第11話『特訓』
「だーかーらーっ」
「わーかーらーなーいーっ!」
ギギギギ……と、睨み合い掴み合いをしながら、白い空間のど真ん中で意見を言い争うアキハルとサヤ。
その様子を見て、今しがた部室へ入ってきた人物が楽しげに感想を述べる。
「はっはっは。特訓は順調そうで何よりだ」
「スグリちゃん」
言い争いを繰り返す二人は遅れてやってきた部長兼先輩のスグリには気が付かず、唯一元の部室の部分で勉強をしていたオトミが反応する。
「やあボクのかわいい乙女よ。キミは相変わらず可憐で愛らしいね。勉強は捗っているかい?」
「オトミだよ~~……。うん。宿題ももう終わって、今は今日の復習をしてるよ」
「……ボクが言うのもなんだけど、よくまぁこんな騒がしいところで勉強が捗るねえ」
今の部室はスグリにより体育館ほどの広さまで拡張されているが、それでも遠くにいるはずの二人の言い争いがここまで聞こえてくる。お世辞にも勉強に向いた空間とは言い難い。
「大丈夫だよー。二人の練習見てるのも楽しいし、それに適度な雑音はむしろ集中力アップにいいんだって」
「……前々から思っていたが、キミは時々歯に衣着せないところがあるよねえ」
「?」
スグリの指摘に、オトミは小首を捻る。
「無自覚とは。だからこそボクの乙女は愛おしいのだが」
「オトミだよ~~」
この自覚なき刃でどれほどの男を屠ってきたのか。周知されている限りでも相当数に昇ることをスグリは知っている。
「まぁそれはそれとしてだ。二人の進捗は如何ほどなものか、厨二部部長として確認するとしよう。なにせ、次の試合の勝敗はあの二人に掛かっていると言っても過言ではないからね」
それは冗談では一切なく、事実。
少し前の厨二部に戦力はほとんど存在していなかった。新入生ながら以前から関わりのあったオトミは厨二病ではないし、部長とはいえ唯一の部員だったスグリに戦闘力はほとんどない。諸先輩方が卒業してしまった今、戦力として数えられる部員は存在しなかったのだ。
そんな中、唯一の光明として現れたのが新入部員である二人、アキハルとサヤである。
自身は否定しているが、トンデモない実績を持った『魔王』アキハル。
未だ蕾みではあるが、その可能性はアキハルも認める未知の剣士、サヤ。
実際、公式戦第一試合と第二試合の勝利はこの二人によるものだ。この二人がいなければ、厨二部は試合に勝つどころの騒ぎではなかった。
よくて敗北。普通に考えれば棄権するしかなかった。
それを救ったのがこの二人である。
その功績を労い感謝ももちろんしている。だが今スグリが抱く感謝の気持ちは、未だ表現しきれてはいないのが現状だ。
しかしそれは今ではない。大会が一段落した頃に、また改めて感謝するとしよう。今後の試合に勝とうが敗けようが、最大級の感謝を。どんな理由であれ、この部の門戸を叩いてくれた同士として。
だがまあ今は、それはそれとしてだ。
「やあやあ、キミたち。今日も今日とて元気に特訓に励んでいるようだね。少々元気が有り余っているようだが、調子の方はどうだい?」
部室に入ってからずっと言い争っていた二人は、話しかけてきたスグリにぐるんと振り向く。
「聞いてくれ部長!!」「聞いてよスグリ!!」
と同時に、こちらに詰め寄ってくる。
「この分からず屋は何度言っても人の話を聞こうとしないんだ。こっちはせっかく練習に付き合ってやってるってのに、やれ「無理」だのやれ「非現実的」だの」
「無理なものは無理に決まってる。人はマッチもなしに火を出せないし、巨人も出せない。現実的じゃない」
「じゃあお前の刀は何なんだよ!」
「これはわたしの魂。ここにあって当然のもの。だからこれは全然変じゃない」
「変に……、決まってるだろーがっ!!」
なるほど。同じものを同じ視点から見て違う答えが返ってきた場合、互いの人間はわかり合うことができないという。まさにこれはそういうことなのだろう。
よもや厨二病であるサヤが現実主義であるとは思わなかった。それも妙に都合のよい解釈をした。
そもそも厨二病に現実どうのを持ってくるのはナンセンスというもの。言うなれば、「俺の宇宙では音がするんだよ!」と同じものなのだから。
「まぁまぁ待ちたまえ。そういがみ合っていては話も何もあったものじゃない。ちゃんと一から話し合ってだね――」
「「でも!!」」
またも同時に振り返る。
