第17話『第一回戦第三試合』


「逃げずに、やって来たみたいですわね」


 アキハルたちの入場と共に扇子を開いて、開口一番イトネが言う。

 背後には十人前後の人間が

 周りには十人前後の人間がイトネを中心に並んでいる。おそらく、『黄金の劇場テアトル・オッロ』のメンバーなのだろう。その中には、先日アキハルが圧倒したイトネの執事を名乗る少年も含まれており、厨二部の入場と同時にずっとアキハルを睨んでいる。


「そりゃあね。そうじゃなきゃ、何のためにここまで来たのかわからないって話だよ」


 相変わらずの減らず口で挑発するイトネに対抗するスグリ。


「何のため? あら、よくわかっているじゃありませんの。そうですわ。貴女たちはここに、敗けるために来たんですわよ」


 自信満々に言い放つイトネ。しかし、スグリはそれを聞いて少し笑う。


「……何か可笑しなことを言いまして?」

「いや、すまない。今のは本当に悪気はないんだ。ただ、少しだけ思うところがあっただけさ」

「ほう。よろしければ、それが何なのか聞かせていただいても?」

「ああ、そうだね。ボクたちは何のためにここへ来たのか。ちょうどさっき彼が言っていた話さ。ボクたちがここへ来たのは勝つためでも、まして敗けるためでもないってね」


 チラリとスグリはアキハルへ視線を送り、片目を閉じウインクする。


「ボクたちの目的は同じさ。先週できたばかりの急増ギルドだけど、それでもボクたちはキミたちに勝つよ」


 思いも寄らぬ部長スグリの勝利宣言に、アキハルも、そしてサヤも僅かに身が引き締まる。


「そうですか。その言葉、後悔なさらないように」


 そう言ったイトネは次にサヤの方へと視線を送る。


「この短い間に、随分と目付きが変わりましたわね、貴女」


 言われたサヤは何も答えず、たたイトネを見返す。


「この戦い、楽しみにしていますわよ」


 それだけを言うとイトネと『黄金の劇場』の一同は振り向き所定の位置まで下がっていく。そこには百を超える『黄金の劇場』メンバーが、戦いを今か今かと待ち構えている。


「うん。わたしも、楽しみ」


 去って行くイトネの背中に、その小さな声だけが掛けられる。


「僕も、このままじゃ終わらないからな」


 一同に遅れて残っていた少年執事も、アキハルにそう告げる。


「……」


 再戦の意思。それを心地よく思うと同時に、遅れて去って行く執事に申し訳なく思う。


「悪いが、その想いには答えられそうにないな」


 聞こえぬ距離まで離れた相手に、アキハルはそう呟く。


「なにせ俺も、今日は少し昂ぶってるからな」


 呟く裏で実況が淡々と会場を盛り上げていく。



「それじゃあ二人とも、行こうか」



 こちらを見ないまま言ったスグリに、アキハルとサヤは小さく頷く。




『それでは参りましょう! 『セカンド・イルネス』春のギルド戦、第一回戦の勝敗を決定づける第三試合……試合開始っ!!」




 途端、闇と焔が湧く。


 片や、緋色に揺れる灼熱の放射。

 片や、怪しく堕ちる深淵の暗霧。

 両者相反する気の奔流に、しかし互いは互いを食い合わず、むしろ互いの存在に勢いを増して、会場の空気を食んでいく。



「自分自身の最強を世界に証明すること……」



 最初に動いたのは、サヤ。

 溢れ出た焔の奔流は次第に収束し、バサリと、一対の器官を少女の背中に形成する。


「炎の、翼……」


 観客の誰かが呟いた。

 そう。小さき少女の背中に作られたそれはまさしく、炎で編まれた翼。

 羽毛の一枚一枚が燃え尽きぬ火の粉で作られた、まさに焔の翼だ。

 練習では終ぞ成功することのなかった超常の顕現を、本番の舞台というこの場所で初めて成功させたのだ。

 サヤはその事実を喜ぶでもなくただ当たり前のように平然と、確かめるように形付いた翼をバサリと動かし一撫でする。


「――うん」


 それを皮切りに、サヤの姿が消える。


「え――――」


 相手選手の一人が何かの違和感を感じ、声を上げる。

 その違和感の正体はわからぬまま、その選手の意識は唐突に途絶えることとなる。


「なっ――!?」


 気付いたのは一番近くにいた女の選手。突然倒れたギルドメンバーに驚くと共に、その遙か後方にさっきまで遠くで凄まじいオーラを放っていた少女が立っていることに気が付く。

