第28話『夢のお告げ』


「ふぃぃ~、気持ちいい……」


 船の一番後ろボイラー室のすぐわきにお風呂はあった。大浴場とはいかないが広さはおよそ六畳くらい二メートル四方の浴槽が設置されている。こちらの世界に来て四日目にしてようやくお風呂にありつけた。俺は体を洗い湯舟に浸かった。


「はぁ~、疲れが蕩け出す……」


 やっぱりお風呂はこうでなくては……。


 この国でお風呂の習慣が無いのは恐らくお湯を沸かす燃料の所為である。このイスタニア王国ではほとんど石油も石炭も産出しない。この国での煮炊きはおがくずを固めて作った練炭や豆炭を主に使っているために、どうしてもお湯を沸かすのにコストがかかってしまうからである。よって、一部治療目的の温泉以外はお湯に浸かる習慣が無いのである。なので、前に来た時はしっかりと布教活動をしておいたのだ。やっはり浸かってこそのお風呂だな……。


 俺は体の芯まで温まってから風呂を上がった。一旦、食堂へ寄り水を飲んでから客室へと戻った。外はすっかり日も暮れ夜の帳に包まれていた。


 そして、客室の床には潰れたヒキガエルがいた。いや、違った。オルトがぐっでっと床に伏せていた。


「どうした?」

「へへへー、もう動けましぇん……」


 どうやら、はじめてお湯に浸かりのぼせたようだ。まあ、締まりのない顔をして幸せそうなので問題ないだろう。洗った下着だけ荷物の上に干して俺もその場で横になった。


 やはり体を温めたせいか、すぐに強い眠気が襲ってきた。この気だるい眠気も心地よい。このまま、眠ってしまおう……。俺は静かに瞳を閉じた。そして、眠りに落ちた……。




「!」


 周囲はまだ薄暗い。窓の外に見える山際がわずかに明るくなっている。時刻的には午前四時過ぎと言ったところか。


「おい、オルト、起きろ」


 俺は声を潜めてオルトを揺さぶった。


「うんん……。何ですかナオヤさん……ふぁ~」

「今すぐ荷物をまとめろ。船を降りる」

「へえ? 何言ってんですかまだ朝ですよ。寝ぼけてますか」

「寝ぼけてるのはお前だ。いいから船を降りる支度をしろ」

「ええー、何で……」

「事情の説明は後だ」

「ふぁい」


 俺たちは急いで荷物をまとめ船を降りた。



「ティドルさんにも挨拶しなかったけどいいのかな……」


 タラップを降りながらオルトがぽつりと呟いた。


「いい。下手に事情を説明すると巻き込まれる危険がある」


 俺たちは船を降り桟橋をミリガンロイズの町へ歩きながら話した。


「ナオヤさん、どういう事なのか説明してくださいよ」

「〝夢〟を見たんだ……」

「成る程、夢ですか……。ええー! そんな理由で船降りちゃったんですかー!」

「馬鹿、ただの夢じゃない。多分、あれは神託の一種だ」

「どうしてそう言えるんですか」

「神の言葉には神聖性がある。あの夢にもそれを感じた」

「神聖性ですか……」

「ああ、前にアレイヤ様から神託を授かったときにも感じた」

「え? その夢はアレイヤ様からの神託ではないのですか」

「アレイヤ様は夢に登場するような神様ではないぞ」

「そうなのですか」

「ああ、太陽神だからな力が溢れてるんだ。だから、神聖性が高いか耐性がある人間が特定の場所で受けないと、声を掛けられただけで心臓麻痺起こすぞ」

「うわ……。それで誰からの神託ですか」

「わからない」

「どんな夢だったのですか」

「今晩の寄港地ノルイスタニアンで兵たちに囲まれて取り押さえられる夢だ」

「え? ナオヤさん捕まってしまうんですか」

「ああ、このまま船に乗ってたら捕まるな。恐らく青の洞窟から抜け出したのがゼルタニスにバレたんだ」


 中央広場の銅像の前までたどり着いた。まだ夜明け前なので周囲に人気は無い。凛とした空気に包まれている。


「でも、これからどうするんですか」

「ここからシャルディの街まで陸路で行く。山越えがあるから少し時間は掛かるが六日も歩けばたどり着くだろ」

「ええー、また歩くんですか……」

「嫌だったらお前は船に乗っててもいいぞ。ただし、お前は夢の中で警備兵に背中から剣で刺されて白目をむいていたぞ」

「それって、私死んでますよね……。何をしてるのですかナオヤさん。とっとと山を越えてシャルディに向かいますよ!」



 俺たちは町の東門へとたどり着いた。丁度、行商人向けの商店が開店準備をやっていたので頼み込んでお店に入れてもらった。


「えーと、干し肉に地図に、それと防水布……」


 俺はお店で野営に必要な道具を買い込み店を出た。店を出るとオルトが門の前に止まっている幌馬車のお爺さんと話し込んでいた。


「あっ! ナオヤさん。この人がヨルテンの村までなら乗せていってくれるそうですよ」


 俺は買ってきたばかりの地図を引っ張り出し確認した。ヨルテンの村はこの国のほぼ東の端にあるようだ。シャルディへの山越えルートにも近い。

 俺は馬車の御者台に座るお爺さんへ声を掛けた。


「すみません、俺はハンターをやっているアマチと言います。本当に乗せてもらってもよろしいのですか」

「ああ、わしはカライソだ。仕入れの荷は少ないからな、かまわんよ」


 元は兵士かハンターだろう。どことなく、アルプスの少女に出て来るアルムおんじを連想させるごつめのお爺さんだ。


「では、よろしくお願いします」

「やった」


 俺とオルトは急いで幌馬車へと乗り込んだ。

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