第33話『ヨルテンの村』


 ――うん、正直言えば今回俺は何もしていない。カライソさんが戦うのを見ていただけだった……。


 その後、俺たちは二人でブラックドックの遺体を担いで岩山を降り穴を掘って埋めた。そして砦に戻りお湯を沸かして体を洗い眠りについた。それからは何事もなく無事、朝を迎えることが出来た。ちなみにオルトはその間もずっと幸せそうに眠り続けていた。

 

 日が昇り干し肉とタマネギのスープを作り朝食を頂いた。


「あれ、昨晩何かありましたか」


 朝食を食べながらオルトが聞いてきた。


「まあ、色々な」

「そうですか、ふーん」


 あまり関心ないようにオルトが答える。こんにゃろう。


「今日は天気が荒れるかもしれん。食事を終えたらすぐ出発するぞ」


 カライソはそう告げた。


「「はい」」


 早々に食事を終えた俺たちはすぐに後片付けを済ませ馬車に乗り込んだ。


 カライソは昨日とは逆の手順で門を閉じ、俺たちは一夜の砦を後にした。



 街道の路面は相変わらず荒れている。二か所ほど廃墟となった開拓村を見かけた。途中、街道に三匹ほどのゴブリンが現れたが敢え無く馬のシルベットに轢き殺された。南無阿弥陀仏。そして、森の木々の合間を抜け小川の辺で昼食をとった。


 昼食を終えしばらくの休憩の後、再び出発。移動は順調に進んでいるが、少し雲行きが怪しくなり始めた。

 そして、緩やかな峠の上り坂を越えてヨルテンの村が見えてきた。



「ほへ~~」

「これがヨルテンか」


 何というか、村というより山城である……。小高い一つの山に段々畑の石垣が築かれ、山頂に家が密集している。山の地形をうまく使った砦のような村である。


 峠を下り村へと近づく。坂を下りきったところで急に強い風が吹き始めた。一気に空がどんよりと曇っていく。村の門に着く頃にはしとしとと小雨がパラつき始めた。


 村の入り口には日本のお城を思わせる巨大な木製の門が据えられていた。馬車が近づくと門が大きな音を立てて観音開きに開いていく。シルベットの引く馬車が門をくぐった。

 途端に髭面のむさい男たちが台車を持って駆け寄ってきた。


「カライソさん、お勤めごくろうさまです」「「さまです!」」

「うむ」


 ――うん、この人たち、絶対、堅気じゃないな!


 そういえば以前に聞いたことがある。通常は地図に乗らないが辺境の各地には犯罪者だけを集めた開拓村があるらしい。きっとこのヨルテンという村も以前はそうだったに違いない。

 そういった開拓村のほとんどは他の村から碌な支援も受けられず発展する前に魔物に襲われて壊滅すると聞かされた。地図で見た限り周囲に他の村はないし恐らく間違いないだろう。


「おや、そちらの人たちは?」


 男たちのリーダーらしきが俺たちを見つけカライソに尋ねるのが聞こえた。


「山越えをするそうだ」

「二人そろってですかい。そいつは無理なんじゃ……」

「男の方はいわくつきのハンターだ。この嬢ちゃんも只者ではないな」

「そうですか、カライソさんがそう言うならわかりました」


 いわくつき……。昨晩、魔法が使えるところを見せてしまった所為である。仕方ない。この国で魔法が使えるのは貴族とそれと繋がりのある兵士やハンターだけである。多分、貴族崩れや出奔兵士と思われているのだろう。それにカライソは馬車の荷台でオルトがこっそり身体強化の練習をしていたのに気付いていたみたいだ。オルトは聖女に選ばれるくらいに魔力が多い。魔法の使える人ならばそれを何となく感じ取る事ができる。特にオルトの場合はまだ無駄が多いので魔法の行使中は魔力がダダ洩れしているのだ……。ダダ洩れ聖女め。


 俺たちは馬車を降りた。

 シルベットが馬車から外され厩舎へと入って行っていく。俺たちはそれを見届けてからカライソに付いて坂の上の村へと向かった。


 山の斜面には四メートルほどの石垣が築かれその上が畑になっている。村へと上る坂道はあまり広くなくつづら折りになっている。あちこちに木製の柵が設けられ直接上には行けないようにしてあるようだ。ここから見えるだけで三か所、物見やぐら建っている。坂の途中で弓矢と槍を手にした男とすれ違った。


 ――やはりどう見ても山賊のアジトにしか見えないな……。


 坂の上に大きな山門が見えてきた。俺たちは開け放たれたままの門をくぐった。


 野球が出来るほどの広さの土地に三十ほどの建物が並んでいる。建物は全て木造で木と土壁で出来ている。この造りは瓦葺でこそないが日本の古い街並みを思い起こさせる。

 村の奥の方から子供たちのはしゃぐ声が聞こえてきた。意外にのどかでよい村なのかもしれない。


「宿はそこだ」


 カライソが立ち止まり指した先に二階建ての大きな建物が建っていた。


「ワシは厩舎の見張り小屋に泊まる。だからここでお別れだ」

「はい、色々と善くしていただいてありがとうございました」

「カライソさんありがとうございました!」


 オルトも一緒に感謝を述べた。


「うむ、では道中気を付けてな」

「「はい」」


 そう言い残しカライソは村の奥の方へと去っていった。


「カライソさん良い人でしたね」


 少し寂し気にオルトが呟く。


「ああ、そうだな」

「でも私、爵位を自分から捨てた人の話初めて聞きました」

「ああ、俺もだ」


 このイスタニア王国は貴族が仕切る特権階級のある国だ。そして地球のようにノブレスオブリージュという言葉はない。高貴さが義務を強制していないのである。というか貴族を取り締まる法律がない。だから貴族はただ横柄に振る舞い地位に固執する。以前にこの国に来た時にそんな貴族をたくさん見てきた。そういうところでは本当に嫌な国だ。――少しはカライソさんを見習ってほしい……。


 雨の降りが強くなってきた。


「おい、とっとと宿に入るぞ」

「はーい」


 俺はオルトを連れて宿の門を開けた。

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