第3話『聖女に魔法を教える』
「先ず、足の裏に意識を集中しろ」
「はい」
「そして、そこに魔力を集めるんだ」
聞いた話ではこの聖女オルトはイスタニアン大聖堂の中で一年間、魔法陣に魔力を注ぎ続けていたそうだ。なのですでに第一段階の魔力の操作は出来ていると思い、身体強化の魔法を教えてみる事にした。
「どうだ出来たか」
「はい……。いえ、うまく足の裏だけに集めることが出来ません」
「せめて、ひざ下に集まるくらいまで集中しろ」
「はい、それなら、何とか」
「よし、だったら今度は足を動かさずその魔力を操作して足を動かすんだ」
「え? よ、よくわかりません……」
「そうだな、最初は操り人形の紐を引っ張るみたいに、魔力の紐で足を引っ張り上げる感じかな」
「こ、こうですか」
「うん、そんな感じ。それを持続しながら歩くぞ」
「はい」
かなり乱暴な教え方だ。本来であれば繊細な魔力の操作から教え込まないといけない。そうでないと、無理して魔力を流し込みあっという間に魔力切れを起こしてしまう。しかし、今はもう生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ、聖女に選ばれるほどの魔力量があるのを信じて、基礎をすっ飛ばして教えてみた。
「次第に早く、強く動かす事をイメージするんだ」
「はい」
思った通り彼女はなかなかさまになっている。身体強化と呼ぶのにはまだまだ練習が必要だが、すでに疲労軽減程度の効果は期待できるだろう。かなりの魔法センスがある。ちなみにセンスの全く無かった俺は修得に三十日の期間を要した。
俺はオルトを従えて洞窟の奥へと歩き始めた。
青白く光る地底湖の明かり。天井から滴る水滴を浴びながら慎重に前に進んだ。見た感じだとちょうど中間地点辺りだろう、昔と変わった様子はない。だとすると、きっとここにはアレがあるはずだ……。
その時、地底湖とは反対側の岩場で何かが蠢く気配を感じた。俺は右手で石を握りしめた。微かにカサカサと音が聞こえて来る。
「おい、俺の後ろに隠れてろ」
「はい」
黒い岩の陰から真っ白な生き物が姿を現した。体長約一メートル、細くて長い手足。この洞窟ではごくありふれた生き物――〝ジャイアントスパイダー〟。
俺はいきなり右手に魔力を集中し石を投げつけた。バッシュっと空気を切り裂く音と共に石が一直線に飛んでいく。正確に計測したことは無いが身体強化で投げた石は恐らく時速二百キロは越えている。弾丸ほどではないがそれなりの殺傷力を持った凶器になる。
石は見事に蜘蛛の頭に命中しめり込んだ! しかし、まだだ!
蜘蛛は横に飛びのき円を描くように走り出した。この洞窟は魔法無効化エリアにあるだけあって、ここの魔物はどいつも物理耐性が高いのだ。
最初の一撃で警戒されてしまった。中々こちらへ近づいてこない。ジャイアントスパイダーは七メートルほどの距離を置き、俺たちを中心に円を描いて走っている。
「きゃぁ!」
その時、俺の背後から小さな悲鳴が聞こえた。振り向くとオルトが自分の服の袖から何かをはがしているのが見えた。
――しまった! 糸か! この蜘蛛は糸を吐きながら走って俺たちを絡め捕ろうとしている!
「させるか!」
俺は蜘蛛の移動する少し先へ向けて石を投げつけた。
その刹那、ジャイアントスパイダーは急ブレーキをかけて立ち止まり、そのままこちらへ向けて跳び上がった。
「なっ!」
上空から足を広げた蜘蛛のシルエットが迫ってくる。俺は慌てて地面へしゃがみ込み下に落ちていた大きな石を拾い上げた。
そのままジャイアントスパイダーは俺の上に覆い被さってきた。そして、その鋭い牙を俺の喉元に突き立てて……。
だが、残念。噛まれているので超痛いが、その牙が俺を傷つける事はない。俺は手にした大きな石を振りかぶりジャイアントスパイダーの頭へと叩きつけた! 一回、二回、三、四、五、六……。おら! 死ねや!
俺は頭を潰され、足をひくつかせているジャイアントスパイダーの下から這い出した。オルトの方を見ると引きつった表情を浮かべている。恐怖のあまりというよりもドン引きしてる顔にしか見えない。
まあ、魔法を使わなければ俺の戦いはいつもこんな感じだ。一年やそこら修業しただけで実戦で使えるほど剣が巧くなるはずがない。耐久力に任せて相手に近づきどつきまわすしかなかったのだ。
俺は地底湖まで歩いていき手と顔を洗った。
「よし、行くぞ」
「……」
俺は無言になってしまったオルトを連れて、洞窟の最奥を目指した。
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