第3話『見られてる』
「てなことがあったわけだよ」
「なーるほどなぁ」
「……」「……」
「二つ返事で入部してくれたことは嬉しいんだけど、なんつーか、こう……先が思いやられるっていうか」
「なんだよ。不満なのか?」
「不満ってわけじゃないけど」
「お前の注文通り厨二病然としたヤツを見つけてきてやったろ。厨二病なんてもん、そうそう何人もいるもんじゃあねえんだぞ」
「確かに、その通りだけど」
厨二病は希少だ。未だ謎の多い病気というのもあるが、そもそも症状の有無に個人差が強く現れるため、発症しているのかどうかすら気付かない物が多い。現在では10代の300人〜500人に一人の割合だとする説が有力だが、予備軍も含めれば潜在的に100人に一人だと言う話もある。
そんな未知の精神病発症者を何人も――それも学内で探し出すのは不可能とすら言える。
だからこそ、セカンド・イルネスにおける団体戦は学内に限らない、ギルドという団体での参加を推奨されているのだ。
それを考えると、校内で見つけたヨリアキという存在は厨二部にとって喉から手が出るほど欲しい人材でもあることは確かだ。
「何が不満なんだよ。むしろ達観してるお前なんかよりもよっぽど厨二病してるじゃねえか」
「ああ……、確かにその通りだなぁ」
厨二病なりたての頃の自分を思い出して顔を渋くする。
「いいじゃねえか。ムッツリなお前と違って、年相応にエロに興味あるってのはむしろ常識的でさえあるだろ」
「いや、問題なのはそこじゃなくてだな……」
「あー、打たれ弱過ぎる、だっけか? まぁ確かにそれは問題だわな。斬った貼ったが当たり前のお前らに、ちょっと小突かれた程度で音を上げるようじゃあなぁ。致命傷、だな」
「まぁそれもあるんだけど……」
部活のメンバーが揃うのは素直に嬉しいことではあるのだが、もっとも欲していたのはサヤの好敵手となり得る存在だ。共に同じ目標を掲げ、共に切磋琢磨し、追い越し追い抜かれし合える同等の相手。互いを互いとして認め合える好敵手が今のサヤには決定的に足りていないのだ。
それはアキハルでは駄目だ。アキハルは中一の頃からセカンド・イルネスを始めた経験者で、その年月の差は気持ちや思いに必ず作用する。実力や経験年数は近くなくてはならない。
そして何より大事なのが熱量だ。セカンド・イルネス、または目標に対する圧倒的な熱量。相手が立ち止まったときに引っ張り合えるような、相手を見てさらに自分を燃え上がらすような、そんな互いに作用し合える熱量がライバルには必要だ。
経験年数だけを見れば、ヨリアキはちょうどよい存在とも言える。
しかし熱量という点において、ヨリアキは圧倒的に不足している。
ことサヤにおいて、その差は絶望的とも言える。勝ちに対する執着は、おそらく今までアキハルが見てきたどんな強者よりもサヤは群を抜いている。強いヤツは多々いれど、否応なまでに勝ちに拘れる者は決して多くはない。
そんなサヤと比べるのは少々酷かもしれないが、それでもヨリアキのあのあっさりと負けを認めた姿は、いっそ清々しいくらいで。むしろピッタリ正反対とも言えなくもない。
そんなヨリアキはある意味期待な存在だが、今アキハルがもっとも欲している存在とは言えなかった。
「……」「……」
「だがなぁ、素人に毛が生えたようなヤツにいきなり斬り合え殴り合え、なんてのは、それこそ酷な話じゃないか?」
それは、そうかもしれない。だが俺も
「聞けば、あいつは子供の子からずっと勉強漬けで、運動らしい運動も体育の授業くらいしかまともにこなしてなかったらしい。中学の時も科学部に所属してたみたいだが、それは今でも変わってはいない」
「ああ、それで」
どうりで化学準備室にいたわけだ。
「ま、いわゆる根っからの文化部ってやつだ。運動とかスポーツとかとは一切無縁の、な」
