第25話『ミリガンロイズ』


 オルトは今度は食べ過ぎて眠ってしまった。それから何事も無く船旅は続いた。日も傾き始めた頃になって今晩の寄港地ミリガンロイズに到着した。


 なんとなく聞いたことのある街だと思ったら、ここは、かつてのパーティーメンバーで王女の取り巻き二号であったミーテローラ・ロイズの実家、ロイズ騎士爵家の治めている街だと近くに居た船員が教えてくれた。


 ミーテローラとは正直言って一年以上行動を共にしていたがほとんど話はしたことは無い。彼女はシルディア王女の同級生で女性唯一の盾持ち騎士であった。ウエーブのかかった赤髪の凛々しい顔立ち。長身でグラマラスな我儘ボディーをしていて、性格は慎重で無口である。武器はバトルアックス(戦斧)で、防具は軽鎧だがフルメタルのタワーシールドを持っている王女の盾役である。シルディア王女とは幼少の頃からの知り合いらしく、王女の身の回りの世話の一切を彼女がこなしていた。色々と突っ込みたいことはあるが人物としては比較的まともな人間だった。たぶん。彼女はそれほどまでに無口な女性だったのだ。

 

 いや、そもそも物理にも魔法にも高い耐性のある俺は怪我をしない。だから回復役の王女は要らない存在なのだ。そしてその盾役のミーテローラはさらに必要ない。よって話す機会もさほどなく、話しかけても笑顔で返されるだけだった。思い出しただけで悲しくなってきた。


 ちなみに王女の取り巻き一号は西方の伯爵令嬢であるリッツフェイン・フレグスタで、こいつは王女様至上主義で階級意識も強く色々と問題のある人物だった……。



 船の甲板に立ち前方を望む。マルソン川の東岸にミリガンロイズの街並みが見えてきた。


 広さは大きめの高等学校の敷地と言ったところか……。五メートル幅ほどの堀と高さ五メートルほどの土手で囲われている。建物は町の北側に密集しており大小様々な五十軒ほどの建物が隙間なく建っているのが見渡せる。街の南側は農地になっており色々な作物が植えられているみたいだ。騎士爵領の町としては成功しているといってよいだろう。


 恐らくここは元開拓村だ。

 この国のシステムでは、先ずその土地の領主が十軒程度の開拓村を作り準爵に任命した村長を置く。村長は魔物や戦から村を守りながら発展を促す。十分に発展し税を納め功績を上げると村長は騎士爵を賜り下級貴族に列せられるようになる仕組みなのだ。

 しかし、この世界ではそう上手くは行かない。ほとんどの開拓村は大きくなる前に魔物の襲撃によって滅ぼされてしまう。これまでに俺はそういった村を多く見てきた。この世界では新天地の開拓というのは大変な危険が伴うものなのである。


 長く突き出た桟橋にロープが投げられ結ばれた。船からタラップが下ろされ一人の行商人が降りていった。船上の木製クレーンが動き木箱が桟橋に降ろされていく。人が忙しく働いているさまはいつまで眺めていても飽きないものだ。



「どうして起こしてくれないのですか!」


 背後を振り向くと目を覚ましたオルトが両手を腰に当てて立っていた。


「何だもう、起きたのか」

「はい、起きました。さあ、観光に行きましょう!」

「お前な、俺たちの置かれた状況を分かってるのか」

「分かってますよー。でも、それはそれ、これはこれです。楽しい事は別腹です」


 あ、やっぱこいつは馬鹿なのだ……。


「それにここはナオヤさんのパーティーメンバーのミーテローラ様の開いた町ですよ」

「何? そうなのか」

「はい。魔族大戦の終結の褒賞としてこの町が与えられたそうです。どうして知らないんですか」

「ああ、俺は和平交渉の後、自分の世界へ帰るために色々準備してたからな。忙しくて祝賀会や褒賞式にも行かなかったんだ」


 本当の事を言えば面倒くさかった。無理やりこっちの世界へ引きずり込まれて問答無用で戦いに参加させられたのだ。俺はとてもそんなものを祝う気にはなれなかった。


「えっ! そんな……。だったら、祝賀パレードで金の鎧を着て『この世界に平和が訪れた!』と宣言しなかったのですか」

「誰だよそれ……」


 ああ、そう言えば。別れ際にコルトの奴がパレードに代役を立てたと言ってたな……。流石に勇者がいないとまずいと思ったとか言っていた。


「……それ多分、俺の影武者だな」

「だったら王城に飾ってある勇者の鎧は何ですか」

「いや、知らねえよ。そもそも俺は体に耐性があるから鎧着た事ねえよ。いつも生成りの紐シャツを着てたぞ」

「だったら中央広場にある鎧を着て剣を掲げる勇者像は何ですか」

「知らねえよ。そんなのあるのか。こっぱずかしいな」

「驚愕の事実です。この国の闇の部分を知ってしまった気がします」

「いや、まさに今お前はそれを知って命を狙われているんだぞ」

「……。まあ、それはそれとして、観光に行きましょう」


 ブレないなこいつは……。まあ、あのミーテローラの町ならば見ておくのも悪くは無いか……。


「日が暮れるまでだぞ」

「はい」


 俺たちは船のタラップを降りミリガンロイズの町へと繰り出した。

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