第8話『お試し 〜マキの特訓①』
「か〜め、は〜め……」
どこかで聞いた言葉を呟いて、両手を深く腰へと溜める。
まさにそれは、世界的人気漫画の代表的必殺技の
そして突然目をカッと開いたかと思えば、勢いよく溜めた両手を前方へと突き出し――、
「波ーーーーーーーー!!!!」
迫真。それはまさに迫真の勢いで、突き出した両手から青白い光線が放たれ――、
「…………あれ?」
るはずもなく。ひょろひょろと貧弱な光線もどきが伸びていく。最後は部室の壁に当たり、何事もなかったかのように霧散していった。
「……」
「……」
「なんでうまくいかないのよっ!!」
ダンダンッと、地団駄を踏むマキ。マジで地団駄を踏んでいる人間を初めて見た。
「ま、マキ氏ッ、一旦、一旦落ち着くであります!!」
「うっさい!!」
「ふげらっ」
もう数えて幾度目か。試しては不発に終わってその度ヨリアキが殴られている。殴られる理由は八つ当たりの理不尽なものが半分だが、もう半分はヨリアキのセクハラ紛いな言動の所為なのでいいのだが。
「ああ、もう! ポーズは合ってるはずでしょ! こうやって、こう! でしょ。何でうまくいかないのよ!!」
原作漫画のページをパラパラとめくり、該当のページを見つけては必殺技の真似を繰り返している。
努力はすごいんだけどなぁ。
「これを……こう。これを……こう。よし、今度こそ――」
何度か素振り(?)を繰り返したマキが本番に取り掛かろうとしたその時、少し離れたところからサヤがこちらを見つめていることに気付く。
もしかして、アドバイスをするのか? あのサヤが、マキに!?
俺が驚いている間に、サヤは軽い仕草で両手を溜め、解き放つ。
「波ーーーーーーーー!!!!」
たった一言、ひらなが一文字発しただけで漫画の同様の青白い光線が勢いそのままに放たれる。
「…………」
呆気にとられるマキ。放たれた光線はスグリの改造した部室の壁へと当たり、煙を上げてかき消える。
俺は驚いていた。いや、漫画の必殺技を成功させたこともそうなのだが、そうではなく、サヤがマキに対して技を見せたことに対してだ。
マキとサヤはソリが合わない。それは初日の時点からなんとなく察していたことではあるが、だからこうして面と向かってサヤがマキに何かを教えようとしていることに、俺は驚きが隠せないでいた。ああ、サヤ。お前もこんなに立派になって……。
呆気に取られていたマキがゆっくりとサヤを見て、自然と二人の視線が交わる。
「(ニッ……)」
途端、サヤの口角がほんのわずか数ミリ、上へと上がる。
あ、違うこれ。ただ単に、マキを挑発したかっただけだこれ。
「あ、アンタねぇ……」
その意味を寸分違わず汲み取れたのか、マキの髪はまるでジブリのヒロインのように怒りで逆立っていく。
「悔しかったら、お前もやればいいだけ」
「こんのぉ〜〜!!」
マキがサヤへと目掛け『かめ◯め波』を放つが、焔の翼を広げたサヤはひらひらとそれを躱していく。
「……はぁ〜〜。平和だねぇ……」
「平和……なんですかねぇ」
そんな愉快な部内の様子を、スグリは目を細めて、俺は戦々恐々としながら、オトミが淹れてくれたお茶を飲んで鑑賞してる。
「お、お二人とも……。そんなのんびり見ていないで、少しは止めて欲しいのであります……」
サヤの躱したマキのへろへろ『かめは◯波』を、何故かヨリアキが全弾被弾しながら呟く。
「キミは何をやってるんだい?」
「よ、避けるのは昔から得意ではないのであります……」
「あ、よかった。そーいうシュミではないんだね」
何がよかったのかはわからないが。
マキの厨二病特訓ネクストステージ、実技指導。
その一日目にして、特訓は難航を極めていた。
*****
「なってみたいキャラ?」
オトミから手渡されたスポーツドリンクで水分補給をしながらマキが聞き返してくる。
「ええ。厨二病って本来、なるために練習するものじゃないんですよ」
