第16話『塔での野営』


 目を開けると西の空が夕焼けに染まっていた。休んだおかげで魔力も少し回復している。俺は剣を抜いて木材を削り道具屋で買ってきた火打石で火をつけた。

 オルトはよほど疲れていたのかマントに包まり眠ったままである。俺は砦の周囲を見回した。これといった異変は特にない。取り越し苦労だったのか? それともまだ時刻が早いせいだろうか? 俺はもう一度壁に寄りかかり真っ赤に染まっていく空を見つめた。


「んんん……ふぁ~」


 日も落ちて星が瞬き始めた頃になってようやくオルトは目覚めた。慌てて服の乱れを確認して「乱れてない……」と呟いて大きくため息をついている。何もしてないよ。


「オルト、魔力は回復できたか」

「いいえ、まだ全然気だるいです」

「そうか……」


 魔力を失った感覚は倦怠感によく似ている。急激に失えば意識を失うし、量が減ってくれば意識が朦朧としてくるのだ。


「朝までは時間があるからしっかり回復させておけ」

「はい」


 オルトとは再びその場へ横になった。そのままの姿勢で聞いて来る。


「ナオヤ様はどうやってアビゲイトへ行くつもりなのですか」

「今、クローディア共和国との関係はどうなんだ」

「え? クローディア共和国ですか……多分、最悪です」

「通商も無いのか」

「無いです」

「だったら東の太陽神殿にはどうやって巡礼してるんだ」

「今は行われてないはずです」

「そうか……」


 魔族の国アビゲイトはこのイスタニア王国の南に位置する場所にある。そしてそこに向かう方法は二つある。一つは王国を南に出て黒の森を経由してアビゲイトへ行くルート。もう一つはタウレウス帝国の東から海路でアビゲイトへ行くルートである。そして太陽神殿はタウレウス帝国の東端にあったのだ。しかし、タウレウス帝国の後継であるクローディア共和国との通商が無いとなると国境越えは難しいのかもしれない。

 だとすると、残されたルートは南へ向かい黒の森を抜けるしかない。


「だったら、南へ下って黒の森を進むしかないな」

「ブランドル辺境伯領ですか」

「いや、あそこはな……」


 正直言えばブランドル辺境伯領には良い思い出がまるでない。魔族殲滅派の拠点であったブランドル辺境伯領は先の魔族大戦で他の領主たちが次々と降伏していく中、最後まで徹底抗戦を行った。その結果、強力な魔族の軍隊を相手に多くの領兵を失い、最後には女子供にまで武器を持たせて突撃させたのだ。俺はその光景を知っている。今でも目に焼き付いて忘れることが出来ない。


「……シャルディスク領を通って黒の森に入ろうと思う」

「え?」

「ん?」


 俺は何か変な事を言っただろうか?


「ああ、シャルディスクですか。あそこは現在セイン領になってますよ」

「セイン領……? ま、まさか……」

「ええ、初代領主は槍の勇者様のコルトバンニ・セイン子爵様です」


 あの野郎、俺の功績で出世しやがったな!


 コルトバンニは北方の騎士爵セイン家の三男坊で、彼の家の治めていた領地は二十軒ばかりの小さな開拓村だったそうである。年齢は俺より一つか二つ上。見た目は金髪クールなイケメンなのだが苦労してきたせいか特に気取ったところも無く話しやすい性格だった。当時は王都騎士団に所属しており王女の護衛兼お目付け役としてパーティーに所属していた。パーティー内で男性は俺とコルトだけだったのでいつも自然に話をしていた。まあ、出世しても別に良いんだけどな。

 それにしても子爵か……。ハーレムは無事作れたのだろうか? 気になる。



 気が付くと辺りはすっかりと暗くなっていた。流石に無領地帯の森である。周囲にはこの焚火以外に明かりは無く空には星が輝いている。その中でひときわ明るく輝く星がこの世界の月だそうである。

 俺は背負い袋から干し肉を取り出し齧り付いた。


「あの、これも食べますか」


 いつの間にか起きていたオルトが小瓶を差し出した。


「ん? それは?」

「道具屋でこっそり買っておきました」

「あっそ。あんがと」


 別に言ってくれれば普通に買ったのに……。俺は小瓶の蓋を開いた。これは以前にも見たことがある。麦糖のキャンディーだ。俺は一つを手に取り口へと放り込んだ。優しい甘みが口へと広がる。やはり疲れた時には甘味が大事だな。


 俺も背負い袋を枕にしてその場で横になった。今まで忘れていた疲れがどっと出て来る。

 ちなみに塔の中には変なところは無いか入念に確認済みだ。入り口の鉄扉もつっかえ棒をして押しても開かないようにしてある。


「ごめんオルト、少し眠る。何かあったらすぐ起こしてくれ……」

「はい、わかりました」


 俺は目を瞑った――。



「起きてください、ナオヤ様」

「んん……」


 どれくらい寝ていたのだろう。疲れは大分取れたようだ。


「どうした?」

「何かの声が聞こえました」

「声?」

「はい、人の声のようでした」

「?」


 俺はすぐさま起き上がり、塔の周囲を確認した。

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