第20話『川海老亭』
――このオストルの街はイスタニア王国を南北に貫く大河マルソンの中流域に位置する交通の要所として栄えた街である。古くは東の国々との交易の中心都市として、現在は王国の守備の要として役目を担っている。―― そう波止場に置かれた石碑に書いてある。
穏やかな流れのマルソン川。外輪を付けた大型船や貨物輸送の帆船が浮かんでいる。ここの川幅は一キロ以上もあり今は対岸が霞んで見ることが出来ない。以前はここの対岸に東オストルの街があり、そこから帝国への商隊や太陽神殿への巡礼が出ていたのだが、現在、国境は閉鎖され対岸にあるのは要塞だけであるらしい。対岸に渡る船は日に四往復あるが国軍の許可を得ないと乗船できないようだ。
俺たちは船着き場の乗船所で明日の南行き便の時刻を確認してから近くで宿を探した。港を出てすぐに行商人が使う安宿を見つけた。木造三階建ての簡素な建物。ホテルと呼ぶよりは旅館といった面持ちだ。ベッドと魚の絵の看板が掲げられている。店名は川海老亭のようだ。
「なあ、オルト。ここでいいか」
「私は美味しい食事ができるとこならどこでもよいです」
「港の近くだしきっと魚料理だろうな」
「あまり食べた事ありませんけど美味しいならOKです」
この国では魚料理はあまり食べられない。特に内陸へ行くと魚は干物か燻製でしか味わえない。前の時も確かまともな魚料理を食べたのはこのオストルの街が最初だったと思う。俺たちは宿の扉を開けた。
「すみません、今晩の宿と食事をお願いしたのですが」
俺は受付に居た二十代くらいの若旦那らしき人物に話しかけた。
「へい、らっしゃい。お二人でお泊りで」
「ええ、そうです」
「二人部屋朝夕二食付きで銀貨八枚だよ」
「夕食は何です」
「今日は鎧魚だね」
「では、それでお願いします」
「へい」
鎧魚は前に食べた事がある。確かチョウザメに似た魚だった。俺はお金を支払い部屋へと案内された。部屋は三階の大河が見渡せる見晴らしの良い部屋にしてもらった。夕食にはまだ時間があると言う事でオルトと二人で街をぶらつくことにした。
宿を出てすぐの道端に魔動車が止まっていた。俺は運転台の下を覗き込んだ。
構造は以前アビゲイトで見たものと同じようだ。魔力を蓄えた蓄魔機で水の魔石を使い水を生成し、火の魔石でボイラーを温める方式の魔動蒸気機関である。実はこのタイプの魔動車は常にボイラーの温度や蒸気圧を気にしながら運転しなくてはいけないのでそんなに速度は出せない。通常だと時速二十キロ。全速力でも三十キロが関の山だろう。短距離であれば馬の方が断然早い。メンテナンスも考えれば馬車と比べてもメリットは少ない。やはり一種のステータス的な意味合いがあるのだろう。
魔動車が〝シューーー!〟と蒸気の音を立てて走り出した。ピカピカに磨かれた真鍮製のピストンがポスポスと音を発して車輪を回す。車輪が石畳の上をゴロゴロと走り出す。徐々に速度を上げながら彼方へと去っていった。
「いいなー、あれ」
所々に配置された真鍮製のパーツがスチームパンクしていてかっこいい。一台ほしい。
「私が北の領地で乗っていた魔動車は随分と古い中古車でしたけど金貨三十枚だったそうですよ」
「うげ」
日本円にして約三百万円。やはりおいそれと庶民が手を出してよい代物ではないようだ。
「行こうか」
「はい」
それからもう一度街の中心部へと戻ってきた。日も暮れかかり屋台は軒並み店じまいの準備をしている。それらを尻目に港へ行く途中で見かけた衣料品店に向かった。衣料品といっても服飾のみならず寝具やマットの取り扱いもある。さらに古着のコーナーも設置されている。
「オルト、旅装に向いた服とズボンを二、三着選べ」
「え? このままでは駄目ですか」
「流石にその神官服では目立ちすぎるんだよ」
「そうですか……」
「どうした」
「いえ、これを脱ぐと私、聖女としての威厳が無くなるので……」
「それは治癒魔法一つ使えないお前が悪い」
「そんな事言われても、私、魔法は習ってませんし……」
「まっ、半分冗談だ。魔法は今度教えてやる。今は逃亡者なんだから大人しい恰好してろ」
「はい」
俺は古着コーナーへ行きこの国の一般的な麻のシャツに革ベスト、茶色のサスペンダー付きズボンを選んだ。
オルトの方は……。ズボンと言ったのがまずかったのか、黒のダブダブズボンにひだの付いたシャツ、金糸の入った黒ベスト……まるで中世の少年従者のようになっている。目立たないから、まあいいか。
その他数点を選び買い込んだ。ついでに店主に聞いておく。
「すみませんこの辺りで行商人の集まる酒場はどこですか」
「ああ、それなら港の方にある〝カモメ屋〟かな。あそこなら行商人が多く集まってるよ」
「そうですか、ありがとうございます。後で行って見ます」
この国において方々を旅する行商人の話は貴重な情報源である。特に今回は国から直接情報を得ることが出来ない。ここらで一旦正確な情報を掴んでおきたいのだ。
「よし、宿に夕食食べに帰るか」
「はい!」
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