第27話(第二章終話)『ケーキ』


 接戦が繰り広げられた翌日。とある珈琲とケーキが売りのカフェにて。


「お、お前らさすがに頼みすぎじゃないか…………」


 今にも泣きそうな声をシックな雰囲気の店内に響かせているのは、『魔王』の名で知られる少年・アキハル。

 しかし財布と伝票とテーブルの上にこれでもかと並べられたケーキを交互に見る今の彼は、とてもそんないかつい異名を持っているとは思えない。


「な、なんで俺が……」

「全部アンタのせいでしょー?」


 そんな情けない『魔王』に答えるのは、端正な顔つきと鋭い目つきをした、一見すると不良と見間違えられる威圧感を備えた美少女、マキ。


「アンタがドヤ顔で「大会に賞金出るようにしてやったから部活続けろ」なんて言ってきたくせに、自分が原因で賞金なくなりそうになったらあたしたちに「試合出てなんとかして?」とか言ってきたからでしょー?」

「い、いやそんなこと言ってな――」

「まぁ大体そんなとこだよね、後輩くんの言ってきたことってさー」


 あまりにも曲解された真実にさらなる追い討ちを仕掛けてきたのは、この中で唯一の二年生年上とはとても思えないちんちくりんな見た目をしたメガネのお姉さん兼部長、スグリ。


「カッコつけたのにカッコつかなくなって教え子にケツ持たせるとか、ホント人使いが荒い魔王様だよねー、オヨヨ……」

「先輩は何もしてないですよね?」


 今回本当の本当に何もしていない先輩に、さすがのアキハルもこれには辛辣にならざるを得ない。


「わたしは別に、強いやつと戦えてよかった」


 そんな会話を、腰まで届く黒髪の少女がぶった斬る。カフェには不釣り合いな刀の鞘を腰に提げた少女、サヤだ。


「サヤ……!」


 さすが自称弟子であるサヤは師匠へのフォローも忘れない。なんと素晴らしい弟子なのだろうか。


「でもそれはそれ。師匠がケーキ奢ってくれるのなら、わたしはスグリたちの味方」

「サヤ……」


 だが哀しきかな。剣士といえど少女は少女。少女は甘いものにはついぞ勝てないようこの世界はできている。


黒鉄くろがねくん……」


 そんなアウェイ全開の中、一人心配そうな声をかけてくれたのは、この部唯一の非戦闘員にして癒し系キャラ。同学年とはとても思えない高身長高スタイル持ちのカワイイ系美少女、オトミ。


「秋月さん……」


 そうだ。ここにいるのは敵ばかりじゃない。味方もちゃんと、俺にはいるんだ。


「このケーキ、とっても美味しいよ!」

「っ……………………」


 ……可愛いから、ヨシ!


「諦めるんですぞ、アキハル氏。甘味を前にした女性を止める方法など、神を持ってしてもありはしないのですから」

「ヨリアキ……」


 最後に声をかけてきたのは、アキハルと双璧を為す男子の一人。正直コイツとペアにされるのは遠慮したいのだが、味方は多いにこしたことはない。雷のなんとか、ヨリアキ!


「雷の化身けしん! ですゾ、アキハル氏!!」

「地の文にツッコまないでもろて」

「それはそれとして、よくこんな美味しい店知っていましたな……ッ」

「……………………」


 コイツら…………。


「…………はぁ。……ああ、そりゃここがマキのバイト先だから――へぶっ!!」

「ちょっとアンタなにナチュラルにバラしてんのよ! そんなめんどくさいことコイツらに言ったら……」


 あ。と、気付いたときには遅かった。


「そ、それはつまり……マキ氏もあのようなハレンチな制服姿で卑猥な給仕に勤しんでいたということでありますかっっ????」

「それは……」


 さすがに、マキにも言いたくないことの一つや二つあるだろう。いくら仲良くなったと言っても、その辺の線引きは必要――――、


「? よくわかんないけど、あの服ならコイツも着てた」


 サヤーーーーッッッッ!!!!


