第14話『無領地帯の森』


「聖なる光をもってこの者の穢れを払い清めよ。浄化!」


 あれからさらに二十匹のゴブリンゾンビを駆除した。まだ峠から一キロと進んでいない。


「これでしばらくは大丈夫そうだ。ちょっと休憩しよう」

「はい」


 時刻的にはお昼を少し過ぎた頃だろう。俺は近くの岩に腰掛けた。魔力には問題ないがこうも頻繁に魔法を使わされると精神的にまいってしまう。俺は背負い袋から干し肉を取り出した。


「オルト、ほら食べておけ」

「よくこんな状況で物を食べられますね」

「戦場帰りの勇者をなめるなよ。こんなシチュエーションなら何度も経験したよ」

「そうですか」


 文句を言いながらもオルトは干し肉を受け取りハムハムと食べ始めた。


「でも、ハンターが通るルートにしてはゾンビの数が多すぎないか」

「恐らくここのゾンビは狩猟対象になってないんですよ」


 水筒の水を飲みながらオルトが答える。


「ん? どういう事だ」

「いえ、狩猟組合が対象に指定していなければ倒してもお金にならないから、皆逃げてるんだと思います。私もゾンビを見たら先ず逃げろと教わりましたから」

「そうなのか、そんなものなのか。いや、でも放っておくと皆が困るだろ」

「それは、ナオヤ様が勇者だからですよ。普通のハンターはお金にならない仕事はしません」

「……」


 確かにそれはあるかもしれない……。俺がこの世界にやって来て一緒にパーティーを組んだのは騎士団の連中と王女率いる勇者パーティーだけだった。どちらも率先して魔物を退治するパーティーだった。そして、お金の心配はあまりしてこなかったのだ。

 宿は無料で泊まれたし、飲食でお金を払ったこともほとんどない。なんならサインをするだけで寄付金を貰えたりしたものだ。あの時、素材を回収していたのは貧乏貴族出身のコルトだけだったしな……。イケメンがこそこそと獲物を解体する姿はそれはそれで微笑ましいものだった。


 そう考えると、これまでの旅は結構恵まれたものだったのかもしれない。まあ、それでも無理やり召喚された訳だから感謝する気は無いが……。



「さて、そろそろ行くか」

「はい」

「夜までにはオストルに着きたいな……。よし、走るぞ!」

「へ? えー! ちょ、ちょっと待ってください」


 俺は駆け足で峠の道を下り始めた。


 道の上の邪魔になるゴブリンゾンビだけを破壊魔法で排除しつつ駆け下りる。オルトも山岳地帯出身らしくしっかりと後についてきている。時折、「待ってくださいー」とか「もう駄目」とか後ろから聞こえるが特に呼吸も乱れた様子も無いので問題ないだろう。一時間としないうちに麓の森に差し掛かった。


「もう走れません……」


 そう言ってオルトが道にへたり込んだ。俺は足を止めた。幸い後を追って来ていたゴブリンゾンビは引き離すことに成功したようだ。ただしオストルの街はこの森を抜け、もう一山越えたところにあるはずである。このままでは森を抜けたところで野営をする羽目になりそうだ。


「オルト、昨日教えた身体強化を使ってみろ」

「え? こうですか」

「身体強化には疲労軽減の効果もあるんだ。使えばまだ歩けるだろ」

「えー、まだ歩くんですか」


 オルトが盛大に顔をしかませた。


「当たり前だ。こんな所で野営なんかしてみろ、ゾンビに囲まれちまうだろ。それにもしかしたらもっとやばい奴もいるかもしれない。せめて森を抜けないと危険だ」

「はい……」


 俺たちは森を抜ける小道へと足を踏み入れた。

 昼なお暗い鬱蒼と茂る木々の合間をまっすぐな道が通っている。この国ではよく見かけた光景だ。このイスタニア王国には魔物がいる。大きな街道であれば巡回兵がいて定期的に魔物の駆除をしているが、こういった街から離れたルートは放置されることも多く、結果、手つかずの森が多く残っているのだ

。そして、その土地を治める領主さえも放置した場所は無領地帯と呼ばれていた。この森もきっとその一つだろう。


 その森の中から茂みをかき分けて何かが近づいて来る音が聞こえてきた。


「オルト、何か来る! 注意しろ!」

「はい」


 小さくうめき声が聞こえる。ガサガサと藪をかき分けて姿を現したのは、人間のゾンビだった。明らかに先程のゴブリンゾンビよりも動きが早い。


「ひぃ!」


 オルトが小さく悲鳴を上げた。


「聖なる光をもってこの者の穢れを払い清めよ。浄化!」


 流石に破壊魔法をいきなり放つ訳に行かないので、正常な人体には影響のない浄化魔法を使用した。上から降り注ぐ光を浴びてゾンビはパタリとその場に倒れた。


「数年前から通行止めと聞いていたからこういう事もあるとは思っていたが……。これは、まずいな。すでにコープスになりかかってる……」

「コ、コープス?」

「ああ、動きが結構早かったろ。コープスはゾンビの変異したものだ」


 この世界のゾンビは肉を食べる事はしない。その代わり噛みつくことで魔力と生命力を吸い尽くし死に至らしめるのだ。そして、ある一定量の魔力を蓄えるとコープスに変異する。動きは普通の人間と同じくらいにまで敏捷になり、触れることで魔力を吸い取るドレインタッチを使うようになる。


「先を急ごう」

「え? この人このままにしておくのですか」

「埋めたりしてる暇はない。もたもたしてると次はお前がこうなるぞ」

「はい……」

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