 その動きはまるで、今その場所に降り立ったかのように、翼を軽く羽ばたかせている。

 もしもギルドメンバーを倒したのがこの少女ならば、驚愕に値するスピードだ。目で追えないどころの騒ぎではない。目で追うなど、もはや不可能。人間の域を超えた芸当だ。

 だが自分たちがいるのはそういう世界だ。もとより、人智の範疇を超えた化け物たちが跋扈ばっこする魑魅魍魎たちの世界なのだ。自分たちのギルド長であるイトネもその場所に片足を突っ込んだ人間だ。今更驚くことではない。

 そしてそれは自分も同じ。自分はバケモノになれるほどの器ではないが、バケモノの対処法はある程度理解しているつもりだ。この厨二病という力が頭の中の設定に基づいた能力だというのであれば、必ず弱点が存在するはず。むしろ弱点の存在しない能力は逆に弱いまである。解像度の低さは、直接力の弱さに繋がるからだ。

 彼女の力は見るからに炎。炎の弱点は古今東西、水と決まっている。

 そして幸いなことに、自分に能力は水。大気中の水分を凝縮し増幅し、操作する力だ。

 おそらく、真っ向勝負で自分はあの少女に勝つことはできないだろう。

 だが、今そんなことはどうでもいい。

 今はただ、あの少女はうちのお嬢さまに近づけさせないことだけを考えるんだ。

 そうすれば、あのお嬢さまならばきっと勝機を見出せるはず。


 そう考え、彼女は撃後で背中を向けている少女の隙を突くため一歩足を踏み出す。

 放つ攻撃は自身の最大火力。十数リットルの水分を雨粒にまで凝縮して放つ水圧の放射。一瞬一点に凝縮された水の圧力は岩どころか鋼すら穿つ最強の矛となり得る。

 速度は適わない。だからこそ、背中を向けている今こそが最大の好機。以前お嬢さまに読ませてもらった漫画にも書いてあった。相手が得物を捕らえる瞬間こそ、最大のチャンスなんだと!


 そうしてまた一歩、大きく踏み出す。この技は射程こそ長いが命中に難がある。だからこそ、自身が絶対必中の距離まで近付く必要がある。その距離、実に二十メートル。この距離なら自分は技を外さないし、少女が持った刀も届かない。

 また一歩、足を踏み出す。あと一歩。あと一歩で射程圏内。


「――『


 彼女は技名を叫ぼうと口を開いたところで――、



「」



 少女と、目が合った。



 次の瞬間、彼女を焔が過ぎ去った。






「ははははは」


 円形闘技場の右側で、紅蓮閃く右側を他所に、円形闘技場左側で魔王が嗤う。

 ねっとりと。湿気の纏わり付いた嗤いを放ちながら、サヤとは対照的にアキハルはゆっくりと歩を進める。


 しかし敵の討伐速度は、サヤもかくやというほど。

 というのも、アキハルの周りには誰もいない。アキハルに近付く者全て、その闇に呑まれているからだ。

 アキハルが一歩地面を踏みしめる度、影とは違う闇が水のように地面へと溢れ出で、辺り一帯を覆い尽くす。その浸食は半径五メートルほど。しかしアキハルを討ち取らんと襲いかかった者、その尽くが闇へと足を呑まれ、そのまま沈んでいった。