「え、え、すごーい! マキちゃんもあんな可愛いの着るんだね!」

「ち、ちょっとオトミまで……。ば、バイトだから仕方なくよ……」

「えー? でもでも〜、わざわざアルバイトにここを選んだってことは〜、マキくんもああいうのを来てご奉仕したいって願望があったからじゃないのか〜い??」

「そんなわけ――――」

「ま、ままままマキ氏! 吾輩! 吾輩は今たまたまメイドを募集していたところでありまして――――」

「うっさい!!」

「げぼらっ!!」


 まぁ、いつものオチで『第二次・お疲れさまでしたの会』が開かれた。




「そういえば、サヤ」

「なに?」

「試合前、相手の男と何か話してただろ。なに話してたんだ?」

「それは……」


 何気ない質問のつもりだったのだが、サヤは意外にも言い淀む。

 

「あー、あれですかな」


 それを先越して、共に試合に出ていたヨリアキが口を開く。


「試合前にですな、あのイケすかない野郎がアキ――――フゴっ!」

「ほんとアンタは……、いらんことばっか言うのね」


 既に本日二度目のマキによる鉄拳がヨリアキを貫いた。


「え、なんかあったのか?」


 そんな止めに入るような内容なのかと訝しんでいると、


「ナイショ」


 と、口元に人差し指を当て、表情一つ変えないサヤが呟いた。


「は?」


 いつも通りの真顔なのだが、その顔がいつも少し違って見えて。アキハルは思わず魅入ってしまう。


「お……、おいおい、そりゃないだろ。そう言われると逆に気になる」

「ナイショ。ししょーには関係ない話だし」

「な?!」


 か、関係ない……。

 軽く言われたはずのその言葉に、アキハルは思いもよらずショックを受ける。

 まるで、大切に育てた最愛の娘が反抗期を迎えたときのような。


「ま、マキは知ってるんだろ? 何の話だったのか……」

「うっさい、セクハラよ」

「なぁ?!」


 なんて理不尽な……。


「よ、ヨリアキ!」

「スマヌでござるよアキハルどの……。いくら大親友のアキハル氏の頼みでもこればかりは……。吾輩も命は惜しいでござるよ」


「おやおやおや〜〜?」


 事情を知っているはずの二人にも梯子を外され、とりつく島もないアキハル。そんなアキハルを見て、スグリは一人違うものを感じ取る。


「どうしたの、スグリちゃん?」

「んー? なんでもないよ、ボクの乙女よ。なんでもないけど、後輩たちの心境の変化には、思わずお姉さんも嬉しいやら寂しいやらなのさ」

「よくわかんないよ〜。それにわたしはオトミだよ〜〜」




「そういえば」


 おおむねみんながケーキを食べ終えた頃、


「あの答え、まだお前から聞いてない」

「……ああ」


 未だ一人ケーキを食べ続けているサヤが、隣を座るマキに話を振る。

 内容は知っている。あのとき話していたこと、なのだろう。






 ――――昨晩。


「何のため、か……」

「えぇ」


 夕暮れから夜へと移り変わる黄昏時。深夜のバイト帰りではないが、アキハルはいつものようにマキを家まで送っているときのこと。


「あたしはずっと、お母さんのためにできることを考えてきたつもりだけど、それってきっと、逃げなのよね。自分に対する」

「…………」


 そんなことはないと、思う。誰かのために何かを考え続けることということは、それはとてつもなく大変で、根気のいることだ。それを逃げなのだとはとても思えない。思えないけど。

