いた何かはサヤが一旦距離を取るため離れると、アキハルの背中へと戻っていく。まるでそれは、アニメや映画に出てくるヒーローのマントのように。
「それが、師匠の能力」
「ああ。『嫉妬の黒衣』。お前の鞘と同じように、俺のこれは黒のマントを媒介にして具現化しているチカラだ。汚れるのが大層嫌いでな。他者の攻撃には
言うと黒衣はアキハルの拳に巻き付き、まるでナックルガードのような形状へと変化する。
「だがこれも、そう見えているだけに過ぎない。例えば――」
言いながらアキハルは頭上を指差す。
そこにはどこからか跳んできたサッカーボールがアキハル目掛けて降ってくる。
そのボールに、アキハルの黒衣が伸びる。だが――、
「あ」
突き刺すかのような勢いで伸びた黒衣は、だがサッカーボールに触れることすらなくすり抜けてしまう。
「よっ」
そしてそのまま降ってきたボールをアキハルは軽くトラップし、慣れた様子でリフティングする。
「す、すみませーん!」
遠くからボールで遊んでいたのであろう学生服姿の生徒が、人だかりのできたこちらへおずおずと声をかけてくる。
アキハルはそれに応えるようにボールを返球すると、受け取った生徒は頭を一度下げ去って行く。
「つまり、そういうことだ」
今起こった事実を、サヤは警戒態勢を保ったまま思考する。
「医師や学者から発光現象と呼ばれるこの力は、現実のものには何ら変化を与えない。触れようが何をしようが、それらは簡単にすり抜けてしまうし、炎や氷の力を使ったとっしても温度も湿度も変化しない。これらが発光現象と言われる所以だ」
かざされた光に触れても何も起きないように、目の前にあるように見えるこの力に触れても、誰も何の変化も起きはしない。それも全部、ただの光なのだから。
「その刀をいつから使っているのかは知らないが、お前にも覚えがあるはずだ」
言われてサヤは視線を落とす。図星なのだと言わんばかりに。
「確かに、この刀にはわたし以外誰も触れることができなかった。試しに斬った巻藁も何の変化もなかった」
「そう。それが俺たちの厨二病としての力。ただの妄想であるが故に、現実には何の影響も与えられない」
アキハルの黒衣は言いながらも動き続ける。まるで意思を持っているかのように、自由に、自在に。しかしそれでもこれは生きているどころか、実際には存在しないのだとアキハルは言っているのだ。
「実際、俺たち以外には刀にすら見えていないはずだ。ぼんやりとした靄のようなものがそこにある感じらしい」
らしい、というのは、アキハルも一般的な視点で見たことがないためだ。
『まぁそこはあれだ。天才のボクが特殊なフィルターをこのグラウンドに張っているんで、観客の皆さんにはキミたちと同じ目線で試合を観戦できているはずだよ』
と、マイク音声のスグリが注釈を入れる。
「でも、でも師匠は触れられた。一昨日もそう、今も! これでもこの刀は存在しないって言うの」
この手にずっしりとある刀が、今在る戦いすらも実際には存在しない。そう言われたようで、サヤはアキハルへ問い返す。
だがアキハルは、
「いいや。それが、俺たちのこの力がただの光ではない理由の一つだ」
それを否定する。
「この力の特徴は、同じ厨二病の人間には触れられるという点だ。相手にも振れられるし、相手もこちらに振れられる。そして――」
途端、黒衣が夕暮れの影の如く伸びる。咄嗟にサヤはそれを刀で受けるが、一撃が軽く頬を掠める。
「くっ――」
紙で指を切ったときのように、浅い傷が頬に血を滴らせる。
「相手を能力で傷付けることも、可能ってことだ」
一般人にも現実の物にも触れることすらできない。だが厨二病同士ならば、触れもできるし攻撃もできる。
「つまり、これを利用した競技が『セカンドイルネス』。俺たちの戦いってわけだ」
「なるほどね」
僅かに垂れ落ちる血を拭って、サヤは笑う。強がりでもなんでもない、何かを理解した顔で。
「「「「「ブーブー」」」」」
