第18話『水の都オストル』


 それから俺たちは何事も無く山を越えた。沢で水を汲みそれを飲みながら山道を下る。しばらく歩いていると立ち入り禁止の立て札の置かれたゲートがあった。それを乗り越え歩いていると別の町からオストルへと続く街道に合流した。草原の中を突っ切る馬車が対向できるほどの広い道。

 道は緩やかな上りになった。小高い丘の頂上へと続いている。この丘を登りければ東の交易都市、麗しの水の都オストルが見えて来る――。


「あれ?」

「どうしました?」

「前に来た時は白い壁に青い屋根の街並みが非常に美しい街だったのに……」


 なんかこう全体的に茶色い街になっている。そして街のあちこちに広いグランドが設置されている。


「そうだったんですね。例の東部戦役以降この街はイスタニア王家の直轄地になり国軍の最重要監視地になったんですよ」


 という事はあのグランドは軍の施設なのだろう。以前は東に流れる大河マルソンから引かれた運河が街中に張り巡らされ、優雅に帆船の浮かぶ美しい街だったのに、今では見る影もない。


 茶色いレンガで建てられた大きな建物が立ち並び、煙突から煙が吐き出されている。交易都市としての機能はそのままなのか川には大きな外輪を左右に付けた蒸気船が浮かんでいるのが見える。


 うーん、一日で変わり過ぎだろ。これでは産業革命時のどこぞの魔都みたいだ……。


 俺たちは丘を下りオストルの街へと歩み出した。



 街の周囲は簡素な木製の柵で囲われていた。門の前には黒い軍服に鉄兜をかぶり腰にサーベルを下げた兵士が立っていたが特に検問のような物は無く通ることが出来た。


 門から街の中心に続く道にはひっきりなしに馬車が往来している。そして……。


「あれは魔動車じゃないか!」


 魔動車とは魔核を用いた魔道具の一種で魔力によって動く車の事である。形としては馬のない箱馬車といった感じだ。


「ええ、そうですよ。見た事ないのですか」

「いや、アビゲイトでさんざん見たよ。どうしてこの街で走ってる」

「魔核の加工はまだ輸入品でしょうけど他のパーツはこの街でも作ってるんですよ」

「そうなのか……。でも魔力はどうしてるんだ」

「あれを買えるのも乗るのも貴族の人だけですよ。どうにでもなります。ちなみに私は北の領地に居た時に運転させられていたので乗ることが出来ます」

「ふーん」


 そう言ってオルトは無い胸を張った。そういえばこいつは聖女に選ばれるほど魔力量が多いのだった。きっとガソリンの代わりに魔動車に魔力を注ぐ仕事をしていたのだろう。ちょっと悲しい気持ちになってきた。

 それにしても流石に百年経ってるという事か……。以前は中世レベルだったものが一気に文明が進んでしまった感がある。


「あのー、お腹すきました。とっととごはん食べに行きましょう」

「ああ、そうだな」


 時刻はもうお昼を過ぎている。俺たちは町の中心部へ向けて進んだ。



 街の中心は水路に囲まれた領主の館がまだ残っていた。その水路の周辺には露天市が立ち、多くの人で賑わっていた。昔と違うのは黒い軍服が多い事だろうか。いや、やはり前と比べると市の規模も人数も半分くらいに減っている。


「あれです! あれが食べたいです!」


 オルトが興奮して指をさす先にあったのはこの国でよく見かけるホットドッグの屋台だった。


「はいはい、おいちゃん二つくれ」

「あいよー」


 この国では挟みパンと呼ばれ、お店ごとに挟んでいる具材が違ったりするが、メインはやはり長いソーセージの場合が多い。日本と違い柔らかいコッペパンではなくやや硬めでハーフサイズのフランスパンみたいなのに挟さまっている。レタスを敷いて刻んだ野菜を煮込んで作ったソースをかけて頂くのだ。

 水路沿いのベンチに腰かけて頂く。プチプチと弾けるソーセージ、僅かに酸味のある甘辛ソース。うん、美味い。あっという間に食べ終わった。オルトはまだハムハム言って食べている。


「食べ終わったら買取屋を探しに行くぞ」

「先程、広場の端にありましたよ、はむ」

「何?」

「鳥を逆さに吊るした看板です」

「あっそ、食べ終わったらそこに行くぞ」

「はい、はむはむ……」


 遅い昼食を終えた俺たちは買取屋に向かった。


 確かに鴨が逆さに吊るされている看板だ。建物のサイズは結構大きい。ちょっとしたオフィスビルくらいはありそうなレンガ造り三階建ての立派な建物だ。


 これが狩猟組合……。英語風に言えばハンターズギルド。某有名ゲームを思い出す名前だが、オルトによればどうやら母体は国などの組織ではなく商業組合のようである。特定の魔物に対しての狩猟依頼も出されることもあるが、基本は魔物の素材の買取がメインのようだ。素材を買い取り保管し適正価格で販売をする。地球で言えばごく当たり前の流通の考えだが以前のこの国にはそれが無かった。なので産地では価格が暴落して買取を拒否、本当に必要とされている場所に素材が届かないという話はよくあった。恐らくそれらを解消する目的で作られた組織なのだろう。

 あの頃に比べれば色々なところで時代が進んでいる。


 俺は両開きの扉を手で押し開けた。

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