 俺も、家族に……妹に誇れる人間になるためと言って、自分自身が本当にやりたいことから逃げていた。

 逃げていたのだと思っている。自分にとってそれは逃げなのだと、思考停止だったのだとそう思う。マキが言いたいのは、きっとそういうことなのだろう。


 でもそのことに気付かせてくれた人間がいた。当の本人である妹、それと――。

 だからこそ思う。


「なら、もう答えは見つかったんだろ?」

「…………さぁね。よくわかんないわ」


 肩をすくめてそんなことを言う。

 その肩は、昨日よりも少しは軽い気がして。


「でも、まだよくわかんないけど、わかったこともある」


 見え始めた星を、マキは見上げた。






 ――――――――。


「あたしは――、


 ……あたしはやっぱり、お母さんのために頑張りたい」



「……」

「でも、もう今までとは違うわ。今までみたいにただなんとなく、盲目的にお母さんを助けたいんじゃない。あたしがあたしのため、お母さんを助けたいの。

 あたしにはお母さんしかいないから助けたいのわけじゃない。あたしにとって、お母さんはお母さんしかいない。そう思えたから、あたしはお母さんのために頑張るの。あたしがあたしのため、戦うの。

 これが間違ってるかなんてわからないわ。でももう迷わない。目指す道が示されたんなら、今度こそあたしはそこへ邁進してやる。

 そんな姿に憧れたんだもの、あたしは」


「……ふーん、……そう」


 何の抑揚もなく呟いて、サヤはケーキを一口ぱくりと食べる。


「アンタねぇ……」


 今回ばかりは拳を振るわせるマキに同情せざるを得ない。

 とも思ったのだが。


「うん、いいと思う」


 僅かに口角を緩めて、サヤがマキの答えを肯定する。


「おやおや~~? あのハリセンボンのように尖りまくってたサヤくんが随分丸くなったもんだねぇ」

「別に。そもそも、戦う理由なんて誰かが強要できるもんじゃないし」

「えぇ……」


 その答えにさすがのマキも動揺の色を隠せない。


「でも、次はもうちょっとマシに戦えると思う」

「……!」


 ……本当に、人の心を弄ぶのがお好きなようで。


「……ふふん。まぁしょうがないわね。アンタがどうしてもって言うんなら仕方なく……」

「あ、師匠、次このケーキ食べたい」

「えぇ、まだ食べるの……」

「話聞きなさいよ!!」


 いろんな意味でサヤに振り回される両サイドの男女二人。

 怒りと哀しみの表情に挟まれて、サヤは楽しそうにケーキをまた一口口へと運ぶ。


「はいよケーキお待ち」

「あれ、店長、注文はまだ……」


 マキが最後の注文をしようと振り返ると、カフェの店長兼マスター(口髭を蓄えたダンディズム)が一足先にケーキを持ってくる。やけに大皿だ。


「これは俺からのサービスだ。本当なら誕生日とか結婚祝いのときにしか出さねぇんだが、今日はほれ、祝い事なんだろ?」

「……………………店長」

「マエストロと呼べ」


 マキが言葉を無くす。無理もない。


「わぁすご〜い……」

「おやおや、これはなかなかにどうして……」

「随分と派手でありますなぁ……」

「すごい」


 二日前の夜、マキが言っていたことを思い出す。




『そ。あたしあそこのあのケーキが好きなんだ。小っさいときにお母さんに連れてもらったあのカフェで出してもらったケーキ。日本語に直したら『クリスマスの薪』なんてダサい名前のあのケーキが……』




「『ブッシュドノエル』か」

「うん。あたしの、一番好きなケーキ」


 季節とは大外れだが、今のコイツにはピッタリのケーキが、煌びやかにテーブルの真ん中でドデカく輝いていた。


「まさに景気づけってやつだね」

「え、どうしたの急にスグリちゃん」

「違うよボクの乙女。やっとここからボクたちは、一つの『ギルド』(チーム)なんだから」

「ん、そうだね」

「そうでござるな」

「ああ」

「……そうね」



「それじゃあ改めて……、次の『碧海あおみ大祭』に向かって……かんぱーーーーい!!!!」



「「「「「かんぱーい!!!!」」」」」



 一ヶ月後に控えた上半期の総決算『碧海大祭』。

 今までにない大舞台を目標に、ギルド『厨二部』は動き出す。

 しかしとりあえず今は、新しく加わった仲間たちを祝うとしようか。



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厨二病 〜そういう病の魔王録 ことぶき司 @kotobuki7777

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