だが、その少し冷えた空気を、突然のブーイングがかき消す。
「おらー女の子の顔傷付けんなー」「不意討ちでドヤ顔してんじゃねー」「かっこつけんなー」「負けろー」
「うっわ、すみません、すみません……。問題ないと思ったんです、すみません。だから物を投げないで……」
『あー、あー、他のお客様のご迷惑になるんで、物を投げるなら投げるでちゃんと当ててくださーい』
「アンタはどっちの味方だよ!」
庇う気の一切ないスグリの擁護で一段落し、試合が再開される。
「ふぅ……。邪魔が入ったが、言いたいことはわかったか?」
「うん。なんとなくわかった。けど、それを知ったところでわたしは何も変わらない。わたしはただ、この剣で相手を斬る。それだけ」
「できると思うのか?」
「昨日はそれで勝った」
「確かにな」
そこは確かに納得する。昨日の戦いは見事なものだったと言える。思わず、歴戦のアキハルが昂ぶってしまったほど。
「だが、それはあくまでビギナーズラック。相手が油断してたからに過ぎない」
それを聞いて、サヤの表情に少し力が入る。
「実力じゃないって言いたいの」
「ああ。相手は不意討ちでやられたようなもんだ。本来なら、お前が敵うはずもない相手だ」
「……偶然は、二度も続かない」
「ああ、そうだ。もし俺に勝てたら、お前の実力は本物ってことだ」
二人は睨み合う。サヤは剣の王道・正眼の構えで。アキハルは黒衣をはためかせる余裕の体勢で。
次の瞬間、観客の目にはサヤが消えたように映っただろう。ただほんの一握りの人間にはサヤが爆発的な速度で走り出したことが見えていたはずだ。その速度はもはや仙人の秘術『縮地』と言わざるを得ない。
だが当然、見えている一握りの者にはアキハルも含まれている。
手早い右からの横薙ぎ。だがそれを、アキハルは軽くいなす。その手はさきほどと同様『嫉妬の黒衣』によって強化されている。
続く二撃目も三撃目も、一撃目と同様に防がれダメージを負わせることができない。
「っ……」
するとサヤは何を思ったのか、間合いであるはずの近接から後ろへ飛び退き、距離を開ける。
中距離は黒衣を伸ばせるアキハルの間合い。アキハルも追い掛けるように影を伸ばす――、が。
「ふ――――――――っ」
後ろへ跳んだ反発を利用して、再度アキハルの方へと爆発的な速度で跳躍する。否、それはもう跳躍ではなく飛躍。まるで羽根が生えているかのような自在の動きでアキハルの黒衣を掻い潜り、がら空きの懐へと文字通り飛び込んでくる。
その構えは刺突。
もはや一条の槍と化したサヤの刺突が、アキハルの喉を突き穿つ。
「――――――――っ……」
摩擦による煙が上がるほどの威力に、観客一同は息を呑む。
「っ!」
しかしそれに気付いたのは、誰であろう仕掛けたサヤ自身。
煙の晴れたそこには黒鉄のような硬度を誇る漆黒の黒衣が、動脈を護るようにアキハルの首筋に巻き付いていた。
そしてその黒衣は、首筋からサヤの刀へ絡みつく。
「くっ……」
咄嗟に離れようとするサヤだが、黒衣の力は思ったよりも強く、サヤが跳んだ方向とは全く逆の方へと投げ飛ばされる。
「ぅ……」
地面へ着く直前になんとか体勢を立て直し、着地狩りの要領で襲ってきた黒衣を既のところで回避する。
だが今度はサヤが追われる番。さきほどとは真逆に、伸びる黒衣の影が一、二、三本、まるで流星のようにサヤの小さき躰を絡め取らんと追尾する。
「どうした? 逃げてばかりか?」
「っ――――」
挑発してくるアキハルをチラリと見る。しかし黒衣はそんな一瞬の隙すらも狙って、刀を持った指先へと絡みつこうとその身を伸ばす。
「この……っ」
それは刀で薙ぎ払ったものの、このままではジリ貧なことに変わりはない。
(……師匠に動く気配はない。たぶん、あたしを試してる。この影をどうするのかを。さっき師匠が言ってた。この影は自動であたしを追尾してくる。師匠への攻撃にも自動で反応するし、相手を絞れば今みたいに攻撃もしてくる。距離も結構長い。おそらく、この会場全体はカバーしてるはず)