 まるで底なし沼に囚われた憐れな人間のように。


「まったく、末恐ろしいものだ」


 しかし周りの犠牲など気にも留めず、アキハルが気にするはついに覚醒を果たしたサヤのことのみ。


「『魔王』だな?」

「ん?」


 だがそこに、声が掛けられる。

 振り向いたそこにいたのは、いつの間にやらアキハルを取り囲むように現れた十人前後の者たち。

 なにゆえアキハルの闇に呑まれていないのかと思ったが、そこにいる全員飛行能力を有しているらしい。サヤのように翼を生やした者、魔方陣を描きそこへ乗る者。中にはペガススを駆る者まで、その飛行形態は多種多様。

 だが、だからこそわかる。こいつらは『黄金の劇団』の中でもそれなりの手練れ――精鋭たちだと。


「なんだお前らは?」

「お嬢よりアンタの討伐を仰せつかった。多勢で悪いが、倒させてもらうぞ」

「なるほど。いい判断だ。だが話しかけず不意討ちでもした方がよかったんじゃないのか?」

「不意討ちで倒せるほど、アンタはヤワじゃないだろ?」

「買い被りだ。案外、簡単に倒してしまえるかもしれないぞ?」

「それなら、オレたちの仕事は随分と楽になるんだけどな」

「そうか。なら安心しろ。お前達の仕事とやら――」


 言うや否や、闇が立ち昇る。

 沼のように引き連れていた闇が急に質量を持ち、影が屹立していく。

 それは、巨人だった。全長五メートルはあろうかという上半身のみの巨人。巌のような胴に二つの顔がつき、四つの腕には西洋の大剣と長槍を携え、威風堂々とした姿で顕現する。まるでそれは、『魔王』のように。否、『魔王』が目の前の少年だというのならば、この巨人は『魔王』に付き従う眷属か。いずれにせよ、それは目にした者たちに一目で適わないと理解できるほどの力を持ち合わせていた。



「魔神兵装『リョウメンスクナ』」



 完全に姿を現した鬼神を、魔王はそう呼んだ。


「我がすぐ、終わらせてやる」


 その言葉と共に、鬼神は大剣を薙いだ。



   *



 紅蓮が稲妻のように闘技場を迸り、次々に敵を刈り取っていく。気が付けば、開始僅か数分で『黄金の劇場』の七割がやられていた。


「やって、くれましたわね……っ」


 その場所は闘技場観客席正面。本場闘技場コロッセオを模して造られた巨大な聖火台の下の、観客の入れぬ開けた空間。

 貴賓席。一般の観客は立ち入れぬその場所を、今はただ一人の人物のみが占有していた。

 まさに高みの見物とでも言う体で会場を見下ろす、豪奢な蒼のドレスに身を包む『黄金の劇場』のギルド長にして、【ブリキの人形遣いティンドールマスター】という二つ名を持つ女性・金剛寺こんごうじ絲音いとねだ。


 イトネは階下で広がるその惨状を見て歯噛みする。

 黄金の髪は怒髪に揺れ、蒼のドレスを振り乱す。

 そして紅蓮の閃光は、ついにこの場所を目指し走る。


「いいですわ。ならば教えて差し上げましょう。凡人がどれだけに足掻こうと、選ばれた者には決して勝てはしないということを。貴女のそれは所詮、太陽に焼かれた紛い物の翼であるということを」