実はとても気が合うのでは? とは今は言わないでおこう。
「そもそも。そもそもだ、サヤくん。キミは厨二病をどういうものと捉えているんだい?」
スグリに問われて、サヤは少し下を向く。
「……よく、わからない。わたしのこの刀は現実にはなくて、ここに在るように見えているだけってのはわかった。わたしには見えるし触れられるし、物を斬れば手応えもある。でも実際には存在しないし斬れてもない。それは薄々、気付いてた」
手に持つ刀を眺め、サヤは語る。
始めてサヤが厨二病を発現したとき、どんな思いだったのかはわからない。厨二病という言葉自体を知らなかったサヤはおそらく、この現象がそういう病の症状だということもきっと知らなかったのだろう。ならば、本当に刀を出現させられるようになったと思ったかもしれない。そして同時に、この力は本物ではないということにも、月日が経過するうちに気付いていたのかもしれない。
気付いて、見て見ぬフリを繰り返していたのかもしれない。
サヤの最後の台詞には、そんな落胆の色が見え隠れしていた。
「そんなの、あたりまえのことじゃねえか」
しかしそれを、アキハルは一蹴する。
「なっ……」
「こんな刀や巨人、はたまた衣服が武器に変化するとかそんな危ない力、現実にあったらもっと昔から大事になってんだろ」
考えてみれば当たり前のこと。実際にこんなことが武器を出せたり炎や風などを起こせる人間がいたならば、それはもっと注目されていなければならない。しかし厨二病ならば、この恐ろしい力が自分だけに発現したと思うのも当然のこと。
夢を見てしまうのは当然のことなのだ。
だからこそ、その言い草にサヤは憤慨する。
「剣を教えられて剣に憧れて、それでこの刀が出てくるようになって。やっと強い相手と戦える。そう思いを馳せて何が悪いって――」
「悪かねえよ」
「っ――」
「悪くはねえ。憧れがあるのは当然だし、理想を抱くのも当然だ。人とは違う自分に成れたと思うのも当然だ。だからこそ、逆に考えるんだ。俺たちに目覚めたこの力が、人を傷付けられない力で、良かったってな」
それはある意味、光明だ。
もしも。もしもこの厨二病の症状が、人を害してしまうものだったなら。
もしもこの症状が、存在してはいけないものだったならば。
存在しないという事実よりも、存在を否定されてしまう方が哀しかったのではないか。
だからと、アキハルは言う。
「だから……、他人を傷付けることができない力だからこそ、俺たちは自分たちだけに許されたこの力を無邪気に振るえるんじゃねえか。もしも誰かを傷付けてしまう力だったら、今頃恐くてベッドの中で震えてただろうよ」
ニッと、アキハルは笑う。
それは拙い笑顔。一発でサヤを元気づけるための笑顔だとわかってしまう、ありきたりな笑顔。
だがそれでも、サヤにはそれで十分だった。
「だから本物じゃないことを残念に考えるな。本物じゃないことにこそ、胸を張るべきだろうが」
言われたサヤは、刀を見る。
本物ではない、自分の刀。ふと意識を途切れさせば消えてしまう、儚い幻想の刃。
それでも、だからこそ人に振るうことができる。
昨日みたいに。
「お前にも憧れがあるんだろ。刀を振りたい以外にも、何か」
問われ目を瞑り、そして顔を上げる。
「強くなりたい。それがあたしの目標で、目的」
「じゃあお前の強さってのは、なんだ?」
「――――焔」
言われ、黒の瞳の中に、二人は焔を見る。
紅く、深紅に揺らめく焔を。
「じゃあそれが、お前の強さのイメージだ」
「強さの、イメージ……」
瞬間、サヤの刀が深紅が灯ったように見えた。
「うん。……うん、やってみる」
「そうか」
そうして二人は再び、特訓を再開する。
「問題はないみたいだね」
新たに入った期待の新人。
互いが互いに全く別種の強さを内に内包し、だがだからこそどこか惹かれ合う二人。
すでに最強の少年と、いずれ最強と呼ばれるだろう少女。
この二人に期待せずに、一体何に期待するというのか。
「本当に、楽しみが尽きないね」
スグリはそんな二人を残し、可愛く勉強を続けるオトミの元へと戻る。
部室に来たときよりも、少し口角の上がった顔で。
そのすぐ一分後に、再び口論が始まるとは知る由もなく。
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