第2章第一幕『魔女は勇士に羨望する』

第1話『戦い終えて』


 ―― 一週間前。騎士王戦より三日後。


「それでは、大会無事帰還よくやった頑張った感動したお疲れ様の会、ア~ンドっ、祝!部活存続おめでとうの会ーーーー!!!!」

「「「「かんぱ~~~~い!!!!」」」」


 無駄に広い部室内に、いくつかのガラスがかち合う音が鳴り響く。

 ガラスコップの中身はもちろんただのジュースで。用意したお祝いもそこいらのスーパーで売られている一般的な菓子類が数点あるだけ。

 だが、それらを囲む彼らの顔には確かな笑みがあった。

 宴会、宴、祝いの席。呼び方は何でもいい。ただ彼らは、自らの為した成果をしかと噛み締め、一時とは言え喜びに酔いしれていた。


 高天原学園厨二部。精神病の一種とされる厨二病を競技の一環として活動する彼らは、先日、業界内最強と名高きギルド『円卓の騎士団』そのトップである男【騎士王】アーサーを打ち倒したのだ。その功績は瞬く間に界隈へと広がり、今や厨二病に携わる者にとって格好の話題となっていた。

 そしてその功績は、彼らが掲げていた一つの目標を一歩前進させていた。


「いやー、これでなんとか首の皮一枚で繋がったってとこだね」


 この部唯一の二年生であり、部長でもあるところの諸星もろぼしすぐりはその小さな身体を身振り手振りで大げさに動かしながら口を開く。


「あの分からず屋の生徒会は腹立たしいが、部活連や教師陣から功績を認められたことは実に僥倖だった。大会優勝候補でもある【円卓】に勝てないまでも、今一歩のところまで追い詰めたということがそれなりに評価されたらしい。大会で成績を残せなければ即廃部、という生徒会の無理難題を、夏までという期限付きではあるが引き延ばしてくれた」


 そう。この宴会の名が冠する通り、部にとって当面の目標であった『部の存続』。それが延長という形でではあるものの、一部叶ったのである。


「いやしかし、あそこで生徒会が茶々を入れなければそのまま存続が叶っていた可能性があると思うと、悔やみに悔やみ切れないというのも本音だ。うぅ……。やはりこのままボクたちがさらなる功績を為したところであの分からず屋の会長に無下にされるかもしれないとなると、生徒会傀儡計画を前向きに検討した方が手っ取り早い気がしないでも……」


 うんぬんかんぬんと。なにやら物騒な計画をぼそぼそと呟き始めた部長からは目を逸らし、黒鉄くろがね晶玄あきはるはとりあえず部長以外の人物に目を向ける。


「うん……、うん……、えーーっ!? だ、ダメだよスグリちゃん! そんなことしたら生徒会の人たちみんな困っちゃうよ!」

「もー、反応がイチイチ可愛いなぁボクの乙女は。無論冗談さジョーダン。半分くらいは」

「は、半分でもダメだよー! それに、あたしは乙女じゃなくてオトミだよー」


 厨二部部員ながら厨二病ではない一般人にして唯一の常識人である秋月あきづき愛富おとみは、その高校一年生らしからぬ大人びた体躯を存分に跳ねさせながら、スグリといつも通りの会話に花咲かせている。

 一方をこちらはと言うと、


「ほむ、ほむ、ほむ……、ほむ、ほむ、ほむ……」


 と、用意された菓子パンやらケーキやらをただひたすらに、黙々とハムスターのように囓りは咀嚼している少女。名を陽乃下ひのもと紗弥さやといい、魔王打倒を志すうら若き厨二病である。痛い。

 そんなサヤはアキハルの引き気味な視線など意に介さず、オトミとは正反対の小さな身体へ次々に食べ物を放り込んでいった。カービ〇かお前は。

 

 そしてそんな部内の様子をアキハルは一歩引き気味に、自分は関係なしとでも言いたげに静観している。だがしかしこの男こそ、厨二界隈にその名を轟かす自称・魔王こと魔王神ダークネスその人なのである。痛い。いやほんと。

 一度はそんな自分に嫌気が差しこの世界から足を洗おうとしていたアキハルだったが、魔王を付け狙うサヤとこの部に出逢い、紆余曲折の果てにまた厨二病へと舞い戻ったのである。

 そして先日。先に説明した功績を挙げたのだ。


「とまぁいろいろと言ってはみたものの、今回の功労者は誰がなんと言おうと間違いなくこの二人!」


 どこから取り出したのか、マイクを片手にアキハルとサヤの肩を抱き寄せダイブしてくる。


「さてさて。今回の功績の立役者たる自称魔王くんこと、後輩くん! 何か一言!」

「自称はやめてください自称は。……ええと、別に、俺は何もしてませんよ。俺は俺のやりたいことをやりたいようにやっただけです。それを言うんなら先輩の方こそいろいろと頑張ってくれたじゃないですか。先輩があんなに戦えるなんて知らなかったですよ」

「いや~、キミにそう言われると照れるじゃないか~」


 ニヘラと顔を緩ませ冗談交じりに照れる素振りを見せるが、アキハルは本心から感心していた。最初は部長を頭がいいだけの、好奇心だけで参加しているような人間かと思っていたがそれは違った。情熱も根性も、それに実力も、その小さな体躯からは想像できないほどに大きなものがこの先輩の中にはあった。ちゃんと、厨二病だった。それを知れただけでも、あの戦いに赴いた意味はあったのだろう。