 地響きが鳴る。イトネの足元が高く迫り上がり、闘技場全体に大きく影が落ちる。

 巨人。

 全長推定二十メートル。ビル四階に届く高さを有する、鋼鉄の巨人。

 一週間前にも見た鈍重な怪物が、破壊の巨像となって屹立する。

 圧倒的威圧感。まるで拳一つで会場全てを握りつぶせるのではないかと思えるほどの存在感が、その巨人にはあった。


 そしてその肩に駆る、黄金の貴女きじょも。


「証明して差し上げますわ。貴女があの方に相応しくないことを。――そしてあの方の隣に立つべきが誰なのかということを!」


 巨人がうなる。心なしか、巨人の大きさが以前よりも増しているような錯覚さえも起こして、巨人の拳が闘技場へと迫る。

 大質量。その一言に尽きる質量の暴力。大きさも材質も、人間のそれとは大きく異なるその拳は、もはや天から降り注ぐ隕石と同じ。だとすれば、その一撃は絶望にも等しい。


 観客の何人かはそのあまりの迫力に逃げ出す者さえいたが、その拳の標的たる少女は逃げるどころか、一切微動だにしない。

 そして静かに刀を納め、拳へと突き進む。



「――――――――――――――――、『陽炎』」



 サヤがそう呟いた一瞬、巨人の拳に焔が走ったようなそんな気がして、音が消える。

 気が付けばサヤは刀を抜き放ち、刀に残った残火を払うように刀を鞘へと仕舞うと、巨人の拳が燃え尽きる。


「なっ――――」


 何が起こったのか、理解できる者も数少なく、突如拳を失ったことで体勢を崩した巨人による怒号で、観客はようやく目を覚ます。


 その理解できた数少ない者の一人、イトネは事態の大きさをすぐさま気付き巨人を繰りすんでのところで転倒を免れる。


 その最中――、迫る。


「っ――――」

「『飛焔』」


 翼を広げ、サヤが迫る。噴射する焔の威力はもはやジェット機を思わせる。


「させませんわ! グラン!」


 途端、巨人の残った拳の指先が開き、コミカルな白煙を撒き散らしてロケット弾が放たれる。

 だが、


「…………はッ!」


 ロケットが当たる直前、サヤは刀を抜き放ち、五本の弾全てを一息に斬り捨てる。

 サヤが通り過ぎたあと斬られたこと気が付いたようにロケット弾は爆発し、サヤをさらに加速させる。


「ならばこれなら――」


 そう言うと巨人の眼がサヤを視る。

 途端、眼から光が放たれる。

 俗に言う、ビームだ。


「……」


 だがその攻撃も、サヤは意に介さず華麗に躱す。

 ビームの攻撃を受けた地面は炎を噴き、まるで溶岩でも噴火したかのような有様だ。


「くっ……、まだ、まだですわ!!」


 次は巨人の肩が開く。放たれるのはさきほどよりも小さな弾頭の群れ。その数、優に百を超える。


「――『気炎』」


 呟く途端、刀の炎が勢いを増す。火力は変わらない。ただその炎は、膨れ上がっただけの大きな炎。

 だが今は、それで十分。

 面積の広がった炎は迫り来る幾百の弾頭の群れをまるごと呑み込む、焔の盾。

 相殺された弾頭は激しい爆炎を生み、両者を隔絶する。


「あと、少し――」


 だがサヤは気にせず、イトネとの僅かな距離を埋めるため爆炎へと飛び込む。


「ッ――――」


 油断したわけではなかった。


 全てを巻き込む爆炎。百数のロケット弾を逃したつもりはなく、また手応えも確かにあった。確信があった。一つも逃してはいないという確信が。

 だが爆炎を超え、ロケット弾が一機サヤへと向かう。

 思いがけぬ危機だが、避けられぬわけではない。ロケット弾にはご丁寧に追尾機能が付いているらしく、サヤに合わせて動きを変えてくるが、それも完璧ではない。ある程度の距離を置けばその追尾も失われる。