ぷすぷすと、ヨリアキが黒焦げのボロ雑巾になったあとも一人淡々と『かめはめ○』の特訓を繰り返していたマキを見かねて、俺は休憩がてらマキに聞き取り調査を実施してみることにした。
「厨二病ってのは本来既になっているもので、なったあとに自分の能力を扱うため特訓するものなんですよ」
そう。たとえば俺なら、『魔王』への憧れからマントなどの自作アイテムの作成と、設定を書き綴った
サヤもそうだ。自分と憧れの女主人公を重ね合わせながら剣術の鍛錬に励んでいるうちに、気が付けば存在しない刀を鞘から引き抜けるようになっていた。
このように、厨二病とは本来、気が付いたときには既になっているもので、自分からなりにいく類のものではない。
それを無理矢理なりにいこうとしているのだ。うまくいかないのも必然だ。
……いや。正確に言うのであれば、マキは既に厨二病になっているはずなのだ。厨二病の症状の一つ、肉眼による
厨二病の主な二つ症状である『視認』が完璧な状態で出来て、もう片方の『
もし何か原因があるとするならば、それはおそらくマキの心の内に問題があるのだろう。
そう思い思い当たる節を遠回しに聞いてみたのだが、
「う〜ん……」
マキは頬に手を当て考え出す。どうやら、難しい質問だったらしい。
「なんでもいいんですよ、なんでも。俺ならアニメの『魔王』に憧れて。サヤも同じアニメの刀を使って戦うキャラに。こんな風に具体的なキャラクターがいるならなおいいんですけど、漠然と『勇者』だとか『超能力者』だとか『お姫さま』とかでもいいんで、何か――」
「お姫さま……」
お?
「う〜〜〜〜ん…………、好きなゲームも漫画もあるんだけどねぇ……。なんか具体的に誰かって言われると、パッと思い浮かべるものがないわねえ」
「そうですか……」
どうやら思い当たるキャラはいないらしい。
だがそんなことが本当にあるのだろうか? 何の憧れもなしに厨二病になるなんてことが。
「ま、だからこそ唯一思いついたドラゴンボ○ルの『かめはめ○』は撃ってみたかったんだけどね」
「はぁ……」
憧れ……とは少し違うようだが、一応マキにも好きな作品はあるらしい。
「漫画、好きなんですね」
「ええ、大好きよ。あたしの数少ない趣味と言っても過言じゃないかしら。中学のときはよく友達に貸してもらって読んでたものよ」
「中学のときはってことは、今は読んでないんですか」
「まぁ……そうね。今はあんまり読んではいないわね」
一瞬、何か含みのようなものを感じたが、言わないのであれば深掘りはやめておこう。
「……わかりました。ちょっといろいろ今後の
「ハッハッハッハ! 呼ばれて飛び出てジャジャジャジャンでありますゾ!! オトミ殿の清廉なる分泌液を飲み干したこの吾輩はッ! この身に不死の力を宿したと言っても同義ッ! で、あるならば、今こそ吾輩がマキ殿にしっかと戦士たちの秘技を伝授してみせ――、まそっぷ!」
「あ、ごめん。ついうざくて手が」
「ひ、ひどいですぞっ! 吾輩、親父殿にもブたれたことがないというのにッッ」
「…………」
「あれ、どうしたのかな、スグリちゃん? 何か楽しそうだよ」
「ん〜? ああ、楽しいとも、ボクの乙女よ。ボクは今至極楽しいさ。なにせ、将来有望な後輩がこんなにいるんだしね。それに……」
言ってスグリは、意味深にアキハルへ視線を向ける。
「ああして後輩くんが悩んでくれてるんだ。きっと、全部いい方向に向かってくれるはずさ」
事態は何も解決していないというのに、スグリは何故か一番楽しそうにカラカラと笑う。
「ではボクの乙女よ。ボクにもキミの清廉なる分泌液とやら分けてもらえるかな?」
「お、オトミだよ〜。それに、ただの紅茶だから〜〜っっ」
いつもの掛け合いにいつものやりとり。
マキとヨリアキという新たな要素を加えてから数日。
ようやく、それぞれの形で歯車は回り始めたのをスグリは感じていた。
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