第2話『うわさ』
噂は、瞬く間に流れた。
入学式の朝に現れた謎の少女の噂。登校直後、一人の少女が校門へと昇り、生徒指導の教師に捕まったこと。その少女はなんと新入生だったこと。そしてその少女はまんまと教師から逃げ果せたこと。そして何より一番の話題は――、
「その少女が、どうも『魔王』を探してたってことだ」
「……」
机に肘をつき、口元をニヤつかせながら青年は楽しそうに噂の詳細を親切にも教えてくれた。
入学式をすぐあとに控えたの束の間の時間。クラス割を確認してやってきた教室には馴染みのない顔ぶればかりで。多少の不安を感じていると、話しかけてきたのは聞き知った声。友人――というには腐れ縁と称した方がいいその青年の名は、大神満月。目の前で面白くなさそうに目を細める少年・黒鉄晶玄のクラスメイトであり、同じ中学からの数少ない旧友だ。
自称情報通の彼は入学早々に起こったこの騒動を(一体どこから仕入れたのか)既に事細かに把握しており、騒動に遭遇したらしい憐れな友人Aに報告していたところだった。
「『魔王』、ねぇ……」
顔を逸らし、あまり興味のないフリをするアキハルだが、件の少女が気になって仕方がないことは手元の問題集が一切進んでいないことからよくわかる。
「まぁ、今のお前には興味のないことだったなぁ。入学早々だってのにお勉強に忙しいお前にはなぁ」
「……、何が言いたい?」
紙パックのジュースを飲みながら放つ含みありありのその言い方に、引っかかりどころか明確な突起物を感じて、アキハルは睨む。
「いいや? ただ、地元連中の少ない
「…………」
言い返そうと思ったがうまい否定を思い浮かべず、やはり話など聞くべきではなかったとふて腐れたように頬杖をついて窓の外を見る。
窓の外は未だ溢れんばかりの快晴で、四月になってすぐだというに夏の暑さが徐々に顔を出し始めている。
だがしかし、そんな春の天気とは打って変わって、アキハルの胸中にはどんよりとしたモヤモヤが広がっていた。
そしてもう一つ、すべきではなかったことが今できた。それは、窓の外を見てしまったこと。
「————————……っ、魔王ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
青天の霹靂。まさにそう表現するに相応しい大声が、咲き誇る桜を散らすが如く春の景色に一陣の嵐となって轟き響く。
ふいに目にしてしまった校庭に佇むその小さなシルエットこそ、今朝に見た焔の姿そのもの。
厨二病の少女だった。
「あたしと、戦えぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
ビリビリと、ありもしない振動に窓が揺れる。大声を聞いた者は何事かと慌て、まるでクモの子かのようにわらわらと窓の方へと顔を出す。
「はっはぁ〜、あれが例の」
それらに並んで、満月も楽しげに口元を歪ませ外を見る。
その元凶たる少女はというと、生徒同様大声に飛び出してきた生徒指導の教師に追いかけられていた。
「……はぁ」
その姿を見て何を思ったのか、アキハルはどこか憂鬱に頭を抱えるて下を向く。
まるで、思い出したくもない思い出が蘇っているかのように。
「お、逃げた」
そんなアキハルの苦悩も露と知らず、少女はまさかの生徒指導の教師を倒し、再び逃亡劇を繰り返す。
全校生徒の声援を、浴びながら。
かくして、まことしやかに囁かれていただけの噂はこの瞬間、新入生どころか、全校生徒が知るところの、周知の事実となってしまった。
曰く、おかしな新入生が『魔王』を探している、と。
それを聞いて、昔どこかで聞いた言葉を思い出す。
『厨二病同士は惹かれ合う』。そんな、漫画のネタを引用した馬鹿見たいな噂を。
だが今のアキハルには、頭の片隅に浮かんだそのしょうのない噂話を拭い去るれずにいた。
もう自分は――、
厨二病では、ないというのに。
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