第27話『ファーロンオムレツ』


 船に戻ってきた俺たちはすぐに食堂へと向かった。

 よく考えればどうせお金を払わなければいけないので外で食べても同じだった。しかし、今から新しいお店を探すのも面倒だしこれで良いだろう。


 食堂へ降りてみると黒服の軍人たちの酒宴が始まっていた。まあ俺たちはハンターと従者にしか見えないので絡まれることは無いと思う。俺はカウンターに立つおばちゃんに近づいて聞いてみた。


「おばちゃん、今晩の料理は何がある」

「今晩のおすすめはマスのフライとじゃがいもオムレツだね」


 おっ! 玉子料理。この国では珍しい。こちらの世界にも鶏がいるが、如何せん飼育する人が少ないのだ。よって卵は比較的高価な食材で一般庶民の食卓に上る事はめったにないと聞いていた。この百年の間に食糧事情が改善されたのだろうか?


「オムレツください」


 すかさずオルトがそう答える。目をキラキラさせているところを見るとまだやはり珍しい料理なのだろう。


「じゃあ、俺も」

「オムレツ二つだね、あいよ」

「それと追加で……」



 俺たちは料理が運ばれてくる間、席に着いた。


「なあ、オルト。お前は俺を召還した理由をゼルタニスからどう聞いている」

「うーん、そうですね。魔族に勝つために絶対必要と聞かされてました」

「そうか……」


 うーん、やっぱり、どうにも釈然としない。

 勝手に召還しておいて、助力を得れないとなるとあっさり幽閉する。絶対に必要というのは嘘だろう。だとしたら、俺をこの世界に呼んだ理由は何だろう?


 本当に戦いに必要ならもっと食い下がるように説得するだろうし、説得材料も用意するだろう。そして、戦いに必要ないならそもそも召還する理由が無い。わざわざ大魔法の異世界召喚までしておいて俺を幽閉しようとした理由は何なのだ? 俺が魔族に協力することを恐れたせいだろうか。それとも不確定要素の排除だろうか。それに確か異世界召喚には神の許可が必要になるはずなのだが……。まあ、今はまだ判断材料が少なすぎる。


「料理来ましたよ」

「おっ!」


 すでに目の前に大きなオムレツが置かれていた。いや、これは巨大だ。お皿からはみ出している。


「何だこのでっかいオムレツは」

「ファーロンの卵ですよ」

「ファーロン……って、あれか騎竜のことか」


 ファーロンはもふもふの羽毛が生えた二足歩行の竜である。かつてアビゲイトでは馬の代わりにこの騎竜が普通に使われていた。


「そうですよ。最近、この国では軍馬の代わりに騎竜に乗ってるのです」

「でも騎竜って性格が凶暴で人間には懐かないって聞いたぞ」

「うーん、卵から育てれば大丈夫だと聞いたことがあります」

「成る程、刷り込み現象を使うのか……」


 刷り込み現象とは生まれたての鳥のひなが最初に見たものを親だと認識する現象である。それを利用して凶暴な騎竜を手なずけたのだろう。よく考えれば鳥類は爬虫類から分化した種族なのだ。同じような子育てをするのなら爬虫類でも似たような生態になっても不思議ではない。それにしても、食べるのか……竜の卵を。まあ、お昼にワニ肉食ってる時点で今更なのだが……。


 俺は一口スプーンで掬い食べてみた。うん、玉子の味だ。でもちょっと鶏に比べると味は薄いか……。ゴロゴロとしたじゃがいもと細切れのウインナーが良いアクセントになっている。だけど、分量は鶏の卵六個分くらいありそうだ。食べきれるかな。

 オルトはお構いなしにパンに乗せてガツガツと頬張っている。こいつ絶対太るな。


 俺は食事を終えゆったりと大麦のコーヒーを飲んだ。


「ナオヤさん、これからどうしますか」


 まだオムレツを頬張りながらオルトが聞いてきた。 


「そうだな、風呂入って寝る」

「えー、もう外行かないんですか」

「お前、昨晩ので懲りて無いのか」

「う……」

「まあ、そういう事だ。今晩は大人しく風呂に入って寝とけ」


 そうこの船は蒸気船である。川の水をろ過してお湯を沸かすことで動いている。お風呂に必要な水もボイラーも最初から備えているのだ。だからこの船にはお風呂が設置されている。そして、停泊中の深夜までの間、お風呂に自由に入ることが出来ると聞いていた。実はチケットを購入した時からこれを楽しみにしていたのだ。


「お風呂かー。私、別に入らなくてもいいですよ」

「おまっ……。まさかお湯に浸かったことないのか」

「はい、神殿でも面倒だったので体を洗うだけでお湯には入らなかったですよ」


 そうである。この国には元々お風呂に浸かる習慣が無いのだった。簡単に体を洗っただけで済ませてしまう。百年前に来た時もさんざんお風呂の素晴らしさを説明したのに……。


「あのなオルト。耳の穴かっぽじってよく聞けよ……」


 俺はお風呂の歴史・効能、そして、その素晴らしさを小一時間ほどかけてオルトにしっかり説明してやった。


「ワカリマシタ、ワタシモオフロニツカリマス」


 俺の目の前には瞳の光を失ったオルトが座っている。ふう、無事、洗脳……いやもとい、お風呂の素晴らしさを伝えることができたようだ。


「よし、それじゃ早速お風呂に入りに行くか」

「ハイ、ワタシモオフロニツカリマス」

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