第24話『ジンジャービスケット』


 しばらくするとオルトは寝息を立てて眠り始めた。


「興奮気味だったので、少し鎮静剤も入れてみました」


 薬師のティドルはこっそりと俺に教えてくれた。ナイス!


「静かになってよかったです。あ、申し遅れました。俺はハンターをやっているアマチと言います。こいつは従者のオルトです」


 正体をばらすわけにもいかないので俺は嘘の説明をした。


「アマチ……。勇者と同じ名前なのですね」

「変ですか」

「いえ、私の知り合いにもアマチとナオヤが一人ずついるものですから……」


 きっと勇者伝の所為だろう……。前にこの世界に呼ばれた時には天地直哉あまちなおやの名前は大変に珍しがられた。自分と同じ名前の人が沢山いるというのは少し複雑な気分だ。


「それでティドルさん。今のシャルディの様子はどうですか」

「フフフ、相変わらずです。毎日がお祭りの様ですよ」

「お祭り……?」


 はて? 旧シャルディスク領の領都シャルディは都会の喧騒を離れた静かな古都だったはずだが……。どういう意味だろう? セイン領になってから何か変化があったのだろうか?


「もし、お仕事で滞在されるなら、是非、私のお店にも立ち寄ってみてください」

「ああ、はい、そうさせてもらいます」


 俺はティドルに薬のお金を支払った。ティドルは出した荷物をまとめ背負い箱の中へと仕舞い始めた。



 のどかな船旅とはいえ、この船はしょせん貨物船である。これといった娯楽施設は無く精々が食堂へ行って酒を飲むくらいしか思いつかない。俺は眠っているオルトを残し甲板へと出てみた。


 日も高く昇り吹き付けてくる風が心地よい。両舷の外輪がバチャバチャと水音を立てて水を掻いているが船の速度は自転車程度の速さでしか進んでいない。


 周囲には漁をしている漁船が見える。底引き網を手で引き甲板に水揚げしている。日本と多少違うのは水揚げしている漁民たちが背に銛を背負っているところだろう。

 この世界には魔物と呼ばれる危険な生物がいる。水の中にも水生の魔物が潜んでいるのだ。このオストルの街の周辺にはワニのような姿のマルソンワニが棲んでいる。この世界では魚を捕るのも命がけの作業なのだ。ちなみにこのマルソンワニの肉は白身で鳥のささみによく似ていて、オストルでは鶏肉の代用品として用いられているそうだ。


 川幅が次第に狭くなり始めた。前を見て両岸が見えるのでおよそ二百メートル程度だろうか。川の流れにはさほど変わりは無いが行き交う船はぐっと減ってきた。

 両岸とも無領地帯の森なのだろう。鬱蒼と茂る原生林が川へと張り出して生えている。カモメに似た白い鳥が優雅に空を飛んでいる。俺はのんびりと進む船の上から十分に景色を堪能した。


 時刻がお昼になり俺は船室に戻った。オルトはまだ気持ちよさそうに眠っている。仕方ない、一人で昼食を食べに行こう……。


 俺は客室から階段を降り食堂へ向かった。部屋の隅に固まって船員たちが昼食を取っている。恐らく個室の客だろう、少し離れた席で五名の黒い軍服の男たちが談笑しながらビールを呷っている。俺は給仕のおばちゃんの立っているカウンターへと向かった。


「おばちゃんお昼のメニューは何があるの」

「今日はスズキのソテーとワニの串肉。それに……」


 丁度ワニ肉の料理があったので、それとコーンスープを注文した。

 運ばれてきた皿には大きな肉の塊が三つ串にぶっ刺さっている。味付けはハーブと岩塩のようだ。付け合わせは蒸したじゃがいもとクレソンに見た目も味もよく似ている生野菜。


 早速、肉に齧り付いてみた。確かに味は鳥のささみによく似ている。白身のたんぱくな味がする。しかし、硬さ的には牛のすね肉に近い歯ごたえだろうか。むっちりとしていて中々噛み切れない。本来であればシチューなどの煮込み料理の方が合っているかもしれない。まあ、これはこれで食べ応えがあって良い。堪能させていただきました。


 昼食を終え、売店でジンジャービスケットを売っていたので買い込み客室へと戻った。オルトはまだよだれを垂らして幸せそうに眠っている。起こすと面倒なので俺もそのまま横になった。



「ふぁ~~……よく寝ました」


 しばらくして大きな欠伸を上げながらオルトが起きてきた。


「お腹、空きました……」

「お前な、あんだけ吐いといてまた食べるつもりなのか」

「全部吐いたからこそお腹が空くのです。このままだとお腹が空きすぎて死んじゃいます」

「またそれかよ。もうお昼はとっくに過ぎてるから、これでも食っとけ」


 そう言って俺は買ってきたジンジャービスケットを投げてよこした。オルトは戸惑いなく袋を開き食べ始めた。


「あれ、私の紙袋はどこ行きました」

「背負い袋の所に置いたぞ」

「ありました」


 オルトは自分持っていた紙袋を開けた。袋の中から次々とお菓子を取り出し食べ始めた。


「おい、まだ食べるのかよ」

「だってお腹が空いているのですよ」

「食べ過ぎるとまた気分が悪くなるぞ」

「そうしたらまた吐いて休みます」

「お前な……」


 うーん、何たる悪循環……。かくなる上はもう一度ティドルに薬を作ってもらって、静かに眠りについてもらおうか。二度と目覚めないやつを……。

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