第13話『ゴブリンゾンビ』


 アレは間違いなくゴブリンだ。肌が黒いのは洞窟の中で暮らす種だからだろう。だがなぜ奴らは墓所にいるのだろう? それに、どことなく動きがぎこちない。


「あれって、ゴブリンですよね。のろのろと動き回ってますけど」

「ああ、そうだな……」


 本来のゴブリンは鬱陶しい程機敏でちょこまかと逃げ回る。だが、こいつらの動きはぎこちない。そして、同じところを行ったり来たりしている。


「まるで、アンデッドのようだな……」

「そうだとしたら、ネフューム様に引き寄せられたのかもしれませんね」

「どういう事だ」

「ネフューム様は死者に安寧をもたらす神ですから」

「成程」


 成仏させてほしくてここにさまよい出たという事か……。だとするとこいつらはやはりゴブリンゾンビと見て間違いないだろう。退治してもまた出て来るという話だったので、もしかすると群れが全てゾンビ化している可能性もある。さて、どうしよう……。


「オルト……」

「嫌です」

「まだ何も言ってない」

「破壊魔法で攻撃しろと言うのですよね。もし、アンデッドで無かったらどうするんですか」

「いや、アンデッドで無くてもゴブリンだから普通に駆除するぞ」

「……」


 オルトは嫌そうな顔をして頬を膨らませた。


「まあ、いいか。お前はさっきので大分魔力を消費してそうだし俺がやる。そこで見てろ」

「はい……」


 俺は剣を左手に持ち替えてゆっくりと建物の陰から出た。途端に五匹のゴブリンゾンビがこちらに気が付きわらわらと寄ってき始めた。俺は右手を前に突き出し魔法名を唱えた。


「破壊魔法!」


 次の瞬間、五体のゴブリンゾンビの上半身が同時に消滅した。思った通り血は全く出てこない。間違いなくこいつらはゾンビ化している。


 もしかして、かつて俺が倒したゴブリンが今頃になって這い出てきたのかとも思ったが、まだ、比較的新しい遺体のようだ。よかった。


「でも、何故こんな所にゾンビが居るんだ?」

「ゴブリンが死んでゾンビになったのではないのですか」

「いや、ゾンビというのは呪いの一種だ。自然発生はしない。確かにゾンビに殺された者はゾンビになるが、それは、殺されたときに呪いが伝播する所為だ。だから、最初の一体は必ず誰かが呪いをかけないといけないはずなんだ」

「そうなんですか……。でも最近では王都の近くの森にもゾンビは出るそうですよ」

「何? どういうことだ」

「私が神殿に居た時も、度々光魔法の使える巫女たちが兵士に連れられて駆除にいってましたよ」

「ふむ」


 それはおかしい。前にこちらの世界に来た時には無かった話だ。そもそもゾンビは光魔法で浄化してしまえば再発生はしないはずだ。それこそ度々というのなら誰かが呪いを掛け直しているとしか考えられない。ゾンビを作るといえばネクロマンサーか吸血鬼の仕業だろうか。


「まあ、いい。先を急ぐか」

「はい」


 俺たちは墓所を後にし峠の道を下り始めた。



「破壊魔法!」


 墓所を離れてすぐに別のゴブリンゾンビが現れた。俺は魔法を放ち撃退した。道の先にももう一体のゴブリンゾンビがフラフラとこちらへ向いて歩いて来る。さらに向こうにも歩いているのが見える。


「おいおい、これは多すぎないか……」


 俺は思わず声を漏らした。

 これは通行止めになる訳だ。通常、ゾンビを駆除するには頭を完全に破壊しなくてはいけない。だが数が多くなると処理しきれなくなる。その他にも聖水を使う方法もあるがこれはかなり高価なので早々使用されることは無い。そうなると残りは光魔法になるる訳だが、この国では魔法はそもそも貴族に秘匿されているので使える人数も少なく依頼をしても簡単には動いてくれない。王都の周辺でも頻発しているのならこんな僻地までは手が回らないという事だろう。

 それに、もし本当にこいつらの群れ全体がゾンビ化しているなら少なくとも百、多ければ千体近くの数がいることになる。兵でも動かさない限りはこの数はちょっと厄介だ。



「聖なる光をもってこの者の穢れを払い清めよ。浄化!」


 ここからは、数が多い場合を想定して魔力消費の少ない光魔法の浄化を使う事にした。天から降り注いでくる光に包まれてゴブリンは糸が切れたようにパタリと地面に倒れた。


 よく見ると山の斜面からも続々とゴブリンゾンビたちがずり落ちて来る。


「これは、集まって来てるな……」

「そ、そうですね……。あっ! そうか、ナオヤ様は光の女神の加護を受けていますからその所為ではないですか」

「いや、それだったらお前も聖女に選ばれるくらい神聖性が高いだろ。その所為じゃないか」

「えー! え? ちょ、ちょっと後ろから押さないでくださいよ。どうしてそんな事をするんですか」

「いや、お前を差し出せば寄ってきて一網打尽に出来るかと思ったんだが」

「私なんか一瞬で食べられてしまいます。囮になりませんよ」

「まあ、冗談はさておき、感覚を覚えるためにとりあえず一匹やっとけ」

「そんなお気楽に言わないでください。先ずは心の準備をですね」

「そんな事言ってる場合じゃないぞ。もう次が来るぞ、早くしろ」

「ふぁい!」

「魔力は最小限にな」

「はい」


 オルトはおずおずと右手を前に突き出した。


「破壊魔法!」


 次の瞬間、右半身を失ったゴブリンゾンビがパタリと倒れた。頭部は残っているが光魔法の効果で呪い自体は吹き飛ばされたようだ。オルトは倒れたゴブリンを見て呆然としている。


 相手はアンデッドとはいえ動いているものを攻撃する事に忌避感があったのかもしれない。仕方ない少しフォローをしておくとしよう。


「なあ、オルト……」

「どうしましょう、ナオヤ様。私、良い決め台詞が思い浮かびません!」

「はあ?」


 こいつは一体何を言い出したのだろう?


「あっ! そうだ! こういうのどうですか! 〝お前はすでに死んでいる!〟」


 いや確かに相手はアンデッドだから間違いは無いのだが、そのセリフどこで覚えた? この娘は本当にこの世界の人間なのだろうか心配になってきた。

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