厨二病 〜そういう病の魔王録

ことぶき司

プロローグ


「厨二病だね」


 不健康な腹をした医者に言われた衝撃的な一言が、今でも忘れられない。


「え、っと……、それは、どういう……?」


 よくわからないと、頬に手を当て問う母に、医者は続ける。


「要は、思春期特有の精神病だね。最近、何か映画とか漫画にハマったりとかは?」

「あ、アニメなら少し……」

「ま、それだろうね」


 恐る恐る答えるボクとは対照的に、医者は当たり前とでも言いたげに診療録カルテに眼鏡を落とす。


「まぁ軽度のようですし、特に実害もないなら問題ないでしょう」

「で、でも、手から黒い光のようなものを」

「あ、ビーム? お子さんそっち系?」


 そっち系?


「そういう症状もよくあることなんでね。特に実害もないんで、問題ないでしょう。気になるなら、お薬出しときますね」

「あの……、それで、治るんでしょうか?」

「あー……、思春期特有のものだからね。時間が経てば自然と治るでしょう」

「自然とって……。具体的にどのくらいで……?」

「お子さん今中学でしょ。ま、早ければ卒業。遅ければ成人前ってとこかな」

「そんなに……。どうにか治せないんですか?」

「無理だね。鬱とか依存症に特効薬や明確な治療法がないように、この病気にもちゃんとした治し方はないんですよ」


 そんな……。そう呟いた母の哀しそうな声が、耳に残る。


「まぁそんな悲観せずに。日常生活には特に支障はないんだから。痛みも少し出たりするかもだけど、それも幻痛みないなもんだから問題はなし!」


 楽観的に語る医者の言葉も母の耳には届かない。


「それじゃ、お薬出しておくからね。どうしてもしんどくなったら飲んでね」


 終始この世の終わりのような顔で病院を後にする母。

 だけど俺は、母さんには悪いけど、どこか興奮していた。

 自分の身に起きたこれが、どうしても病気になんて思えなくて。


「う、ぐ……」

「黒鉄くん、大丈夫?」

「う、うん……。ちょっと手が疼くだけだから」

「そっか。病気なんだよね」

「うん。……ぐ、鎮まれ俺の右腕。チカラが……溢れる……ッ」

「え?」


「おい、黒鉄。どうしたんだよ」

「ぼ、ぼくに近づくな……。瞳が抑えられない……」

「お前何言って――」

「や、闇の力が……、うぉおおおおおおおお――」


「おい黒鉄。今日は悪魔とは闘わないのかよ」

「ははは……。悪魔なんて、いないよ」

「なんだよ、つまんねーな」

「悪魔ではなく魔王。チカラの大きさが違い過ぎる。認識を誤るな。……呑まれるぞっ」

「お、おう……」


 要は、調子に乗っていたんだと思う。

 厨二病と呼ばれたこの病気を、何か選ばれた力だとか勘違いして。

 漫画やアニメの登場人物に自分もなれたような気がして。

 勘違いしていたんだと、今では思う。

 まだそれほど時間が経っていない今でも思う、塗りつぶしたいほど醜い黒歴史。

 ありもしない妄想に精神は侵され、独りよがりな言動に周囲は戸惑い、次第に離れていく。

 しかしそんなことお構いなしにと現状を楽しんでいた俺に、ついに報いは降りた。



「気持ち悪い」



 たった一言。

 最愛の妹から向けられたその一言によって、二年間夢の中にいた俺は冷や水を突然浴びせられたように、


 目が 醒めた。

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