サヤはこの事態を打開すべく、思考する。攻防一体となったこの力。まったく隙がないようにサヤには見える。
だが、「でも」とも思う。
(でもこの影、師匠から距離が離れる少し速度が落ちているようにも見える)
それはほんの僅かな違いかもしれない。アキハルから五メートルの距離と二十メートルの距離での違いなど、観客の誰も気付いてはいないだろう。そもそも本当にあるのかも定かではない。
だが、実際に追われる身であるサヤには確信に近い何かを感じている。女の勘と言ってもいい。
その証拠に、アキハル自身を護る黒衣のスピードは異常なまでの速度を出していた。
ならば、賭けるしかないのかもしれない。レベルの違う相手に挑むのだ。勝利を賭けないで、何を賭ける。
そうと決まれば……、
「行くよ、師匠」
「! ……おう」
一瞬笑ったサヤに、アキハルも楽しそうに答える。
途端、サヤは方向転換する。その方向はさっきまでとは真逆。逃げていたはずの黒衣へと駆ける――、否、跳ぶ。
まるでアクロバットのような軽やかな跳躍で迫り来る黒衣の間を縫うように跳ぶと、不規則な動きを繰り返す。さながらそれは、体操競技を披露するスポーツ選手のよう。そして――、
「ほう……」
黒衣はまさか、三つ編みを仕上げたかのようにくるりと互いを互いで絡ませ、身動きを封じられてしまう。
「やっぱり。この影が元はマントなら、長さにもそれなりの限界はあるはず」
そう。それが速度が落ちていた理由であり、活動限界を示す距離。
そして、動きを止めた攻撃は、最大の隙。
グ――――、と。跳躍を繰り返していたサヤの足が、さきほどまでより少し長く地面に溜まる――。
「っ――――!」
爆発だ。さっきまでの比喩とは違う。実際に地面を爆発させて、人間業とは思えない身体能力で低空を飛行する。
狙うは、さきほどと同じ――。
「同じ手が二度も通用すると?」
「思わない」
しかし今度の攻撃は突きではない。たっぷりと腰に溜められ、その上爆発的な飛行の速度まで乗った、文字通りサヤの最高位力の横薙ぎだ。そしてその速度は、風を超え、雷速に匹敵する。
しかし、
「っ…………」
哀しいかな。再び、首筋に伸びた黒衣が雷速の剣撃を阻む。
「残念、だったな……」
「ううん。そうでもない」
言われ、アキハルは気付く。サヤの横薙ぎは、まだ終わってないことに。
ぐぐぐ……、と。黒衣に阻まれた刀に力が込められていく。それは徐々に、地面に着くアキハルの足を動かしていく。
「お前、まさか……」
「女だからって、油断した?」
ニッ、といたずらっ子のように笑うサヤは、その顔に似合わない膂力を刀に込めると、不意にアキハルのバランスが崩れる。
「はぁああああ!!!!」
そしてそのまま、地面へ、アキハルの身体は叩きつけられる。
「ぐぅ――――」
全身を襲う衝撃。だが、黒衣はそれすらも受け止める。
「……はっ。残念だったな。まだこの程度では――」
「
一瞬歪んだ視界に気を取られ、サヤが刀を納めていることに気が付かなかった。
そしてそれが、戦いを終えた納刀ではなく、居合いの前動作であることに。
「『百裂、繚乱』――――」
カッと見開かれた瞳は紅く燃え、剣撃が百の大輪を咲かす。
一撃一撃は小さい。だがそれが十、百と重なれば、小さな一撃も大きな傷となる。集まり群生する、高山の花畑のように。
そしてそれは、
『魔王』の心臓を貫く、勇者の決定打へと。
「これで終わ――」
「——『憤怒の焔』」
ぼぅ、と。突如アキハルの全身から炎が沸き立つ。しかしその炎の色は、黒。
「くっくっく……。まさか、素人相手に二つも力を解放するとはな」
アキハルの身体より膨れ上がる炎に、サヤは堪らず飛び退く。
が、
「何処へ行く?」
アキハルはサヤの刀を握る。するとどうだろうか。アキハルから上がる炎がサヤの刀へ燃え移り、黒く火の粉を散らし始める。
「くっ、この……。消えない……」
