第三幕『俺たちはスポーツマンではない』

第9話『模擬試合 ①』


 次の日のこと。



「部員が来ない」



「「「それはそう」だろ」だよ」



 『厨二部』部長スグリが放った当たり前すぎる一言に、平部員総勢三名は総ツッコミという形で返す。


 平日ど真ん中の今日。満々の笑顔で一同を出迎えたスグリは、対照的にどんよりとした顔で目を逸らすアキハルの所業を部員一同(約二名)に大々的に発表した。昨日のサヤの大立ち回りの後に来襲した敵方の奇襲を見事アキハルが撃退。それにより『厨二部』が第一回戦勝利に王手をかけたことを。



     ***



「まさに大戦果だ!」


 新入部員加入から一日も経たぬうちに、その新入部員の二人が勝利を収めた。


「まさに、ボクの読みどーりさ!」


 鼻高々に、まさにご満悦といった様子で胸を張るスグリ。戦ったのも勝利したのも自分ではないというのに、何をどうするればここまで自分のことのように誇れるというのだろうか。しかしながら、そうツッコミを入れたいのは山々なのだが、当のアキハルはイマイチ口を出しづらい状況なのである。というのも――、


「これはもう、キミも我が部の一員と言っても過言ではないね。そうだろ、後輩くん?」


「、…………」


 一応、入部の件は保留という形を取るはずだったアキハルにとって、昨日の勝利はまさに「やってしまった」案件なのである。未だ所属すら未確定の人間が部の人間として試合に勝利。もし仮にアキハルが入部を拒否しようものなら、昨日の戦いはなかったこととなり、勝利が失われてしまいかねない。

 つまるところ、これほどまでに喜び勇むスグリと、ひいては隣でキラキラと何やら羨望のような眼差しを向けてきているサヤを失望させてしまいかねないのだ。

 だからこそ、アキハルは頭を垂れ、


「……………………………………………………………………………………はい」


 と、そう言うしかなかったのだ。

 教訓。その場のテンションに流されてはいけない。これは戒めとして今後の人生に刻んでいこう。


「うんうん。これで、本格的に『厨二部』始動というところかな」



     ***



 と、そんなことを五分前に言っていたというのに、急にこれである。テンションの差が激しすぎて風邪を引いてしまうレベルだ。上げ過ぎるのは良くないとさっき誓ったところだが、急に下げられるのもいかがなものかと思う。


 アキハルはとりあえず、部室にいる他の部員へと視線を移す。

 まず一人目のサヤは部室の片隅に置かれた本棚を漁り、漫画を読んではメラメラと瞳を輝かせていた。ここに何をしに来ているのやら。

 二人目の女の子、アキハルと同じく一年生でサヤのクラスメイトの秋月乙女。どうやらスグリの幼馴染みらしい彼女は、同じ一年とは思えないほど体格に恵まれていて、その身長はアキハルよりも高く、おそらく一八〇センチは超えているだろうと推測できるほどだ。あまりこういった話はするものではないのかもしれないが、その縮こまった顔の下にあるバストもとても豊満だ。サヤが同い年とは到底思えないほど。しかし、アキハルが視線を向けると「ひっ」と小さな悲鳴を上げて身を強ばらせてしまう。俺、そんなに恐い顔してたかな……。


 まぁ何にせよ、アキハル以外にスグリの何気ない発言に回答できるものはいなさそうなので、――一応部員になったわけでもあるし――とりあえず話を聞いてみる。


「一応聞きますけど、部の宣伝は何をやったんですか?」


 ひとまずの質問に、スグリは答える。


「めぼしい生徒の連行」


「ええそうでしょうね知ってます。よく身に覚えがあります体験しましたから。……それ以外には?」


「チラシを作ったさ。基本だろ?」


「……チラシ、ですか」


 その単語に、アキハルがピクリと反応する。


「ああ。ボクが直筆で描いた一品さ。見てくれたかい? なかなかのものだったと思うのだけど」


 確かに、それは見た。部室へ来る途中に幾度か見た。見たくもないのにそこかしこに貼られていたから。もっとも、アレを絵だというのならばの話だが。

 絵。確かに絵なのだろう。だが、アレが絵であることは理解できるのだが、アレが何を描いた絵なのかはさっぱりとわからなかった。ぐちゃぐちゃと黒で描かれたナニカ。アレを絵だというのならば、現在絵を職業にしている方々には謝るべきかもしれない。それほどまでに、アレは絵というものの定義を破壊しかねない一品だった。なんだろう。アレを一日一回でも見ていたのならば、三ヶ月後には何か人間として大切なものを失っていそうな気さえする。主に、正気度的な何かを。