 そう思っていた。だが、




「『時よ止まれ』」




 どこからか聞こえたその声に、サヤの動きが止まる。

 それも落下はせず、空中で静止したまま。


「なっ」


 驚き隠せぬサヤの前に、爆炎から執事服の男が現れる。

 それは先日アキハルと戦ったイトネの執事を名乗る少年だったが、今のサヤには知る由もない。

 今わかっているのは、この執事の少年の能力によって動きを止められたという事実だけ。


「悪いが、お嬢さまには近づけさせない」


 その言葉を聞いている間にも、ロケット弾は迫る。受け身すらも取れぬ、サヤの元へと――。



「お前は知ってるはずだぞ」



 途端、サヤの視界に、夜が降りる。


「我にその技は効かぬことを」


 聞き慣れた声に聞き慣れぬ口調と、どこかで響く爆発音を耳にして、サヤの身体が動き出す。


「師匠!」


 視界を埋める夜、そこに浮かぶ月がビデオの早回しのように目まぐるしく回り、その速度に合わせてサヤの動きも元へと戻っていき、夜を抜けだす。


「行け。振り向かずにな」

「ッ――――」


 時間停止から脱したサヤはアキハルの言葉のまま、爆炎を超え飛び去っていく。


「また……お前か。邪魔を――」

「させると思うか?」




 後ろでアキハルと執事が衝突する中、サヤは黒煙を抜ける。

 視界の開けたそこには、黄金と蒼を纏うイトネの姿が。


「くっ……、人形たち――」

「――――遅い」


 イトネは咄嗟に身構えるが、既に全てが遅い。

 電光石火。イトネがサヤの姿を認めた次の瞬間にはサヤは攻撃を終え、イトネを背に刀を仕舞う。そしてそのことにイトネが気付いたとき、斬撃によるダメージがイトネを襲う。


「ぐ……ぅ……」


 決着だった。誰の目から見ても、それは紛れもない戦いの終わり。

 イトネは膝から崩れ落ち、大量の血を流して地面に伏す。

 その姿を、サヤは見下ろす。


「はぁ……、はぁ……」


 だが、まだ勝利は告げられない。


「まだ……、まだ負けてはいませんわ……」


 サヤは冷ややかに、そう呟くイトネを見る。


「ううん。アナタの敗け。もうその傷では戦えない。アナタは強かったけど、それでも、わたしの方がアナタより強かった」


 淡々と、事実を述べる。


「ふふ……。確かに、そうみたいですわね……」


 なおも立とうとするイトネをどうすればいいのかわらかず、サヤはただ立ち尽くす。

 その時、辺りが赤く光り出す。


「っ! 何が……」

「……わたくしの負けはわかっています。一度に飽き足らず二度も敗北を期すとは。まったく、情けない限りですわ……。それでも、わたくしはギルドの長。貴族の誇りや、己の矜持などよりも優先すべきことが他にありますの。そのためなら、醜い足掻きすらしてみせましょう……」


 言ってる間にも赤い光は次第に強さを増す。


「何を……っ」

巨人グランの緊急機構が発動しましたわ。わたくしがやられたとき、自動で発動するよう仕掛けていましたの。半径百メートルの爆発。この会場は丸ごと呑み込みますわ」


 要は自爆だ。


「わたくしも終わりですが、せめて貴女だけは道連れにしてみせます。そうすれば、優秀なうちの執事がどうにかしてくれますもの」


 言いながら、イトネはサヤの裾を掴む。


「付き合って……もらいますわよ」


 その手は振りほどこうと思えば簡単に振りほどくことができる。

 しかしその執念に、サヤはそうしない。


「させない。そんなこと、わたしがさせない」


 言ってサヤは、イトネを抱える。


「な、何を……」

「そんな終わり方、わたしが認めない」


 イトネを抱えたまま再び翼を広げ、サヤはその場から飛び立つ。


「サヤ、何が……」

「師匠、この人お願い」

「きゃっ!」


 飛んできたアキハルへとイトネを託すと、サヤはさっさと赤く光り続ける巨人の方へと飛び立ってしまう。


「あぁ、魔王様……。いけませんわ。あの方、無茶をする気で……」


 身を捩り飛んでいったサヤを見つめるイトネ。だが魔王はそれを聞いても、至って穏やかにしている。


「何があったかは知らんが、心配はいらん。なにせアイツは、俺の弟子らしいからな」


 高速で飛ぶサヤにその言葉が聞こえたかはわからないが、サヤは巨人から少し離れた距離で滞空する。


「……――、……――」


 眼を閉じ、呼吸を整える。サヤは何かに集中するとき、まず第一に呼吸を意識する。呼吸は人間が活動するにおいて最も重要な事柄の一つだ。呼吸をすることで身体に酸素を取り込み、酸素を回すことで血液を循環させ、頭と四肢を働かせる。呼吸が乱れていてはそこから発生する全てのことが乱れてしまう。だからこそ、サヤはまず呼吸を整えることから全てを始める。それが、亡き祖父による教えの一つ。