ぶんぶんとサヤは刀を振るが、黒い炎は消える気配がない。
「この焔は消えない。これは『消えない焔』だ」
「…………、それが何? 炎が消えなくったってアナタを討つことは――」
不意に、刀を持たぬ方のサヤの腕が取られる。
「刀を出す能力。確かに、普通ではありえない、見事な妄想だ。だがそれだけだ。俺たちの戦いは、炎を出すことも、時間を止めることも、巨人を出すこともできる。刀を出してはい終わりの今のお前には、俺たちに勝つどころか、戦いにすらならない」
現状が、まさにそう。
しかしなおも、サヤは刀を振るう。不意討ち気味のそれは、アキハルにあっさりと躱される。
「だから、それが何? 今のままで勝てないのなら、あたしも強くなるだけ。前と同じように、あたしも魔王と同じ力を身につける」
圧倒的に不利なこの状況にも、サヤの瞳の炎は消えることはない。
「そうか。ならよかった」
アキハルはそれだけを言うと、身に纏う漆黒の焔が逆巻く。それはサヤさえも呑み込み、観客席まで熱波を届ける。
あとには倒れ伏すサヤと、背を向けるアキハルだけが残っていた。
***
「いやー、あれだね、キミは。ドSだね」
「う……、……」
言われた言葉をぐうの音も出ないほど言い返すことがせず、しかし悔しいと言うよりも後悔の色を濃くした表情でアキハルは少し汚れたリノリウムの床を見つめる。
「正直、反省してます」
項垂れながら、アキハルは素直に謝罪する。
模擬試合は概ね好評に終わった。
概ね、と枕を置いているのはやや不評だった部分があったためだ。
つまり、可愛い
それも、技を用い策を用い手練手管を用いて強敵と戦わんとした、愛らしくも勇ましい少女が、ではなく。終始高見から余裕そうな佇まいでその少女を蹂躙した、いけ好かない男が、だ。
それはまぁ、人によっては良い気分ではないだろう。
ただ、ただの競技なのだから善悪の概念など当然存在はしないが、あえてどちらが善悪かを見ていた観客に問うたのならば、十中八九サヤの方を善、アキハルを悪と答えただろう。
そんなアキハルが勝ってしまったのだ。それなりに不満感が残っても仕方がない。
ただ……、
「うんうん。反省は大いに結構。今後の改善に期待したいところだよ。しかし、ボクは二人の活躍が大成功に終わったと思っているよ」
スグリの言う通り、概ね好評だったということは、総評としては好評だったということだ。観客の不満部分も散見されたことは確かだが、それでも「面白かった」という意見が大多数だ。当初の目的である宣伝としては花丸合格と言っても差し支えないだろう。
「成果は上々。これで、興味を持った若人たちが門を叩いてくれるのを待つばかりさ。それになにより……」
そう言ったスグリの視線の先。そこには、定位置である部室の隅で漫画を読むサヤの姿があった。
「ん?」
視線に気が付いて、サヤは顔を上げる。
「なに?」
「いや、大したことはないさ。ただ、後輩くんがキミのことを大層気にしているみたいでね」
と、スグリがこちらに話を振る。それにつられサヤもアキハルを見る。
「う……、えっと……」
言い淀むアキハルに、サヤが先に口を開く。
「別に、さっきのことは気にしてない。あたしが師匠に立ち向かって、それで敗けた。ただそれだけ。何も気にすることじゃない」
そうは言うが。
「さすがに、大人げなかったかと」
そう言うとスグリはアチャーとあからさまなリアクションを示す。
「大人げなくない。それに、手を抜かれる方がイヤ。たぶん師匠はアレでも全力じゃないんだろうけど、それでも、わざと手を抜いて戦われた方が不愉快」
なんとも直球な物言いが、逆に胸に突き刺さる。
「それに師匠は――」
しかしサヤは、そんなアキハルの胸中とは裏腹に笑う。
「わたしに、あの強さを教えてくれるんでしょ?」
「――――――――」
そうだ。それこそが、アキハルがあの戦いで伝えたかったこと。
今のサヤは弱い。これまで出会った数少ない厨二病の中の、誰よりも。