 そこまで考えて頭を振る。これ以上あのチラシについて考えると、あの絵が夢にまで出てきそうで恐い。


「生徒会の人が目の敵にする理由がなんとなくわかりました」

「どういう意味かはわからないが、何かとてもバカにされたような気がするね」


 不愉快だよ、と眉をひそめるスグリだがそこまで不愉快そうではないのはなんとなくわかってきた。


「まぁ、いいです。それで、他には?」

「ん?」


 キョトンと、スグリは目を丸くする。


「いえ、だから他の部員勧誘ですよ。まさかこれだけなわけはないですよね」

「これだけだが」

「え」

「え?」


 絶句した。何かおかしな事を言っただろうか? とでも言いたげな顔をしているスグリに対し、さすがのアキハルも絶句した。


「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~…………」


 思わずため息ができる。いや、ため息くらい出さないとやっていられない。


「なんだいなんだい後輩くん。若者がそんなにため息なんて吐いて。ため息を吐くと、幸せが逃げてしまうぜ☆」


 ぜ☆、ではない。頭が痛くなる。入部を決めたばかりだが、こうも早々に入部したことを後悔するとは思わなかった。


「はぁ……。もういいです、わかりました。要するに、何も具体的な活動はしていないってことでいいですね」

「そんなことはないさ。これでも日夜、悪逆非道な生徒会を脅すための情報収集は怠っ――」

「いいですね?」

「……あ、ああ。そ、そうだね。そういう見方もあるのかもしれない……。あと、目が恐いぞ、後輩くん」


 誰の所為だと思っているのやら。あと、ひそかに話を聞いていた秋月さんとの距離が開いている気がするが、気のせいだと思いたい。


「ま。要するにだ、後輩くん。キミは我が部存続のための大きな一手を打つべきだとそう言っているんだね」

「いえ、それよりも堅実な部員勧誘を――」

「ならボクに妙案ありさ!」


 ……ホント話を聞かないなこの人は。


「部員も集めることができて、なおかつボクらの活動の素晴らしさも伝えられる大いなる妙案が。それになりより、キミたちの希望にも添えた案が、ね」


 パチンと、珍しく可愛いと思えるウインクを、部室の片隅で漫画読みふけっている絶賛初心者の厨二病へと投げつける。


「ん?」

「うん。つまり、それは――



     ***



「模擬試合。なるほどな」


 満月はさきほど部員一同に告げられた妙案とやらの内容を聞き、納得いったとばかりに目を細める。


「確かに、それには俺も納得だ。納得だが……、なぜこうなった」


 周りの状況を見て、アキハルは項垂れる。

 それもそのはず。スグリが模擬試合の会場として用意したその場所。それはあの狭い部室などでは決してなく、校内で最も広く、そして最も人目につく場所。すなわち、校庭だ。

 いや、校庭なのはまだいい。学内にいくつかあるグラウンドの中でも最も広い第一グラウンドであることもまあいい。よくもまあちゃんと活動している他の部を差し置いてこれだけの敷地を借りられたものだと感心もするが、まあそれもいい。


 アキハルが気にしているのはそんなことではなく、何故放課後であるにも関わらずこれほどの人数の生徒がこのグラウンドに集まっているのか、だ。


 その数、ざっと三百人。学園の三分の一ほどが見に来ていることになる。そのせいか、料理系部活動による売り子販売やら個人によるトトカルチョなどが行われていた。


「まるで祭りだな」


 と、満月はカラカラと笑う。

 ああそうだろうよ。祭りを見る人間は気楽でいいだろうよ。ただ、アキハルはとてもではないが笑えない。なぜなら、この祭りの主役は誰であろう彼だからである。


 そしてその相手役となるのが――、



「師匠!」



 キラキラとした笑顔でアキハルの下まで寄ってきた少女、サヤである。


 サヤは他人の前ではクール系のキャラで通していたはずだが、今はそんなこと忘れているのか、はたまたそれほど気にしていなかったのか、押し隠せぬほどの興奮をその身に溢れさせている。具体的には、抱えきれぬほどに持った食い物という形で。


「せめてどれか一つにしなさい」


 綿飴もチョコバナナもポップコーンも食べようとしていたサヤに、アキハルはどうでもいい忠告をする。

 それほどまでに、今のサヤのはしゃぎっぷりを見ていられなかったのだ。

 昨日は、あれほどまでの集中力を見せていたというのに。


「じゃあこれ、師匠の分」


 そう言って綿飴を差し出してくる。


「いらん」


 というか、既にサヤが口をつけているものに手を出せるはずもない。高校一年生の純情を舐めないでほしい。


「おっと、いたいた。後輩くんにサヤくん。おーい」


 と、そこで渦中の立役者たるスグリが現れる。人ごみのせいで伸ばした手しか見えないが。


「わっぷ。すごい人だかりだねぇ。一体どこで聞きつけたのやら」


 スグリはそう言うが、既にアキハルは満月から報道系の部活に、今日の放課後にゲリラ試合が行われる旨の謎のたれ込みがあったことを報されている。


「あの、部長。一応俺、あんま目立ちたくはないんですけど」

「ん-? 大丈夫わかっているさ。キミが気にしていることはよく理解しているつもりだ。だがこれはあくまで校内でのこと。早々キミの案じているようなことにはなりはしないさ」


 アキハルの心配を杞憂だとスグリは笑う。確かに、そうではあるが。


「なにより、目立たなくては勧誘も何もありゃしないって話さ。それに……」


 と、スグリは隣を見る。そこには買ってきた食い物を食べ終え、瞳に焔を灯すサヤの姿があった。


「昨日の功労者である後輩の望みくらい、少しは叶えて上げたいものさ」


 それを言われてしまっては、あまり強く言い返せはしない。一応功労者の一人らしい自分はいいのかとも思うが、その反面、仕方ないとも思ってしまう。


「ほれ、ゴミはここに捨てろ」


 アキハルはそう言ってサヤが食べ終わったゴミを持参のビニール袋へ入れさせようとするが、


「ん」


 口にツッコまれたリンゴ飴に、思わず思考が停止してしまう。


「はい、師匠の分。最後の一口」


 昨日と同じ不意討ちをモロに受け、目を丸くしたままリンゴ飴を受け取る。


「おいし?」


 最後の一口。本当に最後の一口だけだったが、それでも着色料マシマシの甘さが口に広がる。


「甘い」

「ん」


 答えを聞いたサヤはコクリと頷くと、髪をなびかせグラウンドの中心へと向かう。


「……」


 予想だにしない行動を取る奇天烈な少女。その小さな背中を見ながら、アキハルは口の中に残ったリンゴ飴をカリリと噛み砕いた。



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