第29話『幌馬車』


 夜明けと同時にミリガンロイズの東門は開いた。白い息を吐きだし昇ったばかりの朝日に向けて幌馬車を引く大きな馬が歩き出した。車輪がごろごろと転がる振動が伝わってくる。しかし、オルトはまだぐっすりと気持ちよさそうに寝っている。図太いなこいつ。


 御者台の後ろに抜身の長剣が置いてあるのが見えた。刃渡りはおよそ二メートル。これは恐らく馬上騎士の使う長剣だろう。魔物のいるこの世界では馬車に武器があるのは別に珍しい事ではないが、ここまでの長剣はあまり見た事は無い。たぶんこのカライソと名乗った老人は元騎兵なのだ。


 思い出したように俺は今しがたお店で買ってきた砥石で自分の剣の手入れを始めた。剣を縦て砥石を当て錆を丁寧に落としていく。


 それにしてもあの夢は何だったのだろう? 夢のお告げ? 予知夢だろうか? 勿論、こんな方法は光の女神であるアレイヤ様のはずは無い……。未来を予知し夢に干渉する別の神――一体誰だ? 何の目的かは分からないが面倒な事にならなければ良いが……。


 俺は幌の後方から外を眺めた。のんびりとした速度で幌馬車は走っている。よく晴れた空が朝陽を浴びて青みを増していく。ミリガンロイズの町が次第に遠ざかる。



「ふにゃ~~」


 小一時間も経っただろうかオルトが目を覚ましたようだ。


「お前、船は駄目なのに、馬車は平気なんだな」

「ふぁ~、私は元々魔動車に乗ってましたから大丈夫です」

「ふーん、まあいいや。なあ、お前の剣も貸せ、手入れしといてやる」

「えー別にいいですよ。私、剣は使えませんし……」


 そう言いながらもオルトは自分の荷物から小剣を引っ張り出した。


「お前、これから先何があるか分からないから最低限剣くらいは扱えるようになっておけ。俺が教えてやるから」

「はーい」


 俺は剣を受け取り抜いてみた。――ん?


 この剣は青の洞窟で拾ったものだ。刃渡り四十センチほどの片刃の直刀。造りは簡素で幅も狭く軽く作られている。しかし、その刃には錆び一つ浮いていない。これって……。

 刀身が僅かに青みを帯びている。まさか、これはミスリル銀か? 色は薄いし重さがそれなりにあるので恐らくコーティングだろう。だがこの剣は……。


 確かミスリルの剣を持っているのは神殿に努める聖騎士だけだったはず。という事はあの時転がっていた遺体は聖騎士のものだったという事だ。聖騎士は貴族と同等なほどの権威を持っている。それが軽はずみな行動をとるとは考えにくい。一体あそこで何があったのだろう? 俺はそのまま剣を鞘に納めた。


「あれ、手入れしてくれないんですかー」

「ああ、必要ない様だ。たまには振ってやれ」

「はーい」


 そう言いながら俺はオルトへ剣を返した。



 それからも馬車は順調に街道を進んだ。ほぼ一時間おきくらいに名も無い開拓村を過ぎていく。


「そろそろ馬を休ませる」


 突如、カライソは誰言うとなくそう一言だけ呟いた。時刻はお昼前、幌馬車は進路を変え一つの開拓村の中へと入っていった。

 大きな木柵の門をくぐり、村の中心の井戸脇に馬車は止まった。


「あ、村だー」


 オルトは声を上げ幌馬車から飛び降りた。俺は落ち着いてそれに続いた。荷台から降りて背伸びする。ずっと座っていたので腰が痛い。

 近くの建物から中年の男性が近づいて来るのが見えた。年齢はまだ若そうだが身なりは良いので恐らくこの開拓村の村長だ。馬車の前方に立ちカライソに話しかける。


「ああ、これはカライソさん。ようこそ」

「うむ、少し馬を休ませる。水を分けてくれ」

「どうぞどうぞ。はて、あの人たちは新しい開拓民ですか」

「いや、乗り合いの客だ。村まで連れていく」

「そうですか、では、ごゆっくり」


 そう言い残し村長らしきは村の奥へと消えていった。どうやらこのカライソという人は開拓村の村長より立場が上の人のようだ。カライソはこちらに向いて話しかけてきた。


「お昼はそこの商店で食べられる。出発は一鐘の後だ」

「はい、カライソさんも食事一緒にどうですか」

「いや、わしは馬の世話がある。それに、昼は用意している」

「そうですか」


 その時、オルトが後ろから声を上げた。


「あー、私、馬の世話なら手伝います!」

「いらん。一緒に食事をしてきなさい」

「はーい」

「それと今晩は馬車の中で泊まりになるからその店で必要な物を用意しろ」

「はい、行くぞオルト」



 俺とオルトは連れ立って近くに見える商店へと入っていった。


 お店の中には衣類に農具、生活雑貨が所狭しと並べられていた。二十軒にも満たない開拓村にしては結構商品が充実している。距離的に丁度お昼にするのによい場所なのだろう。店の奥には簡素なイスとテーブルが置かれ飲食コーナーになっているのが見えた。


「いらっしゃーい」


 店番だろうか? 声のした方を見ると気だるそうにカウンターへ突っ伏した若い女性がいた。


「あのー、何かすぐに食べれるものあります?」

「もうすぐパンが焼き上がるよー。それと干し肉のスープなら作れるよー」


 気だるそうに顔を上げ女性が答える。やる気が無いのだろうか?


「両方二人分貰えますか」

「はいよー」


 気負った風もなく女性はそう答えると店の奥の扉から出ていった。どうやらこれがこの店の標準対応のようだ。

 ちなみにこの国ではサービス業という考えはない。常に店員と客は対等な立場なのだ。いや、むしろお店側の物を売ってやっているという意識の方が強いかもしれない。お店に入るなり販売拒否などよく聞く話である。


 俺たちはお店の奥の椅子に座わり待つことにした。目の前に沢山の木彫が並べて売られているのに気が付いた。売り物だろうか? 人の形に近い様々な木彫が置かれている。


「何だこれ?」

「それは、イコンですね」

「イコン?」

「ええ、神様の似姿の御像です」

「成程」


 これに向かって祈りを捧げる。日本で言えば神棚やお守りのようなものだろう。


 この世界には様々な神がいる。それは、地球で言えばギリシャ神話の構成に近い。そしてこの世界の人々はそれぞれ自分に合った神を信仰している。例えば漁業であれば海洋神、農業であれば農耕神を奉る。その中で最も一般的なのは太陽神であるアレイヤ様なのだ。ちなみに俺はアレイヤ様を尊敬はしているが信仰はしていない。いや、元々この世界の人間じゃないし、俺。


「あれ? そう言えば神殿では偶像崇拝は禁止ではなかったっけ」

「いえ、別に禁止はしてないですよ。像でなく神様に祈りを捧げないと意味はないと教えているだけですよ」

「ふーん」

「でも、本当の事を言えば、こうしてお店で売られると、神殿にお金が入らないからやめろということですね。神殿の直売所でもタリスマン(お守り)は売ってますし」

「それを仮にも聖女が言うか……」

「良いんですよ、どうせ皆知ってる話ですから」


 オルトは少し口が軽いように思える。もしかすると、こうやって殺されそうになっているのも秘密を守れない奴と思われている所為かもしれない。


「お待たせ―」


 店の奥からパンとスープをトレイに載せた気だるい女性が現れた。パンはライ麦、スープは干し肉とタマネギのスープのようだ。オルトは祈りを捧げ、俺は軽く手を合わせてから食事を始めた。

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