心当たりはあるだろう。クラスに数人はいる、運動が嫌いというよりも、運動をそもそもしないという人間。ヨリアキがそれなのだろう。
「俺も万年帰宅部だから似たようなものかもしれんが、俺は遊び程度だがスポーツはそれなりにする。それこそ付き合いで運動部にも顔を出すこともある。帰宅部でもそういうやつは多いと思う。だが、ヤツはそういうのとは違う。俺やお前みたいなやつとは、根本的に違うんだよ。運動とかスポーツとか、競技とかそういうのに対する考え方が」
「そういうもんかねぇ」
「ああ、そういうもんだ。お前も、中学んときは運動部に入ってなかったが、球技大会とか体育祭をサボったりはしなかっただろ」
ああ、そりゃそうだ。
「だが、アイツらは休むしサボる。不良(俺)みたいな理由とは違う、運動が嫌いだからだ。そんな元も子もない理由、お前にはわからないだろう」
確かにわからない。運動に対して特にこだわりはないが、だからと言って特段嫌いなわけではない。むしろ好きだ。体を動かすのは気分がいいし、わかりやすい目標とルールはやはりスポーツの魅力と言ってもいいだろう。
だからこそ、運動が苦手というのは理解できても、運動が嫌いというのにはイマイチ理解できなかった。
「ま、そうは言うが、そんな連中の一人でもあるはずの奴がわざわざお前らんとこに入部してきたんだ。どんな理由にせよ、それなりのやる気はあるんじゃねえのか」
「そうだといいんだけどなぁ」
「…………」
「…………」
話がひと段落して、二人とも同時に沈黙する。
だが何もこれは、話す内容がなくて黙ったわけではない。
二人はさっきから、あることが気になっていたからだ。
「なぁ、今日もなのか?」
「見ればわかるだろ。……今日もだ」
言いながら、二人は眼球の動きだけでとある方向へと振り返る。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
窓際一番後ろの、いわゆる主人公席。そこから、眉間にシワを寄せに寄せた比類なき睨み眼が、振り向いた二人に一切動じることなくこちらへと発射されていた。
「にしてもな、二日間あのままってのはさすがに……」
「なぁ、お前なんかしたのか?」
「い、いや、特に身に覚えは……。そもそも俺はアイツが誰なのかすら知らないんだが」
というか、入学式とのときいなかった気がするんだけど。
「ああ、そりゃあ、アイツは入学式からしばらく休んでたからな」
「や、休んでた? なんでだ?」
「さぁな。だが、理由なんてのはいくらでもあるもんだろう。なんってったって、あいつは地元じゃ有名な不良なんだからな」
「不良?」
「ああ。人呼んで、不良のマリア」
「なんだよそのヘンテコなあだ名は?」
「それこそさぁな。だが、アイツは男相手でも問答無用でノしてたらしいぞ。こう突然、校舎裏に呼び出しては――」
「ねぇ」
ビクッ! そんな擬音を確かに耳にして、言い争う二人は錆びついた首をぎりぎりと声の方へと向ける。
そこにいたのは、女子の平均より少し背の高い女の子。肩に触れるくらいの色素の薄い髪から覗くイヤリング。ボタンの外されたシャツからは血管さえ伺える白い肌。何より目を引くのが、爛々と輝く大きな瞳を鋭く尖らせ睨め付けてくるその目付き。
一目で『不良』と呼びたくなる女の子の視線が、重力魔法の如く重々しくのしかけられていた。
主に、アキハルの方に。
「アンタ、来て」
顎をしゃくり、女の子らしからぬ動作でアキハルを指名する。
「お呼びだ」
安心したのか、いつものニヤけ面に戻った満月が、愉快そうにアキハルの背中を叩く。
「う、恨むからな」
「早く」
恨めしい目で満月を睨みつけるが、女の子に短く呼ばれ泣く泣く後をついていく。
「南無、黒の字。骨は勝手に埋めてくれ」
そんな無責任なセリフが背中で聞こえた気がした。
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