第26話『ミーテローラ』


 船を降りた俺とオルトはミリガンロイズの町へと向けて歩いた。

 一辺約四百メートル。グランドと野球場が併設された高校ほどの広さに木造の三階から五階建ての建物がひしめき合って建っている。印象としては住宅密集地というよりは地方の駅前だけを切り取った感じと言えば理解しやすいだろうか。どの建物も一階が商店や飲食店になっており二階から上が居住スペースのようだ。

 街には意外に人が多くいる。


「結構繁盛してるんだな」

「この周辺は王家直轄の小規模領主が多いのですよ」

「なるほどな」


 よく見るとあちこちに馬車が止まっている。恐らく交易の中継地点としての役割を担っているのだ。

 川向うではあるがここからだと王都であるイスタニアンまで馬車で約二日。日本で言う直参の領主に与える土地としては都合の良い場所なのだろう。


 俺たちは町の中心に向けて歩いた。

 子供たちが道端で遊んでいる。この光景は他の町ではあまり見かけない。一応この国では奴隷制度は禁止されているし犯罪を取り締まる自警団もある。それでも日本に比べれば町の治安はあまり良くない。子供が自由に外で遊ぶのは珍しい事なのだ。


「治安も良さそうだし、良い町なんだな」

「そうですよ。このミリガンロイズの町は小さな宝石と称えらえています」

「そうなのか。ふーん」


 確かに家は木造だがどの家の前にも花が植えられ生活に余裕が見える。そんな家は王都においても数えるほどしか見なかった。きっと町の規模を大きくする代わりに生活を充実させる政策をとっているのだ。慎重な性格のあいつらしいやり方だ。



 町の中心部が見えてきた。どうやら中心部はちょっとした広場になっているようだ。水の湧きだす大きな噴水が据えられその中央に巨大な銅像が立っている。

 高さはおよそ五メートル位。かつてのパティ―メンバー、ミーテローラ・ロイズの巨大な姿がそこにはあった。


「大きくなっちゃったな……」

「ほへ~~」


 何か色々とすごい事になっているな……。大きくなったことでミーテローラの我儘ボディーが超我儘ボディーに進化している。そして、あの大きかったタワーシールドが砂防ダムのようにそそり立っている。でも、どうしてビキニアーマーなんだ? この銅像の作者の悪意を感じる。いや、浪漫だろうか……ふむ。


「そんなに下から見上げても銅像だから乳首は見えませんよ」

「ちげーよ。見てねえよ。乳首とか言うなや」


 嘘である。本当は少し期待をしていた。でも、見えたら見えたで多分、大爆笑してただろう。


「だったらおっぱいが大きいのがそんなに良いのですか」

「しつこいなお前、何言ってんだよ。別にそんな事は……無い」

「本当ですかー」

「まあ、嫌いではないけどな……」

「ふーん」


 まあ、あれだ。大は小を兼ねると言うが大きな胸には男の浪漫がいっぱい詰まっているのは間違いない。しっかりと手を合わせ拝んでおこう。小さきものには幸いを、大きなものには豊穣を。


「さて、見る物も見たし帰るか」

「ちょっと待ってください、まだ日も暮れてないじゃないですか」

「別にいいだろ、他に見る物もないし」

「あれを買って帰ります」

「ん?」


 広場の片隅に小さな屋台が店じまいの準備をしている。あれは……豆飴の屋台かな?

 この国の豆飴はアーモンドに似た豆を水飴に浸けて固めたもので日本の砂糖豆というお菓子に近い。どこの町でも売られているごく一般的なお菓子だ。


「まだ食べるのかよ……」

「買ってきます」


 オルトは何の躊躇いも無く豆飴を買ってきた。嬉々として袋を開けポリポリと食べ始めた。


「もうすぐ夕食だからなほどほどにしとけよ」

「わかってますよ」

「さて船に帰るか」

「ちょっと待ってください」

「今度はなんだよ」

「あれです」

「あれ?」


 オルトが指した先には左程大きくは無い石造りのゴシック風建築が建っていた。建物の南方向に黒石のオベリスクが建っているのが見える。この様式は間違いない女神アレイヤ様の太陽神殿……。


「最後にお祈りをしていきましょう」

「そうだな……」


 一応、俺はこれでもアレイヤ様の加護を受けた光の勇者なのだ。ここらで一度挨拶をしておいた方が良いだろう。それに、もしかすると……。



 俺は神殿の扉を押し開いた。

 あまり広くはないがおごそかな造りの礼拝堂。人気は無く高い位置に明り取りのガラス窓が設けられ室内は光に満ち溢れている。俺たちは真っ赤な絨毯の上を歩き最奥の祭壇へ向かった。


 オルトは祭壇の端で両膝を突き両手を交差させ胸に当てて頭を垂れ祈り始めた。俺は傍らで片膝をつき左手を胸に当てて頭を垂れた。


「天上におわす光の女神アレイヤよ、全地を見通すその瞳をもってわれらを見守りください。日々の暮らしが健やかでありますように。日々の糧を得られますように……」


 オルトの涼やかな声が神殿内に響き渡る。一応真面目に聖女をやっていたのだろう。淀み無く感謝の祈りを捧げる声は様になっている。だが残念……。


「……感謝の祈りを捧げます」


 オルトは再度深くお辞儀した。

 やはり、この場所ではアレイヤ様の神託を得ることが出来なかった。


 神託を得るには特定の条件を満たさねばならない。その人が、その時、その場所に居なければならないのだ。その人は俺がアレイヤ様の加護を受けているので問題ないとして、時は俺がこの世界に召喚されている時点で始まっているだろう。恐らくこの場所が駄目なのだ。やはり、簡易の神殿では駄目なのか? どうやらアレイヤ様と話をするためには帝国の端にある太陽神殿か、アビゲイトの沖にある神々の島まで行かなくてはならないようだ……。


「夕食食べに帰るか」

「はい」


 俺たちは神殿を後にして船に向けて帰っていった。

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