第2話『雷鳴とどろかない』

 

「今彼女に必要なのは共に戦うライバル。一歩先を行くキミではその役は担えない。なるほどね。確かに、その通りかもしれないね。今の彼女に決定的に足りていないのは、自分に近しい立場の戦友……、つまり相棒だ。そこに気が付くところはさすが歴戦の魔王くんだと言わざるを得ない。……しかしだねぇ」

「…………はい……」


「はーーーーっはっはっは!!!! そう吾輩こそが!! 雷鳴と共にこの世に生まれ落ちし神成る才……、飛山とびやま頼明よりあき! 人は吾輩のことを、雷鳴の化身と呼ぶ……!!!!」


 さっき聞いた口上をここぞとばかりに捲し立てて、日曜朝八時のライダーのようなポーズを華麗に決め。自称雷鳴の化身こと厨二部新入部員、飛山頼明は先に部室で鍛錬に励んでいた少女に対し自己紹介を繰り出していた。


「…………誰?」






「あ、し、新入部員さんだったんだ……。てっきり、変質者さんなのかと……」


 最期の方は消え入りそうになりながら、新たにやってきた変質者、もとい新入部員ヨリアキへとオトミは恐る恐る声を掛ける。……少々、恐る恐るの部分が強い気がするが。


「むむむ。それはなかなかにひどいでござるよぉ、秋月氏ぃ」

「ご、ござ……?」

「これから新しく仲間になる吾輩とはぁ、仲良くしないといけないんでござるよぉ???」

「ひ、ひぃ……」


 なにやら妙にくねくねと体を捩らせながら言ってくるヨリアキの様子に、オトミは思わず本気の悲鳴を漏らしてしまう。


「ああ! 露骨にっ、露骨にキモがられているでござる! 引っ込み気質な長身巨乳美少女に割と真面目にドン引かれる……ッ。吾輩の高貴で繊細な心ではあの怯えた視線は受け止めきれない……。だが、むしろそれがいいッ!」

「ひぃいい!!」


「はっはっはっは~。なかなか楽しそうにしてるね~」

 ヨリアキの大げさな反応にマジビビりするオトミを、スグリとアキハルは部室の端の方から眺めている。

「いいんですか? 先輩の大切な乙女が怖がってますよ?」

「ボクの乙女には酷かもしれないが、これも試練だ。……くっ、耐えてくれ、ボクの乙女よ……!」

「楽しんでるの、先輩だけじゃないですか……」

 まぁ楽しんでいるのはヨリアキの方も同じようで、オトミに関しては見る人が見れば普通に通報案件な悲鳴を上げてすらいる。


「オトミをイジメちゃ、ダメ」


 そんなゴキ〇リが出たかのごとく怯えまるくオトミの前に、静観していたサヤが一歩前へ出る。

 その姿に、オトミにちょっかいをかけてきたヨリアキも意味深に眼鏡をクイッと直して動きを止める。


「ふむ、陽乃下ひのもと紗弥さや氏でござるな。先の戦いは実に見事でした。この吾輩も感動の涙を禁じ得なかったほどに。しかし、イジメるとは少々失敬ですな。吾輩は新入部員として、秋月氏と親交を深めようとしただけで――」

「そういうのはいい。そういう御託はここでは通じない。ここで親交を深めたいと言うのなら、もっと簡単な方法が他にある」

「……ほほう。その方法とは?」

「簡単な話。戦えばいい」


「いつの間にそんな殺伐とした親交方法できたんですか?」

「さてねぇ。ドラゴ〇ボールでも読んだんじゃあないかなぁ」


 実にシンプル過ぎる提案に、しかしヨリアキはクツクツと肩を震わせる。


「ふっふっふっふ……。なるほど、さすがはサヤ氏。さすがはその名を天下に轟かせる厨二部と言ったところでござるか」


「いつの間に天下に轟いちゃったんですか、うちの部?」

「さてね~」

「なんか納得してるみたいですし」

「ノリのいい子なんだろうね~」


 我関せず、どころか今の状況を楽しんですらいるスグリの様子に、あ、これ止める人間いないな、などと肩を竦めるアキハル。

 そしてそんな二人を他所に、ヨリアキのテンションはさらに増していく。


「ならばいいだろう! 吾輩も神に仇なす叛逆の咎人! 魔王を打倒せんとする其方とは共感を覚えていたところ! で、あるならば! その実力、吾輩にとくと披露してもらおうぞ!」


