第19話『狩猟組合の買取所』


 俺は狩猟組合の買取所の扉を開けた。


 ――うーん、思ってたのと違う……。


 正直いえば狩猟組合の事を聞いた時に真っ先に思い浮かんだのは小説などに登場する冒険者ギルドの事だった。

 荒くれどもの集まる喧騒に満ちた酒場。依頼書の貼りだされた大きなボード。若くて美人の受付嬢……。


 しかし、目の前に広がっている光景はそうではない。長いカウンターに職員が並び、その背後には大きな棚が何列にも並んで設置されている。棚の間を職員が忙しなげに歩き回るさまは、どこぞの運送会社の倉庫を思わせる。飲んだくれている親父はどこにもいない。実に事務的な雰囲気だ。


 あっ、ボードはあった。買取価格の一覧と共に狩猟依頼の紙が張り出されている。


 〝至急! レッドボアの肉〟とか〝ドードー鳥三羽求む〟に交じって〝オーク討伐〟とか〝村にゴブリンが出没〟の見出しも見える。ここだけはちょっと冒険者ギルドぽい。でも、全体的な雰囲気を合わせると……これ職安だな。


 カウンターの右の方に買取の札が掲げてある。端の方へ黒髪三十代くらいのセクシー系お姉さんが座っているのが見えた。俺たちはそこへ向かった。


「あの、魔核の買取をお願いしたいのですが」

「はい、魔核ですか。では、こちらに」


 そう言ってお姉さんは俺たちを奥の商談ブースへと案内した。


「これなんですけど」


 俺は親指の先程の半透明の青い石をテーブルに置いた。


「これは、二階位のものですね……」


 魔核を見たお姉さんは一瞬眉を顰め真剣な表情を作った。


 魔物は変異することで体の中に魔核を持つようになる。そして変異した魔物は強くなる。一度変異したものは一階位。一階位の魔物であれば熟練のハンターが個人で仕留める事はままあることだろう。しかし、二階位の魔物の討伐は通常、五人程度の熟練ハンターのパーティーが推奨される。三階位の魔物ともなれば普通に魔法やブレスを放つため軍隊の出動案件となる。


 お姉さんは魔核を手に取りルーペを当てて確認を始めた。次にはかりで重さをはかる。


 魔核の価格はサイズと色で決まる。サイズが大きいほどため込む魔力量が大きくなり、色で放出する魔法の系統と属性が決まる。俺の渡したアラクネから取り出した魔核は、サイズこそまだ小さいが水属性で放出量の多い事を示す濃い色をしている。魔道具の素材としてもかなり汎用性の高い代物だ。


「これ、使用した形跡がありませんね。ハンターカードはお持ちですか」

「いいえ、無いと駄目ですか」

「いえ、買取だけでしたら問題ありません。でしたら金貨一枚と小金貨一枚、それに銀貨五枚でどうでしょう」

「うむ……」


 と答えたものの正直言えば魔核の相場を俺は知らない。以前の時、この国ではまだ魔道具の開発は進んでおらず、魔核もほとんどの場合研究用や好事家のコレクション用だったので価格はいつも交渉次第だったのだ。金貨一枚、小金貨一枚、銀貨五枚――銀貨に直せば百十五枚。日本円だと十万位。まあ、いいのではなかろうか。


「わかりましたそれでお願いします」

「お支払いは振り込みで、それとも現金ですか」

「現金でお願いします」

「でしたら、こちらの用紙にサインをお願いします」


 用紙にはこの品が盗品でないこと、もし不良品であった場合などの注意事項が書かれていた。俺は一応最後まで読みこの国の文字で〝アマチ〟とサインした。


「では、すぐにお金を用意します。しばらくここでお待ちください」


 こう言ってお姉さんは商談ブースを離れカウンターの裏へと向かって行った。


「あのー、もう一つの魔核は売らないのですか」


 黙って隣に座っていたオルトが話しかけて来る。


「ああ、足が付くかもしれないからここでは売らない」

「そうですか」


 山向こうの話だが、流石にここでは近すぎる。恐らくあのサンクチュアリには国が係わっている。だとすると王国の直轄領になっているこのオストルであのレヴェナントの魔核を処分するのは危険だと判断したのだ。魔核の色は魔物の種類によって決まっている。ここで売れば俺はあそこでレヴェナントを倒したことはすぐにばれてしまうだろう……。ここで売りに出して、いきなり衛兵に囲まれでもしたら目も当てられない。


 お姉さんがトレーにお金を乗せて持ってきた。俺は金額を確認しながらポケットへと収めた。


「またのご来店をお待ちしています」


 そう言って見送るお姉さんを後にして俺たちは買取所を出た。


「さて、お金も工面できたし、今晩の宿を探しに行くか」

「はい」


 俺たちはオストルの街の東側、大河マルソンにある波止場へ向かった。

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