第32話『ブラックドック』
「ふぃ~~、食べました。もうお腹いっぱいです」
どうやらオルトがいつになく無口だったのは水にぬれて寒かった仕業のようである。暖かい食事を取り復活したようだ。どことなく会話しづらい雰囲気も無くなったのでもう一度カライソに話しかけてみよう。
「あの、カライソさんは貴族の方ですか?」
ギロリと睨まれた。まずいことを聞いたのだろうか?
「いや、今は違う……。どうして、そう思った?」
「いえ、馬車に積んであったあの剣はこの国の馬上剣ですよね」
地球においての馬上剣は片手で手綱を握り片手で振るえるサイズのものになる。長柄武器であれば通常グレイブや槍を使用する。だがこの世界には魔法がある。身体強化を使えば地球では振るえないような武器でも易々と使用することが出来るのだ。そして、この国ではそれらの魔法技術は貴族によって秘匿されている。
「そうか……。わしは昔、騎士団で騎士爵を賜っておった……」
この国の騎士団は国軍の上位の組織である。兵の中で功績のあった者を貴族に取り立てて、十から五十人規模の部隊を編成させたもので、その部隊の集まりを騎士団と呼んでいる。
「他の団員と共にこの地域一帯の警護を任されておった……」
「もう引退されたのですか?」
「その昔、この辺りで大規模な魔物の災害があってな、多くの開拓村が被害にあった……」
「あっ、その話、オーガキングの討伐ですね。丁度私が生まれた頃の話なので十五年前のことですね」
オルトが話しに割り込んで来た。オーガキングは黒の森の奥深くに潜むと言われる伝説の魔物だったはず。オーガよりも二階位上でアラクネよりも危険な魔物だ。それにしても、こいつ十五歳だったのか……俺と一つしか違わない。身体も小さいので小学生くらいかと思っていた。
「ああ、わしも部隊を率いて討伐に向かったのだ。だが、奴らの待ち伏せに会ってな、他の部隊と合流してキングを討伐した時には多くの死傷者を出してしまったのだ。わしはその責任を取って爵位を返上したのだ」
「そうですか……」
魔物の討伐で死傷者が出るというのは以前からこの国ではよく聞く話である。
「え、でも……」
何やらオルトが不満げな表情でいる。
「何だよ」
「いえ、無事討伐は成功して、土地を与えられて領主になった人もいましたよね」
「そうだな、わし以外の騎士は皆そうした。わしにはそれは出来なんだ。だからこうして今は村の荷運びを手伝っておる」
多分、この国ではそういう人は珍しい。この国イスタニア王国と日本では命の意味が違う。昨日まで隣に在った村が朝には魔物に襲われ失くなってる。命の重さ自体は変わらないが嫌でも相対的に価値は違うと実感してしまう。日本では思いやりのある人とか人道的といって見られるのだろうが、こちらの世界ではさぞかし忌避の目で見られることだろう。
なんとなくカライソが一人で荷運びをやっている理由が分かった気がした。
俺はお湯を沸かしお茶を淹れた。カライソと話していたオルトは突如その場で丸まって眠ってしまったようだ。俺はカップのお茶を啜った。
「!」
今、門の外で微かな気配を感じた……。
「カライソさん」
「わかっておる」
カライソは既に馬車から自分の長剣を引っ張り出していた。
「恐らくブラックドックだな。奴らは一度狙いを付けたらどこまででも追ってくる。わしは外へ出て倒してくる」
「あ、俺もご一緒します」
俺はそう言って剣を手に取った。
「しかしな……」
「進むべき道を照らす仄かなる明かりを灯せ。光球!」
「な……」
俺は光魔法の光球を左手の上に浮かべて見せた。
「このように少しですが魔法も使えます。身体強化や金剛体も使えますからお気遣いなく」
身体強化は内魔法で力を上げる魔法である。金剛体も内魔法で一瞬だけ体を固くし防御力を上げる技である。本当は金剛体は使えないのだが素で物理攻撃耐性を持っていると勇者とばれる危険があるので嘘をついた。
「わかった」
俺たちは眠っているオルトをその場へ残し、剣を持って砦の門へと向かった。
カライソが長剣を肩に担いだまま片手で門を開いた。ギチギチと音を立てて門が開いていく。門の外は黒々とした闇が広がっている。俺は左手の上を漂っている光球を門の外へと飛ばした。
――おかしい、何もいない……。
左の岩肌、中央の砂利道、右手の崖。光球をふわふわと漂わせて照らし出した。急にカライソが手にした松明を崖の方へと投げつけた。
――あっ今、確かに何かが動いた!
次の瞬間、崖下から黒い影がものすごい勢いでカライソに飛び掛かってきた。カライソはそれに臆することなく踏み込んで上段から長剣を叩きつけた。影が空中で身をひねりぐるりと回転しながら剣を躱す。しかし、カライソはさらに踏み込み左手で剣の
〝カンッ!〟軽い音を立てて切っ先が影の頭を捉えた。びちゃりとどす黒い血液が地面に広がる。そのまま黒い影は伏せをする形で地面に落ちた。長い手足がびくびくと震えている。
ブラックドック――名前こそ犬を意味するドックが付いているが多分こいつは哺乳類ではないと思う。体つきはドーベルマンに似ているが頭に耳は無く形は三角で蜥蜴を連想させる。体に体毛は無く背中の一部に鱗のような物が見受けられる。恐らくこの世界特有の哺乳類と爬虫類の中間的な存在の魔物だと思う。
しかし、慌てて駆け寄ったりはしない。俺は無言のまま慎重に剣を構えた。カライソが地面を蹴って門の前へと戻ってきた。彼もまだ緊張を解いていない。崖下から気配が漂ってくる。
別に気配察知などの特殊なスキルを持っている訳ではない。だが、幾度もの戦いの中で気配は自然と読めるようになった。
五感を研ぎ澄ます。
微かに聞こえる呼吸音。風に漂うその匂い。肌に感じる空気の流れ。視界の範囲にはいない存在を感じ取る。恐らく数は三から四……。息をひそめてこちらの様子を窺っている。
「ふぅ……」
しかし、何故かカライソは構えを解いた。長剣の切っ先が地面に触れる。
その瞬間! 崖下から二匹のブラックドックが飛び出してきた!
構えを解いたままカライソは前へ踏み込む。踏み込みと同時に地面に着いたままだった長剣の切っ先が跳ね上がる。
多分今のは誘いである。ワザと構えを解き相手の油断を誘ったのだ。
カライソの長剣の切っ先が飛び掛かってくる右のブラックドックの下顎に迫る。当たる直前でブラックドックが身を捩る。しかし、回避はできていない。切っ先は左前脚を捉えた。血飛沫が暗い夜空に跳ね上がった。
だがその時、もう一匹のブラックドックが大きな口を開けカライソの喉笛へと迫ってきた! まずい!
しかし、カライソは慌てることなく跳ね上がった剣先をさらに上にあげ、
〝ガァーー!〟ガラガラとした声を上げながらブラックドックは地面に叩きつけられた。それを追うようにして背中へ長剣が落ちていく。背中をざっくりと斬られたブラックドックはそのまま地面に横たわった。
――うまい! にわか仕込みの俺の剣技などは似ても似つかぬ戦場の剣だ。
そして、残り二匹のブラックドックが崖下から飛び出してきて暗闇の中へと消えていったのだった。
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