第17話『深夜の襲撃』


 俺は塔の周囲を確認した。下の暗がりに何か居る。


「なあ、オルト。お前は門の開く音を聞いたか」

「いいえ聞いてません」

「そっか……。おい! そこに誰かいるのか!」


 俺は暗がりに向けて声を掛けた。


「はい……、ここです。助けてください」


 下の暗がりからか細く男性の声が聞こえる。俺は焚火の中で燃えている薪を掴み下へ放り投げた。

 炎で照らしだされた地面に痩せた男が立っている。やれやれだ……。


「よし、ちょっと行ってくる。オルトはここで待っていろ」

「嫌ですよ。怖いじゃないですか。付いていきます」

「まあ、いいけど。必ず俺の後ろにいろよ。そして、何があっても絶対に邪魔をするなよ」

「はい、わかりました」


 俺たちは螺旋階段を下った。


 つっかえ棒を外し鉄扉を開いた。外に立っていたのはボロボロになった茶色のチュニックを着て腰にサーベルを下げた背の高い優男だった。


「や、やあ、いきなり森で魔物に襲われてね、困ってたんだよ。良かったら助けてくれないか」


 男は優しい笑顔を浮かべて語りかけてきた。


「聖なる光をもってこの者の穢れを払い清めよ。浄化!」

「えーー?」


 俺はあいさつ代わりに浄化の魔法を唱えた。後ろでオルトが驚きの声を上げる。


「ちょ、ちょっとナオヤ様いきなり何をしてるんですか!」

「何って? 見てみろよ」


 男は顔を押さえて地面を転がりまわっている。


「え? これは……」

「こいつはアンデッドだよ。レヴェナントだ」

「レヴェナント?」

「コープスの変異したもので知能があって人と見分けのつかないアンデッドだ」

「……」


「うおー、よくも、よくもやってくれたな……。絶対に、絶対に許さんぞぉぉぉ!」


 男は地面から起き上がり腰のサーベルを抜いた。頭からはまだ煙が少し上がっている。


「破壊魔法!」


 魔法によって頭部を失った男が倒れていく。


「さて、寝直すか」


 そう言って俺は扉を閉めてつっかえ棒を掛け直した。オルトは呆然としてその光景を眺めていた。



「今のはどういうことですか!」


 塔の屋上に戻った俺にオルトが詰め寄ってきた。


「どうって……。アンデッドが襲い掛かってきたから撃退しただけじゃないか」

「いえ、そうではなくて。最初から知ってたんですか」

「ああ、まあ、ほら魔族と戦った時に向こうにもネクロマンサーがいたからさ、大体の予想はついていたな」

「そんな……。でも、いきなり魔法を放つなんて……」

「いや、だから先に浄化して確認したろ」

「でも、でも、話が出来るんだったら話し合いで……」

「無理だな。話は出来るがあれはアンデッドだ。話し合いにはならない。向こうから見れば人間はただの餌だよ。おびき寄せるために話しかけているだけだ」

「そんな……」


 俺は背負い袋を枕にして横になった。まあ、いきなりで納得できないのは仕方ない。俺も最初に戦った時は戸惑った。そして結果的に判断したのだ。もう、こいつらは消滅させるしかないと……。

 それに、あいつの手慣れた様子を見てわかった。すでにこれまでに何人があいつの犠牲になったことか……。


「朝までしっかり体を休めておけよ」

「はい……」



 それから俺たちは交代で眠り何事も無く朝を迎えた。

 東の山から太陽が顔を出す。差し込む陽射しが温かい。二人で干し肉の残りを食べ出発の準備をした。


「ナオヤさん、大変です!」

「ん? どうした」


 敬称が〝様〟から〝さん〟になっているが別に気にはならない。むしろその方が気兼ねしなくてよいだろう。


「昨晩の死体が見当たりません!」


 俺は塔の上から下を覗いた。

 入り口の前には昨晩のレヴェナントの死体は無く茶色い砂が積もっているのが見えた。


「ああ、あれは問題ない。下に行って見てみよう」


 俺たちは螺旋階段を降り鉄扉を開いた。

 俺はその場に落ちていたサーベルで砂山を突いた。


「それ何ですか」

「レヴェナントの体は魔力で保持されているんだ。だから体を修復する事も出来るし不死なんだ。だけどこうやって呪い自体を解除してしまえばこうなる」

「え? それじゃこの砂は……」

「昨晩のあいつのなれの果てだ」

「うぇ……」

「あ、あった」


 俺は砂の中からピンポン玉程度の濃い黄色の石を拾い上げた。


「それ何ですか」

「これが魔核だよ。変異した魔物が作り出す魔力の塊だ」

「ほう、これが……」

「よし、もうここには用は無い行こうか」

「はい」


 こうして俺たちは草原の砦を後にした。


 草原を離れ森の小道を進んだ。途中にあった小川で顔を洗い体を拭いた。それから歩くこと二時間余り……。ついに森を出る事に成功した。


「ようやく森から出れたな」

「ゾンビいませんでしたね」

「恐らくこの辺は砦に居た奴の縄張りだったんだろう」

「あれがここの親玉だったんですか」

「いや、違うな。多分ここを造った術者は他に居る」

「どうしてそう言えるのですか」

「うん、まあ、もう少し先に行ってみよう。多分そこに答えがある」

「はあ……」


 俺たちは再度峠を上る山道へと差し掛かった。そして、それは山を登り始めてすぐに見えてきた。やっぱりあったか……。


「あれはネフューム様の神殿ですね。どうしてこんなところに?」


 特徴的な石積みの円形の建物。昨日見たのと同じものが人気のないここにも建っている。


「恐らくあれが結界の役目を果たしてアンデッドをこの森に閉じ込めてるんだよ」

「それはどういう事ですか」

「多分、ここはネクロマンサーが造るサンクチュアリと呼ばれるものだ」

「サンクチュアリ? ですか」

「ああ、アンデッドを一か所に閉じ込めて共食いさせたり餌を与えてより強いアンデッドを作る儀式の事だ」

「え? いやいやいやいや、さすがにそんな事ある訳ないじゃないですか! そんなの国が黙ってないですよ。すぐに国軍が派遣されますよ」

「この神殿を建てたのは誰だ。ここを通行止めにしてるのは誰だ」

「ま、まさか国が……」

「まあ、アンデッドは呪いを掛けた主には逆らえないからな。いい兵隊になる」

「まさか、そんな……」


 オルトは呆然としながらそう呟いた。


 これもゼルタニスの仕業か……。一体この国はどうなっているのだ。

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