第15話『草原の砦』


 俺たちは急ぎ足で森の小道を進んだ。道幅自体は四メートル位はあり馬車の通っていた事を示すわだちも見られる。しかし、現在は左右から道草が迫っており廃道になりかかっている。


「オルト、魔力の方は大丈夫か」

「はい、破壊魔法を使わなければ夕方までは大丈夫そうです。ナオヤ様の方こそ先程まで魔法を使いまくってましたけど大丈夫なんですか」

「俺は魔力が切れても魔力吸収もレジスト出来るから問題ない。とにかく先を急ごう」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。どうしてそんなに急ぐのですか」

「今はまだ分からない。だが嫌な感じがする……」

「そうですか」


 先程のコープスのなりかけを見てから一つの事が思い浮かんだ。もし仮にここのゾンビがネクロマンサーの仕業だとしたら、もしかして……。


 不意に小道にウサギが飛び出してきた。すぐにそのまま反対側の藪へと逃げていった。森の中から小鳥の声も聞こえて来る。


 普通アンデッドの居る森はこうはならない。アンデッドは生者の気配に敏感だ。そして、それらを追い立てる。結果、生物の居ない死の森になってしまう事が良くある。きっとこの森は原生林が深すぎてゾンビが移動するには厳しい環境なのだろう。それなのにこの森の中にもゾンビが彷徨っている。きっと意図的に誰かがそうさせているのだ。


 道の先に黒い影が蠢いているのが見えた。ゴブリンゾンビだ。俺は剣を抜いた。身体強化を掛けて一気に近づきその頭上に剣を叩き落とした。頭を縦に割られたゴブリンゾンビが崩れ落ちる。


 うん、ゴブリンゾンビなら剣でも問題なく倒せるようだ。これで、大分魔力の節約ができる。俺たちは先へと進んだ。


 それから二匹のゴブリンゾンビを始末した。太陽が少し傾き始めている。時刻的にはすでに三時半といったところだろう。しかし、木々の隙間から見える向かいの山はまだ遠い。

 先程からオルトは押し黙ったままだ。その表情には疲れが見える。俺は歩みを緩めた。

 このままでは、日暮れの時刻までに森を抜けるのは難しいかもしれない。


 おや? 木々の隙間から何かが見えた。


「先に何か見えた、そこまで行って少し休憩しよう」

「はい……」


 俺たちは少しだけ歩調を速め道を急いだ。小道を歩いていると突如、森の開けたところへ出た。


 かなり広い範囲で森が切り開かれ草原になっている。その草原の片隅に石壁に囲われた高さ十メートルほどの石の塔が建っているのが見えた。


「何だあれ?」

「あれは……。もしかすると東部戦役のときの砦かもしれません」

「東部戦役?」

「はい、約三十年前に帝国が滅びた際に……」

「ちょっと待て! 帝国ってタウレウス帝国の事だよな。滅んじゃったの」


 タウレウス帝国はこのイスタニア王国の東に位置する大国だった。多種の民族を有し強大な軍事力を誇っていた。


「はい、何代目かの皇帝が死去した際に後継者争いが起きて国が分裂したんです」

「あー、まあ、らしいといえばらしいかな……。それで?」

「その際に新しく出来たクローディア共和国に東部の一部の諸侯が迎合しようとして反乱をおこしたんです。その時に東部のいたるところに砦が築かれたので、その遺跡ではないかと」

「ふーん、クローディア共和国ね……。まあ、ちょっと様子を見に行ってみようか」

「はい」


 壁の高さは四メートル程。かなり急ごしらえで建造されたのだろう。壁も塔もレンガではなくその辺の石を集めセメントで固めた造りになっている。砦というより日本で言えば山城と呼んだ方がしっくりとくる。

 正面は大きな木製の門になっている。随分と古びているが元がしっかりと作られていたせいか門として十分機能しているようだ。俺は両手でその門を押してみた。


 ギギギっと錆び付いた音を響かせて門は開いた。


 中は結構な広さがある。崩れかけた木造の建物。壁に沿ってやぐらが組まれ中から矢が放てる足場になっている。右手の奥に石造りの塔が建っている。

 砦が放置された後も野営場所として使われていたのだろう、周囲に比較的新しい焚火の跡がいくつも残っている。中にはゾンビの姿は見当たらないようだ。


「何があるか分からないから気を付けろ」

「はい」


 俺は砦の中へと入り門を閉じた。剣を抜き慎重に辺りを見回しながら塔の方へ向かって歩いた。


 何の問題も無ければここで今晩の野営をするのも良いかもしれないと思ったが、やはりどうにも様子がおかしい……。俺はこの草原に入ってから一度もゾンビを見ていない。頻度でいえばニ、三匹はいてもおかしくないはずなのに。


 俺は塔を見上げた。直径約七メートル、高さ約十メートルの円柱状。入り口には鉄の扉が設置されている。


 俺は扉の取っ手に手を掛けた。どうやらレバーを下げて押せば開く仕組みのようだ。俺は剣を構えたままレバーを下げて扉を押して後ろに跳んだ。


「ひぃ!」


 オルトは小さく悲鳴を上げたが、別に何かが出てくる様子は無い。


 入り口から中を覗いた。

 室内に物はあまりない。壊されたテーブルに木樽。中心に照明を釣るしてあっただろう鎖がぶら下がっている。よく見ると塔の外周に沿うように螺旋階段が付いていた。


 俺は注意しながら塔の中へと踏み込んだ。三十年放置されていたにしては傷みは少ない。住もうと思えば人が住むことだって出来るだろう。俺は螺旋階段を上り始めた。オルトもしっかりすぐ後ろについて来る。

 二週ほど回り屋上へ出た。中央に篝火を焚くための石の台が設置されている。それ以外はなにも見当たらない。


 周囲の森が一望できる。すでに日が傾き始めている。


「今日はここで野営しよう」

「はい……」


 オルトが力なく返事を返す。


「どうした?」

「いえ、少し薄気味悪い所だなと思ったので……」


 確かにそうだ。俺も先程から感じている。ここには何かがある……。


「でも、森の中でゾンビに囲まれて一夜を明かすよりマシだろ」

「はい……」

「俺はちょっと周りで薪を集めて来る。トイレは先に済ませておけよ」

「はい……え? はい……」


 それから俺は塔の周囲で木材を集め焚火の準備をした。オルトもトイレを済ませて戻ってきたようだ。


「それは何ですか」

「矢だ。下の柱に刺さってた」

「どうしてそんなものを持ってきたんです」

「いや、ちょっと調べてみようと思ってな。ほら、この矢どこも痛んでないだろ。比較的新しいものだ」

「はあ」

「これがあると言う事は誰かがここで何かと争ったという事だ」

「でも、何かって何です」

「さあ、まだ分からない」

「はあ、そうですか」


 通常ゾンビ相手に矢は使わない。この世界の人間なら矢が致命傷にならない事を知っている。では何と戦ったのか……。


「オルト、日のあるうちに少し眠っておけ。少しでも体力と魔力を回復させておけ」

「はい」

「もしかすると長い夜になるかもしれないからな」

「長い夜……はい」


 オルトはそのまま床に寝転がった。俺も壁に寄りかかり目を瞑った。

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