 語るうちにヨリアキの纏う白衣は風もないのにはためき出し、当たりには空気を震わす雷光が轟き出す。

 それを見て満足したかのようにサヤは、


「うん、わかりやすい」


 そう言って腰の鞘からありもしない刀を抜き出す。


「あれ、どうしたんだい後輩くん?」

「あー……、いえ、ね。俺も昔は他人から見たらあんな感じだったんだろうなぁって」

「あー、ね。確かに、うちにはザ厨二病って感じの子、少ないからねぇ」


 アキハルとスグリの二人はどこか遠くを見る感じで。オトミは恐る恐る部室の中心から離れていき。ヨリアキは眼鏡の奥の瞳をギラつかせ。サヤは静かに刀を構える。


「それじゃあ、行くよ」

「ああ、来い!!」


 言った途端、サヤは軸足に体重を移す。

 それを合図に、サヤの姿が消える。


「速攻か」

「サヤくんのいつもの手だね」


 高速移動で相手に一撃を加え、そこから一気に畳みかける。スピード自慢のサヤがよく使う戦術の一つだ。

 が、しかし――


「っ!」

 バリバリと、サヤの行く手を阻むように雷轟が鳴り響く。

 直感か予感か、直前で雷を躱すサヤだが、雷はそんなサヤに追随するようにいくつもの雷柱を伸ばす。

 部室の端まで追いやられたところでようやく雷は止み、静寂が広がる。


「ふふふ……。来いとは言いましたが、簡単に近づけるとは思わない方がいい」


 不適な笑みを口元に貼り付けたヨリアキは、しかしその目元は伏せられ真の表情はこちらから読み取れず、見えるのは蛍光灯の光を反射する眼鏡のみ。


「サヤ氏、貴女の戦闘傾向は先の戦いから既に把握しています。刀による剣術と炎を交えた近接戦闘こそが貴女の得意とする戦闘スタイルだ。遠距離攻撃ロングレンジも多少は存在するが、その全ては決定打に欠ける牽制技。近づけさえしなければ、貴女の自慢の剣技も怖くはない。ぶっちゃけ、無力だ」

「……」

「それに引き換え、吾輩の能力は雷! 知っていますかな? 古代より、人が恐れてきたものが何か。地震、嵐、吹雪、火山、そして雷。人は太古の昔より未知のものを恐れ、自らではどうにもできない現象の数々を神として崇め奉り、そして鎮めてきた。しかし近代となり、雷はただの気象現象の一種として解明され、人々は以前ほどの畏れを雷に抱かなくなった。科学の手によって神の座を追われたというわけだ。そして今や、雷は電気と名前を変え、人の暮らしを支える強力なエネルギーとして隷属化の道を辿ったというわけだ。そう、つまり! 神を仇なし、雷を人の手に貶めた科学の力こそが、吾輩の力なのだ! 言わば吾輩の力は、神をも超えた神の力に等しい。そんな吾輩を、刀と火などという前時代的な力で挑もうなどと――」


「あ」

「あ」


 ヨリアキが気分良くご高説宣う中、それを遠くから見ていたアキハル、スグリの二人はある変化に声を上げる。それは――、


「ふ――」

 サヤが一息で、ヨリアキの目下まで近付いたこと――――。

「へぶ――っ!?!?」

 サヤの接近に一切気付いていなかったヨリアキは、受け身も何もないままに、その出っ張った腹部へと鋭い一撃をもらう。抜き身の刀ではなく鞘に納めた刀なのはサヤのせめてもの温情だろうか。


「うるさい」

 しかし小さく言い放つサヤの一言は、そんな一欠片の情けなど一切感じさせない。

「っ!? ちょ、ちょっと待――」

「待たない」

 そしてサヤの温情の刃は無情にもヨリアキは斬り裂――


「ひぃいいいいいいいいいいいいい待ってええええええええええええ!!!!」


 しかしヨリアキはあろうことか、華麗なる動作で体を折りたたみ、伝統芸能DOGEZAの姿勢を決める。


「ま、参りました」

「え」

 その流れるような動きに、サヤも思わず動きを止める。

「え、遠距離は得意ですが……、近付かれたら無力なんですうううう! 運動神経皆無なんですうううう!!」


「「ええ……」」


 齢15の美空にしてどこでそんな虚しい謝罪を覚えてきたのか、ある程度の厨二病なら許容できる度量を持った経験者の二人でも、今の状況にはさすがに引き気味なってしまう。


「吾輩の……俺の負けですうううう。もう殴らないでくださいぃぃぃぃ……」

「…………」

 

 戦闘において容赦のないサヤも、目の前の光景にすっかり毒気を抜かれたのか、どうすればいいのかわからずにちらりとこちらへ視線を送る。


「まぁ、仕方ないね」

「はっはっは……」

 スグリは嘆息を吐き、アキハルは苦笑いを浮かべながら、今日の新入部員歓迎の戦いは幕を閉じた。



 拝啓、満月殿。

 部員が増えることも仲間が増えることも大変悦ばしいことなのですが、

 どう考えても人選を間違った気がしてなりません。

 紹介してくださったお前には首を洗ってご自愛くださいこの野郎。敬具


 はぁ……。


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