幕間『兄さん』
兄がおかしくなったのは、兄が中学一年、私が小学五年生のときでした。
それまで、私は兄を尊敬していました。
勉強をすれば学年一位。スポーツをやらせればエース。
何をやらせても一番で、才能があり、努力家で、そして人望があった兄。
大人はみんな兄を褒めていたし、私の友達もみんな兄に憧れていました。
そんな兄を、私自身尊敬していたし、妹であることに誇りを持ってもいました。
ただ一つ、欠点を上げるとするならば、中学生にもなって未だ漫画やらアニメやらを見続けていること。
漫画やアニメは子供が見るもので、中学生になったのならそんなものからも卒業してもらいたい。
だけどそれも、兄のスゴさに比べれば些細なものだと、私は見て見ぬフリをしていました。
その時までは。
ある日、兄と母が病院から帰ってきました。
結論から言えば、兄は病気だったそうです。
それも『厨二病』とかいう聞いたことのない病気。
母も父も、優秀な兄が病気に罹ったことに大変ショックを受けていました。
何より、兄が患った病気には具体的な治療法がないというではありませんか。
未来ある兄の不幸に家族は皆一様に悲しみましたが、ただ当の兄だけは違っていました。
次の日から、兄は変わりました。
病気の症状である妙な光を周りに見せびらかすようになり、妙なことを呟くようになりました。
次の週にはどこも怪我をしていないのに包帯や眼帯を付けるようなり。
さらに次の週には映画でしか見たことのないような変な服を着るようになっていました。
そしていつの間にか、兄の周りには兄と同じ病気の人が集まるようになっていました。
年齢も性別も生まれも学校も、何もかもが違う妙な人たち。
ただ一つ共通しているのが、兄と同じ『厨二病』という病気を患っているということ。
しかし、皆さん病気だというのに、なぜかとても楽しそうで。
それが私には、とても怖かったんです。
兄をどこか、違う場所へと連れて行ってしまうみたいで。
兄がだれか、違うひとに変わっていってしまうみたいで。
だから私はつい兄に、あんなことを言ってしまったんです。
「きもちわるい」
それはつい口にしてしまった言葉でした。
本心だったのか、それとも苦し紛れだったのか。
今ではもうわかりません。
でもその言葉がきっかけで、兄が少しずつ昔の兄に戻ろうとしていることがわかりました。
だからわたしは、これでよかったのだと思いました。
これで、昔のように尊敬できる兄が戻ってきてくれる。
そうなるのだと、そのときは思っていました。
あれからというもの、兄は受験勉強に没頭しました。
寝ても覚めても勉強一色。
努力する兄はとても魅力的でした。
しかしどうしても食い違ってしまう。
同じように勉強をしているはずなのに、今と昔では何かが違っていました。
そう。今の兄は、まったく笑っていなかったのです。
昔はあんなに、楽しそうだったのに。
兄は受験勉強を終えたあとも勉強を続けました。
まるで取り憑かれたように。
ある日私は、あることを思い至ります。
受験勉強を始めてから兄が一切手を付けなかった漫画とアニメ。
それを私は、兄には黙って見始めたのです。
最初はただの気の迷いでした。なぜ兄がああなってしまったのか、それが知りたくて。
ただ読み進めていくうちに、漫画やアニメの面白さに気付き、思い出したのです。
私も昔は、兄と一緒にアニメを見たいたことに。
それを思い出し、兄にも両親にもバレないよう気を払いDVDをレンタルし、昔兄と見た魔法少女のアニメを見るようになり、学校でアニメの話をしていたクラスメイトとお友達になり、同好会を紹介され、今では立派なアニメ好きとなってしまいました。
気付けばそれは、私が昔毛嫌いしていた兄と同じで。
今の私なら、少しは兄の気持ちもわかるかもしれない。
そう思っていたけれど、いざ久し振りに兄と顔を合わせたら、どうしても素直になれなくて。
未だ私の中にある偏見が前に出てしまって、また兄を傷付けてしまった。
もう一度、兄と話してみたいと思っていたはずなのに。
『師匠は今でも、ちゃんとカッコいいよ』
その言葉を確かめたくて。
自分になる偏見を捨てたくて。
もう一度昔みたいに兄と話したくて。
私は今日ここに来た。
突き放されるかもしれない。嫌われるかもしれない。絶望するかもしれない。
それでも私は、もう一度、兄と楽しく話したいから。
だから、私は――。
ピンポーン。チャイムを鳴らす。
すると少ししてから、扉が開く。
「…………トウカ」
「こんにちわ。兄さん」
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