第30話『街道』


 食事を終えた俺たちはお店でパンとタマネギを買い込み、カライソの待つ馬車へと戻った。丁度、カライソは食事を終えたところのようだが、馬はまだ飼い葉を食んでいる。


「あっ、私、馬の様子を見てきます」


 そう言ってオルトは桶から飼い葉を食んでいる馬へと近づいていった。どうやら馬自体が好きなようだ。俺はカライソへと話しかけた。


「カライソさん、帰りました。今晩の準備もしてきました」

「そうか。だが、まだ馬が休んでおる。出発はもう少し後だ」

「はい」


 俺は買ってきた荷物を馬車の幌へと収めた。一方オルトは馬をブラッシングしようと近づき馬にはみはみされ素っ頓狂な声を上げている。どうやら無事馬にも好かれたようだ。


 カライソさんが馬具の手入れを始めたので俺は馬車へと乗り込んだ。外からはオルトの悲鳴が聞こえてきたが気にしない。俺はそのまま幌馬車の床へと寝転がった。

 そこへ手に歯型を付けたオルトが帰ってきた。


「ふへぇ~ん。シルベットは噛み癖があるそうです~」


 そう一言告げるとオルトは床にパタリと倒れ込んだ。シルベットは馬の名前だろう。女性名みたいなので牝馬なのかな? そんな事を考えながら俺は寝転がったまま出発を待った。



 しばらくの後、シルベットが馬車に繋がれ再出発をした。


 馬車が時折、軋み跳ね上がる。どうやら先程の開拓村から先の道は状態が悪いようだ。先程まで頻繁にあった分かれ道も見かけなくなった。馬車はよりゆっくりとした速度で進んでいく。


 一時間ほど走ったところで廃村になった開拓村を見かけた。柵や門が大きく壊されているところを見ると強い魔物の襲撃を受けたのだろう。


「この辺はあまり治安が良くないようだな」

「そうですね、この辺まで来るとどうしても黒の森の影響がありますから」

「ん? でもシャルディとここの間にはタタワル山脈があるだろ」

「逆に強い魔物なら難なく山を越えてきますよ」

「ふーん、そうか」


 オルトは北の山脈の出身なのでそう言った魔物の話も知っているのだろう。それにしても黒の森の魔物か……。


 黒の森の魔物は総じて強い。この辺りでよく見かけるゴブリンやオークなどの比ではない。それこそ魔力の申し子と呼ばれる森人のエルフや魔族でないと対抗するのも難しいのだ。まあ、俺の場合は破壊魔法があるのでどれも一撃で終わるのだが……。


 そこからさらに一時間ほど進むと大きな木柵に囲われた集落が見えてきた。高く積み上がった丸太の壁が外から見ると大きな船のように見えてしまう。


「少しここに立ち寄る」


 カライソはそう呟くと馬車をその集落へと向けて走らせた。馬車は集落の門の前に横付けして止まった。大きな門がギチギチと音を立てて開き初老の男が出てきた。


「いつもすまないね、カライソ殿」

「いや、これも仕事だ」


 門の中から四人の若い衆がやって来て幌から小さな樽を一つ降ろしていった。


「多分あれは塩樽ですね。北の領地では岩塩が取れますけどこの辺りでは海塩を購入してるんでしょう」


 そうオルトが教えてくれた。どうやらこのカライソという人物は配達業も営んでいるみたいだ。

 それにしても、馬車に乗っているとはいえ護衛も付けずに一人で荷運びをしている所を見ると相当に腕に自信があるのだろう。この辺りでは少なくともオーガと一対一で渡り合えるくらいの強さがないと無理だと思う。


 幌馬車は方向転換し再び歩き出した。

 しばらく街道を進んでいると巡回中の兵士とすれ違った。


「あっ、あれはファーロンですね」


 オルトが言った。

 三頭の馬に二匹の真っ白な騎竜が交ざっていた。確かにあれはファーロンだ。ただし、白い毛並みだとどうしてもくちばしの無いニワトリに見えてしまう。


「でも、どうして騎竜なんて使うんだろう」

「え? 速いからじゃないんですか」

「前に少し乗ったことがあるんだが、瞬間的には足が速いけどスタミナは馬ほど無いし、二足歩行だからめちゃくちゃ揺れるんだよな。アビゲイトでは牧草が手に入りにくいから仕方ないんだろうけど」


 ファーロンは雑食で魔物の肉でも育てることが出来ると聞いた。飼育自体は馬よりも簡単なのだ。


「だとしたら、やっぱり卵ですね。早いものだと十日で生むそうですから……」

「やっぱりそうなのか」

「いえ、冗談です。本当は多分、北の領地の魔物が増えて牧草が手に入らなくなったからではないですかね」

「そんなに魔物が増えたのか」

「はい、まあ牧草は広い牧場が必要ですから。魔物が出ると作業できなくなりますから」

「ふーん、成程な。なあそれっていつの頃からだ」

「えーと、大体二年前くらいからですかね」

「理由は何だ」

「うーん良くは分からないですけど……。その頃、前国王が死去して、ごたごたしてたので魔物の駆除が追い付かなかったと言われてましたね」

「ふーん、そういう事か」

「あっ、でも、その頃から北の領地でもゾンビが出始めたんですよね」

「なにっ……」


 ゾンビは決して自然発生しない。裏には必ず呪いを操るものがいる――。

 あまり一般的には知られていないようだが、この話は同じパーティーメンバーの魔法使いウエスト・リーデから聞いたので間違いないだろう。だとすると、その話にもきっと裏がある。

 そもそもゾンビは生きているものなら何でも追いかけてしまう。その結果、魔物が住処を追われ移動することはよくある話だ。


「……なあ、その頃北の領地で何かなかったか」

「ありましたよ政変のごたごたでかなりの数の領主が領地替えをしました」

「どうしてそんな事に……」

王弟派おうていはですよ。前国王が死去した後に王弟派と現国王のレイデイン派が争ったんですよ。結局、西のフレグスタ家と南のブランドル家が後ろ盾となってレイデイン様が国王になったのですよ」

「フレグスタとブランドルか……」


 ブランドル家は言わずと知れた魔族殲滅派だ。一方、フレグスタ家は……。


 リッツフェイン・フレグスタ伯爵令嬢。かつての俺のパーティーメンバーで王女様至上主義を掲げる女であった。そしてこいつは病的なまでの獣人嫌いだった――。


 獣人はこの大陸の東の方。かつての帝国領とアビゲイトに住んでいた。

 俺たちは神託を受けるためにこの大陸の東の果てにある太陽神殿を目指した。その時、リッツフェインは獣人と出会うたびにトラブルを起こし、俺とコルトはさんざん尻拭いをさせられたのだ。今、思い出しても腹が立つ。


 リッツフェインのあの態度はきっとフレグスタ家の教育の所為だ……。

 だとするとフレグスタ家は獣人排斥派だと思われる。


 何となくだが、この国の現状が分かってきた気がする。

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