それはあの模擬試合で話した通り、サヤには力が足りないから。鞘からありもしない刀を出せる。それは確かにスゴいことだろう。だがそれがどうした。刀を出すだけならば、刀を持ってきた方が断然良い。ただの妄想に過ぎない存在しない刀よりも、ちゃんと存在する刀を使った方が何倍も便利だ。
だから、そうではない。そうではないのだ。
ないものを出すのではなく、あり得ないものを現すことができるから、この厨二病という病は凄いのだ。
現実で巨人を出すことはできない。
現実で時を止めることはできない。
現実で夜を持ってくることはできない。
全て、現実ではあり得ないことだ。
厨二病とはすなわち、あり得ない事象を想像し妄想し、現実で幻想として創造することだ。
たとえそれが偽りであろうと、たとえそれが他者から理解されないのであろうと。
同類同士で共有し、戦い合える。
これは、そういう世界なのだ。
だからこそ、サヤにはそれを知ってもらいたかった。
現実にいたままこの世界に一歩踏み入れてしまった少女に、まだその先があることを、その身を通して知ってもらいたかったのだ。
なにより、『魔王』という存在に憧れてくれた少女に。
「ああ……、ああ!」
アキハルは首肯する。
素人同然の少女の、新たな門出に。
「うんうん。話もまとまったようだね。実にいいことだ。話が早々に済むのは実にいいことだ。無駄な問答なんて無駄でしかないからね」
身も蓋もないことを言う先輩らしき生物を無視しようとするが、そうは問屋が卸さないらしい。
「ポチッとな」
アニメや映画なんかで聞いたことのあるコミカルな起動音を軽快に鳴らして、スグリが手元のあからさまなスイッチを押す。
すると部室の狭っ苦しい壁が動き出す。
「な、なんだ……?!」
壁が動き開いたそこは、部屋だった。
「うわぁ……」
サヤが思わず感嘆の声を上げる。それもそのはず。そこは、それほどの空間だった。
だだっ広い、どこまでも続く白い白い部屋。この部室の――どころか、この部室棟全ての敷地面積からしても明らかにおかしい広さをした空間が、厨二部部室に広がっていた。
「特訓するには、それなりの場所が必要だろ? グラウンドや体育館は運動部が占拠しているし、他に開けた場所なんてのはこの学び舎にはありはしない。しかしないのなら、造ればいい。そう思ってボクが用意した特殊な空間さ。某ネコ型ロボット風に言えば、『四次元部室』~、といったころさ」
似てもいないダミ声をスルーできてしまえるほどには、その空間は凄かった。見た限り、体育館ほどの広さは備わっている。
「先輩……、これは……」
「ボクに戦う力なんてありはしないからね。ボクにできるのは精々、こういうケチな発明くらいなもんさ」
その台詞だけは、いつものイタズラ染みたニヤケ面ではなく、どこか自嘲気味にアキハルは聞こえた。
だがすぐにそれもいつも通りに戻り。
「さぁて諸君。次の試合、一回戦第三試合――実質的な最終試合の日取りが決まったよ。日程は今週末の日曜日。第三試合の内容は通例通り『総力戦』となる。互いと互いの全力を賭けたまさに総力での戦いだ。その上、相手はもう後がない。なりふりも構ってはいられないだろう。だからこそ、ボクたちも強くなる必要がある。一朝一夕では無理かもだけど、そこは任せてもいいかな、後輩くん」
片目を閉じて話を振るスグリに、しかし今度は力強く頷ける。
「はい。きっと……、いいえ必ず、強くなりますよ」
誰が、とは言わない。そんなこと、わかりきっている。
それを感じて、視線の先にいる少女も笑う。
「うん。強くなる。必ず」
決意は一層強く、強固に。
それぞれの思惑は違えど、目指す目的は同じくして。
団体戦一回戦第三試合。試合開始まであと四日。
剣しか振るえぬ少女をどこまで強くできるのか。
アキハルとサヤの特訓が、開始する。
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