 それに。


「それに、今回のMVPは間違いなく……コイツ、ですよ」


 そう言ってアキハルはサヤの頭に軽く触れる。

「ん」

 話題に触れることなくシュークリームを平らげるサヤは、先日見せた勇姿の面影もない。

 しかしこの少女が無双にも近い実力を発揮したことを、ここにいる誰もが理解している。

 そんなサヤはアキハルに頭を触れられたことでようやく話に気が付き、口の横についたクリームを舐めとって口を開く。


「あたしは何もしていない。あたしも師匠とおんなじ。ただ自分のやりたいようにやった、それだけ。……それに――」

「もー、サヤくんはホント真面目だねー。でも、そーいうところが好きなんだゼ☆」


 部長はサヤの言葉を遮るように抱き寄せると、キスをするように唇を突き出す。

 あわあわと慌てるオトミに手のひらを突き出してそれを拒否するサヤ。

 あんな壮絶な戦いを行われたとは思えない平和と安堵の日常が、この部室を満たしていた。

 ただただ戦いに明け暮れていた日々も嫌いではないが、こういう当たり前の日常も悪くはない。

 そんなことを考えて、自分の分のケーキがいつの間にか食べられていたことに気が付いてアキハルも戦いに加わるのだった。


   *


 夕暮れ前の校庭に、今は誰もいない。

 それもそのはず。本来なら日が暮れ始め、世界は真っ赤な茜色へと変貌する黄昏の時間。しかし今日の空は今朝からどんよりとした雲が空を覆い、その色は時間が経つに連れ濃さを増していた。誰がどう見ても今すぐ雨が降り出さんとする空模様。部活動盛りのこの五月の時期に、運動部が早々に練習を引き上げているのも頷けるというもの。

 だから。


「あ……」


 ぽつりと。鼻先を跳ねる雨粒を感じて空を向く。

 勢いはそれほど強くない。これからまだ強くなるのかもわからないけど、今この感触は少し心地よくもある。


「…………」


(――――敗けた)

 それも、完全に。完膚なきまでに。

 手も足も、出なかった。

(師匠がいなければ、引き分けにすら持ち込めていなかった。完全に、あたしの敗け……)


 雫が落ちて、前髪が揺れる。次第に勢いの増してきた雨はまるで今の心の内を反映したかのようだと。そんな同い年の師のようなことを考えて、しかし笑えはしない。


(師匠だけじゃない。スグリも、オトミも。誰か一人でも欠けてたなら、この結果にはならなかった)

 あの時の光景を思い出す。誰もが必死に己の出来得ることをやっていた、数日前の戦場を。

(…………)


「あたしは、弱い――――」

「強く、なりたい……っ」

(もう二度と、こんな思いをしないためにも)

「もっと……強く……」




「辛いね……、お互いに」

「…………はい」


 少し離れた、渡り廊下。

 勢いの強くなる雨の中、確かに聴こえた、慟哭にも似た静かな声。

 その声を聴いて、様子を見に来た二人は声を掛けられずに、ただ彼女を見守っていた。


「……どうする気だい?」

「あいつを、強くしてやりたいです」

「何か、考えがあるのかな?」

「俺という目標は、既に立てました。あとあいつに必要なのは、切磋琢磨し合えるライバル……好敵手が必要です」


 サヤが現れたとき、目標は既にあった。アキハルという目的をもって現れ、そしてその目的は未だ変わらず、サヤにとってアキハルは強者のままであり続けている。

 では次に必要なのは? 人が強くなる上で、目標の次に必要な要素とは何か。

 それはきっと、横に並び立ち、同じ目標へ向かって進む友なのだと思う。


「それは、キミではダメ……なんだろうね」

「はい。共に俺を倒すべき存在が、あいつには決定的に欠けている」


 先の理由からアキハルはダメ。同級生であるオトミも厨二病ではないため適任とは言えない。先輩であり部長でもあるスグリも、優秀ではあれど立場の違いからサヤのライバルにはなり得ない。

 ならば、今必要なのは……。


「アテはあるのかい?」

「半信半疑ですけど」

「なら、任せてもいいかな?」

「はい。俺が、やらなきゃいけないと思うんです」


 アイツに助けられた俺が。


「……そうかい。期待しているよ、エース。未来のエースのためにも」

「――――はい」



   ***



 翌日、放課後。


「化学準備室?」

 電話口向こうから聴こえる満月の声に、アキハルは聞き返す。

『ああ。そこで、例のヤツが待っているはずだ』

「期待してもいいのか?」

『さあな。それは、自分の目で確かめてくれ』

「……」

 すべからく不安を感じる。

「まぁしゃーない。他に、アテもないんだしな」

 そうしてアキハルは満月に軽く礼を言って電話を切り、言われた化学準備室の扉に手を掛ける。

 そして、


「ふふふ……、はーーーーっはっはっは!!!!

ようやく吾輩の元まで辿り着いたか!! 随分と待たされたがまあいい!!

なにせ、今から吾輩の吾輩による吾輩のための神話が華開くのだからなぁ!!

はーーーーーーーーーーーーーーーーーっはっはっはっはー!!!!!!!!」


 開け放ったそこにいたのは、白衣を大げさにはためかせたふくよかな体型の男が……非常に厨二病らしい大仰な振る舞いを見せるデブが、そこにいた。


「そう吾輩こそが! 雷鳴と共にこの世に生まれ落ちた神成る才……、飛山とびやま頼明よりあき! 人は吾輩のことを、雷鳴の化身と呼ぶっ!!!!」



 拝啓、満月、部長殿。

 期待していた人物はどうもハズレだったようです。



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