第2章『プロローグ』
あるおとぎ話のお姫様に、憧れていた。
お姫さまは、聖女と呼ばれていました。
神さまの声を聴くことができたお姫さまは、悪魔と戦うため人々を導きました。
戦いは勝利に終わり、世界に平和が訪れました。
しかし、人間は愚かでした。
戦いが終わったあと、人間たちは姫さまを罰しました。
「お前は神の声が聴こえるなどと嘘を吐き、多くの人民を死に追いやった。ゆえに死刑に処す」
姫に処された刑は火炙り。
悪魔や魔女と戦ってきた姫さまにとって、それは最大の皮肉でした。
こうして姫さまの悲劇は幕を降ろします。
しかし、姫さまの物語は終わりません。
それから百年後。姫さまの魂に、声が囁きます。
今度の声は神さまではなく、姫さまが戦った悪魔の声。
悪魔は人々から見放された姫さまを甦らせます。
百年が経ち、復活した魔王は姫に言います。
「姫よ。我の宿敵よ。人々に裏切られたその憎しみ、今度は我の元で奮ってはみないか?」
生前とは違い、漆黒のドレスに身を包んだ姫は言います。
「ああ、魔王よ。わたくしが討ち果たした悲しき悪魔の王よ。それでもわたくしは、人々のために戦います。たとえ彼らに、何度裏切られようとも」
たとえその身が悪魔に変わろうと、姫の魂は生前と同じく清らかなまま。
こうしてお姫さまの、第二の人生が始まりました。
人でなく悪魔でもなく、人であり悪魔でもあるお姫さまの、新たな旅路が。
すごいと思った。
と同時に、羨ましいとも思った。
たとえ過酷な運命であったとしても、自らの運命のために戦い続けることが。
絶望の運命にあっても、決して折れぬその精神が。
あたしは、羨ましいと思った。
あたしもこんな風に、かっこよく立ち上がってみたいと、そう思ってしまった。
だから。
だからあたしは――、
*****
「はい、そこまでー」
よれよれのスーツを着こなした中年の数学教師が、抑揚のない声で終わりを告げる。
それだけで、ペンを走らせる音しかなかった世界がにわかに活気立つ。……ペンの音もまだ少し残ってはいるだが。
抜き打ちテスト。極悪非道で知られるその儀式を終えたばかりの若人たちは、口々に「終わったー」やら「おわったぁ……」やらと呟いていた。
そして教室中央後ろ目の席に座する彼、
「はいはい、おつかれさん」
そんなアキハルの元に、後ろの席から早速声がかかる。
中学来からの友人にして悪友、
「んー、おつかれ」
「なんだ。見た目ほどには疲れてはいない感じだな。それなりの成果だったと見える」
「んー、そうでもない。……と言いたいところだが、今回ばかりはそうでもなくもない。なんせ、先輩から事前に情報があったからな」
タレコミ……というより、教師の行動パターンから予測した情報を先輩が教えてくれただけ。……なのだが、その情報が予測というよりももはや予知や予言ばりに的を得すぎていて、何か良からぬ手でも使ったのではないかと勘ぐってしまうほどだ。問題内容すらもほぼ完璧に言い当てていたことには感謝を通り越して恐怖心すら抱いてしまう。……助かったことには違いなのだが。
「というわけで、今回に関してはそこまで心配していないさ。余裕も、まぁそれなりにあるんだろうな」
「ふーむ……、なるほどね。なんていうか、あれだなお前。変わったよな」
「そうか?」
「そうだ」
そう口では言うが、自分でも己の変化にある程度自覚はしていた。前みたいに、勉学に関しての焦りはなくなっている。以前のように、成績を上げなくてはいけないという焦燥感がなくなり、そのおかげで返って成績も良くなった。
なんでもそうとは思わないが、ある程度の物事は気の持ちようなのだと、そう思い知らされる。
こんな趣味に打ち込んでいるのだから、なおのこと。
「あっ……と――、そういえば」
俺は切っていたスマホを起動させ、とあるアプリを立ち上げる。
「あー、それか。お前、まだやってたんだな」
「まだも何もずっと続けてるよ。さすがにテスト期間中は触ってなかったけど」
俺が立ち上げたのは、とある有名ゲームアプリ。フェアリー・テイル・オブザーバー。通常FTO。おとぎ話を舞台にしたRPGで、サービス開始から数年が経過した今でもそれなりの人気を維持し続けている人気スマホゲームだ。
「とりあえず2週間ぶりなんだ。部活前にログインくらいしておかないとな」
テスト期間ということもあって、それなりに禁欲生活をしてたつもりだ。
だからこそ、AP消化くらいは多めに見てくれてもいいはずだ。
「お前もマメだねぇ。俺はどうも、そういう毎日やんなきゃいけない系のゲームは苦手だわ」
「別に俺も、毎日やってるってわけじゃねえよ。暇があれば触ってる程度だ」
「あと課金前提のゲームも苦手だ」
そこで俺は「うぐ……」と言葉を詰まらせる。
「べ、別に課金しないといけないわけじゃねぇ。基本無料のゲームなんだし、課金してるのは一部のユーザーくらいで、ほとんどは無課金でも全然……」
「で、いくらしてんだ?」
「だからしてねぇって! いくら俺でも、そんなゲームに何万もかけれねぇって……」
「なんだ、つまらん」
「お前なぁ……。まぁ確かに、否定はしない。課金ゲーであることは否定はしない。でもな、俺がこのゲームをやってるのは、ストーリーが本当に面白いからだな……」
「いい。その話は何千回と聞いた」
「お前にはダチの話に付き合ってやろうという気概はないのか」
「ないね。全然ない。俺はキョーミのない話に付き合ってやるほどお人好しじゃない」
こう言って満月は取り付くシマもない。
まぁこの反応はいつものことだ。満月とはよくゲームの話をするが、それはあくまで満月の気に入ったゲームの話だけで。満月が興味のない話は一切できない。
だからこそ思う。どこかに、FTOを語れる友はいないものかと。こんな人気ゲームなんだ。クラスに一人くらいいても、バチは当たらないじゃないかと。
「……それよりも、聞いていいか?」
ゲームに興味ないと言った満月だが、急に態度を変えて話かけてくる。
そしてその話には、俺も多少心当たりがあった。
「あー……。ちょうど俺も聞きたいところだったんだけど」
「………………………………………………………………………………………ッ」
「「なんで俺(お前)、睨まれてんの?」
厨二病とは。
中学生という幼さに大人への憧れが入り交じり発生する精神疾患の俗称。また、その病を持つ人を差す。
症状の一つに特異な幻覚・幻聴が確認されており、近年、これらを用いた競技が流行の兆しにあるという。
これは、そんな厨二病に魅入られた若者たちの、壮大なごっこ遊びを綴った物語である。
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