 だからサヤは数度の深呼吸を繰り返してから呼吸を整え、そして眼を開く。


「はぁぁぁぁあああああ――――」


 赤く光る巨人。イトネが離れた今も明滅を繰り返し、爆発の力を溜めている。おそらく起動さえしまえばそのあとは自動で発動するのだろう。ならば術者の距離は関係ない。そして今ここで破壊も無意味。破壊した時点で爆発してしまう可能性がある。

 ならばどうするか。


「はああああああああああああああああ――」


 紅く、サヤも力を込める。巨人よりも強く、巨人よりも速く。

 爆発は既に避けられない。ならば、ここで爆発させなければいい。

 半径百メートルに及ぶ爆発。会場丸ごと巻き込む爆発を逃すには、道は一つしかない。


 サヤは呼吸を止め、そして叫ぶ。


「『朱雀』っ――――!!!!」


 サヤが刀を振るう。そこから放たれたのは、飛翔する巨大な紅き鳥。羽根一つ一つが消えぬ炎で作られた、不死を象徴する神鳥だ。


「――――『乱舞』!」


 だがそれだけでは終わらない。不死鳥は翼を羽ばたかせるごとにその数を増やし、赤く明滅する巨人を取り囲む。だが――、



「ダメ、ですわ……」


 取り囲んだ不死鳥は巨人を持ち上げようと羽根を広げるが、巨大な巨人の身体は動こうとはしない。

 そうしている間にも、光の間隔は短くなっていく。


「間に合いませんわ。いくらあの方が強くても」


 イトネは顔を伏せる。自ら行ったことではあるが、望んだ結末では決してない。だからこそ、それに抗おうとするサヤは見てはいられない。

 そんなイトネの顔に、アキハルは触れる。


「まぁ見ていろ、イトネ。アイツは絶対に、引き分けなんて受け入れるヤツじゃないから」


 言っている意味を図りかねるが、アキハルがそうまで言うこと自体に何か意味を感じ、イトネは巨人の近くで輝く焔へと再び目を向ける。



「……――」


 サヤは再び、深く呼吸をする。

 既に翼は放った。だが、それでも足りない。あの巨人は動かせない。


 では何が足りない?


 答えは簡単だ。単純に、火力が足りないだけ。

 ならば――。


「はぁああああ……」


 自らの翼の火力を増す。既にその大きさはサヤの身長を大きく超え、全長にして十メートルにも昇ろうしていた。


「綺麗……」


 誰かが呟く。確かに、それは美しかった。その翼を見て、今から大きな爆発が起こることを気にする者はいなかった。

 そして――


「はぁああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 サヤは飛び立つ。刀を突き立て、巨人の方へと。

 それは何かの技などではなかった。ただ単に、火力とスピードによる突撃。

 まるでそれは、宙を流れる紅き帚星のように真っ直ぐ走り、そして巨人へと激突する。


 一瞬、音が止む。

 焔の音も爆発の音もせず、辺り一帯は静寂に包まれる。

 そして――、巨人が、持ち上がる。


「——ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 サヤの飛ばした不死鳥たちもそれに呼応し、大きく翼を羽ばたかせる。

 次第にその速度は増し、ゆっくりと持ち上がっていた巨人の身体はもはや完全に浮遊する。

 まるで自らがジェットエンジンで飛び上がっているかのように上空を目指す巨人は、急速に光の明滅速度を上げていき、二百メートルほど空を飛んだところで、爆発する。

 花火よりも鈍く、そして地味な爆発。落ちてくる爆風は会場全体を揺らし、見ている人間に顔を背けさせる。


 そして目を開いた先にはあれほど巨大だった巨人の姿はなく、あるのは――、



「師匠!」



 ボロボロになって空より降りてきた、焔の翼を生やした少女の姿。


「勝ったよ、師匠!」

「ああ、よくやった」


 サヤ少し上空で翼を消し、アキハルの胸へとダイブする。

 それを少し離れたところで、疲れた様子でスグリが見守っていた。


「やれやれ。まだ一週間だってのに、毎度無茶をする後輩たちだ」


 そうは言うが、その顔はどこか晴れやかで嬉しそうに眉を垂らす。



 セカンド・イルネス『ギルド対抗戦』一回戦。3ー0により、勝者『高天原高校厨二部』。



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