第21話『情報収集』


 川海老亭に戻ってきた俺たちはそのまま宿の食堂の席に着いた。

 客は俺たち以外は二組だけのようだ。料理が次々と運ばれてくる。


 主食は重たいパン。ベーグルみたいに中身がぎっちり詰まっていて僅かな酸味と塩味がある。レタスのサラダにコンソメスープが付いている。メインディッシュは鎧魚のムニエルぽい料理である。小麦粉を付けて蒸し焼きにされた白身の切り身にバターと甘酸っぱいソースをかけて頂く。大きなソーセージとジャガイモの蒸し焼きも添えてある。


 オルトは先にお祈りを済ませすでに食べ始めている。俺はノンアルコールのビールを頼み食べ始めた。


 鎧魚は以前に港で水揚げしてるのを見たことがある。サメによく似た魚影で大きいものだと体長二メートルを超える淡水魚である。肉質はしまりの良い白身で味はサケによく似ている。バターのコクとソースの酸味がよくあっている。それを華やかな香りのビールで押し流す。うん、美味い。


 オルトは脇目も振らずガツガツと食べている。


「よく味わって食えよ」

「味わってますよ。でも、魔法を使うとお腹が空くのです」

「そうか」


 そういえば今日も身体強化を使って歩いていたから忘れていたが結構な距離を歩いている。まだ慣れていないオルトはその分消費量も多かったのだろう。魔力を消費する分には使わないが回復する時に生命力と言われるものが必要になってくる。この生命力を支えているのが睡眠と食事なのだそうだ。お腹が空くのもあながち間違ってはいない。


 俺は早々に食事を終え大麦のコーヒーを注文した。オルトはパンをお替りしてまだ食べている。まだ食べるのか? これではただの食いしん坊キャラだ。


「なあ、俺はこの後、カモメ屋に情報収集に行ってくる。お前は先に部屋で寝てろ」

「えー、私も行きたいです」

「駄目だ、行くのは酒場だ」

「大丈夫ですよ私、もう成人してますから」


 忘れてた……。この国では十歳で成人なのだった。大抵の子供はその歳から職場に行って徒弟として働くのがこの国の常識なのである。だが……。


「駄目だ。俺たちは追われているんだ。何があるか分からないから先に部屋で寝てろ」

「えー。はい……」


 もちろん適当である。正直言えば若い女を連れて酒場に行くと色々と面倒臭い事が起こるからである。

 この国の酒場は大人の社交場にして男女の出会いの場でもある、ととあるイケメンに教えてもらったことがある。まあ、ぶっちゃけコルトバンニの奴なのだが……。奴の言動を見ていた限りオルトを酒場に連れていく気にはなれない。知らぬ間にどこかの誰かにお持ち帰りされる未来しか見えてこない。このポンコツ聖女。


 それから俺は一人、洗い場で体を簡単に洗い件のカモメ屋へと向かった。



 どうやらこの店は港か街が経営する公共酒場のようだ。ランプの炎に照らされたダダ広い店内に沢山の空き樽が置かれ、皆それを囲んでビールを飲んでいる。その周りにはいくつものお店が出店していてお客はイートイン形式で自分の好きな物を買い飲んだり食べたりするようだ。


「ほえ~、広い店内ですね。初めて見ました」

「何でお前が居るんだよ。オルト」

「こっそり付いてきました」

「なっ……お前な……」


 オルトは先程買ってきた少年従者風の衣装に着替えている。胸も無いので本当に少年従者にしか見えないが、これはこれで別のトラブル引き起こす気がする。


「俺は情報取集してるから、お前は隅っこで大人しくしてろよ」

「はーい」


 そう言ってから俺はお店に向かいビールと鳥串を購入して、一見して旅装と分かる腰から袋を下げた行商人たちに声をかけていった。


「これから魔核を売りに黒の森に行きたいのですが、南の状況はどうですか――」

「ああ、ブランドルに行くつもりならよした方が良いな。なにせ――」


 どうやら魔族との戦争はまだ始まったばかりで、戦闘はブランドル辺境伯領を中心として局所的に起こっているにすぎないようだ。隣のクーデル領は厳戒態勢だが、その隣のセイン領は未だ静観を続けている様子だ。


 領地ごとに対応が違うのはこのイスタニア王国においてはよくある事だ。各領地はそれぞれ貴族が自治権を持って収めている。税さえ支払っていれば国王といえども統治自体に口をはさむことは出来ない。ましてや戦争ともなればそれなりの恩賞をちらつかせないと動く領地は少ない。

 それに今回の戦争はやはりどこかおかしい感じがする……。人間対魔族の戦いや魔王を倒せといった言葉も聞こえてこない。戦争の始まった経緯を知っている人もいない。いつの間にか戦争が始まり戦火が広がりつつあるらしい。皆、何か不穏な空気を感じているのが伺える。


 そして、どうやらアビゲイトへ向かうにはセイン領から黒の森へ入るのが正解であると分かった。黒の森へ入り魔道具の制作で有名な森人(もりびと)に会いに行く。ちなみにこの森人というのはこの世界でいうエルフのことである。金髪長身イケメンで耳はそんなに長くない。精霊種と呼ばれる種族の一つで魔法に長けており魔力の流れを直接感じ取ることが出来る。繊細な細工が得意で魔道具に使われる魔核の加工は彼らの得意分野なのだ。


 さて、とりあえずの情報も集まったし帰るとするか……。


「ん?」


 オルトが見当たらない。いや、居た!


 明らかに娼婦と思しき女性たち取り囲まれている。取り囲まれて抱きつかれて体中をあちこち触られアワアワしている。ほら、やっぱり……。この国の女性はイケメン騎士と美少年が大好きなのだ。


「あっ、ナオヤさん助けてください!」


 俺を見つけたオルトがそう声をかけてきた。

 知らん! 面白そうなのでしばらく放置しよう。

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