第31話『開拓地の砦』
それからも馬車はゆっくりと進み、日が傾き始めた頃になってカライソはぽつりと呟いた。
「今晩はここで野営する」
そういって馬車が向かったのは、岩山の上に築かれた砦の跡だった。
跡と言っても廃墟ではないようだ。人気は無く壁の所々に傷みはあるが砦としての機能は十分に果たされている。しかし、ブラセラの銀鉱山の先にあった砦と比べてもこちらの方が規模が大きく年代も古そうだ。一辺が約五十メートル見上げるほどの高い石壁に囲われている。
カライソは馬車を大きな門の前に止めた。そして、門の方へと歩いていき脇にある小さな穴へと右腕を突っ込んだ。その瞬間、ガクリと音を立てて門が少し開いた。カライソが門を手で押し開く。すると分かっていたというように馬のシルベットが馬車引き自分で中に入って行った。
俺とオルトは馬車を降りた。
砦の中は壁に沿って石造りの建物が並んでいる。それ以外の部分は広く更地になっている。丁度、砦の中心にあたる部分に低い石積みが見えた。俺は馬車を離れそれを覗き込んだ。
「これは螺旋階段井戸だ」
石積みの向こうには大きなすり鉢状の穴が開いており壁面に添って二本の螺旋スロープが付けられていた。そして穴の底には透明度の高い水が湛えられている。
「ほへ~~。神秘的ですね」
オルトが横から覗き声を上げた。
水底には白いタイルが敷き詰められており、所々に金の星や月の模様が描かれている。
「まだ、十分砦として使えるのにどうして放置されているのだろう……」
俺は井戸を覗き込みぽつりと呟いた。
「今は人出が足らぬそうだ」
それにカライソがぼそりと答える。
「……昔は魔物討伐の為に王国直轄の軍が常駐していたのだ。だがここは町からも遠く食料の調達もままならぬ。だから、いざというときの為の維持だけして放置されておる」
「成程」
人員の問題というより財政的な問題もありそうだ。近くに開拓村も見かけなかった。軍が常駐する理由も無いのだろう。だったらいっそここを開拓村に……するのはちょっと無理そうだ。岩山の上なので植物を育てることが出来ないか……。
「あー、私ちょっと下に行ってきます」
そこへオルトが元気よく手を上げながら割り込んで来た。
「待ちなさい。ついでに水を汲んできてくれ」
「はーい」
カライソは馬車から木桶を取り出しオルトに渡した。オルトは桶を手にすると元気よく走って螺旋階段を下って行った。
「だったら俺は外へ行って
「うむ、気を付けてな」
「はい」
俺は剣を手に取り砦の外へと向かった。その時、井戸の方からオルトの奇声と何かが盛大に水に落ちる音が聞こえてきた。
俺は井戸を覗き込んだ。オルトが井戸に浮いているが水深は浅いようなので問題ないだろう。馬鹿め、下り坂を全速力で走ったら止まれるわけないだろ。俺はそのまま門へ行き、
岩山を下り街道へ出たところで脇の森に入った。幸いなことに焚き木に丁度良い木はそこかしこに落ちている。あっという間に一抱えの薪が集まった。俺は集めた薪を抱え砦に戻った。
門の前で丁度、西の空が茜色に染まり始めた。今の季節は春という事だが、夕焼けは綺麗に染まっている。空を舞う鳥たちが慌てて巣へと帰っていく。美しい光景だ。しかしこの世界ではそれだけでは済まされない。これから始まる夜は魔物が活発に徘徊する時間なのだ。俺は門の中へと入り
馬車の横にはずぶ濡れになって項垂れている少女がいた。井戸に落ちたオルトだった。
「待ってろ、すぐに火を熾してやる」
「……」
俺は近くにあった石を集めて竈を作った。そして火打石で薪に火をつけた。
「俺は夕食の準備をするから、お前は火の番をしていろ」
「はい……」
項垂れたままのオルトをその場に残し、俺は鍋と水袋を持って井戸へと降りた。井戸の水は澄んでいてかなり冷たい。タイルの敷き詰められた中心からコポコポと水が湧き出しているのが見える。俺はその水を手で掬い飲んでみた。うん、冷たくて美味しい、でも僅かに苦みを感じる。水の硬度が高いのだろう。鍋と水袋に水を汲み馬車へと戻った。
そのまま鍋を火にかけ湯を沸かす。タマネギと干し肉をナイフで刻み鍋に入れる。パセリに似た香りのハーブと塩で味付けした。本来であればここにヤギ乳の塩バターを入れるのだがどこにも売っていなかったので、代わりにごま油を少し入れておく。
そこにシルベットの世話を終えたカライソがじゃがいもを抱えやって来た。
「これは余った物だ。食べてくれ」
「はい、スープ多めに作ったのでカライソさんも一緒に食べてください」
「うむ、わかった。馳走になる」
「はい」
俺はじゃがいもを受け取りナイフで皮をむきさいの目に切っていく。フライパンに油を敷き切ったじゃがいもを透明になるまで炒め、干し肉を削って振りかける。最後にカライソの持っていた青唐辛子と塩で味付けた。
これにカライソの出してくれた芋餅と野草のサラダが加わり、結構豪勢な夕食が完成した。通常、野営中はスープとパンが基本なので今日の夕食は特別である。
オルトとカライソは祈りを捧げ俺は合掌してから食事を始めた。
「お、この芋餅、美味しいですね……」
「「……」」
焚火を囲んで楽しい食事……とはいかないようだ。
料理は旨いが、オルトは食事に夢中でカライソは無口である。そして、俺も会話が得意な方じゃない。静かな夕餉の時間が過ぎていく……。
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