第6話『トレイン聖女』


 オルトがこちらに向かって駆けて来る。


 ――馬鹿! 待ってろと言ったのに!


 声に出してそう言いたいがあいにくとそんな暇はない。フェンシングのように突き出されるアイトワラスの尻尾に苦戦中だ。まずい状況だ。祠にたどり着くにはアイトワラスの横をすり抜けていかなくてはならない。流石にこの状況では難しい。ん……?


 オルトは涙目になりながらこちらに向かってきている。そういえば時間はまだ一時間も経ってはいない。だとすると不測の事態……。


 オルトの背景に白くて大きなシルエットが現れた。ジャイアントスパイダー? いや、そんな大きさではない。体長およそ三メートル。それに、上半身が人型だ。


「アラクネじゃねぇーかよ!」


 思わず声に出して呟いてしまった。前回にだってそんな魔物は見たことも無い! この世界では超が付くほどの危険種だ!

 この世界の魔物は成長すると変異する。アラクネは確かジャイアントスパイダーの二つ上の存在だったはず。どおりでこの洞窟に魔物が少ないはずだ。アラクネに追われたオルトがこちらに向けて全速力で駆けて来る。


「ナオヤ様、助けてください!」


 これはまずい。魔物をトレインしやがって! ドンドン状況が悪くなる。このままでは挟み撃ちだ!


 しかし、突如としてアイトワラスの攻撃が止んだ。鎌首をもたげ近づいて来るアラクネを見ている。


「こっち来い、俺の後ろに隠れてろ!」

「はい」


 成る程、アイトワラスは守護者として召喚された幻獣だ。決して魔物ではない。だから、封印に近づくものは全て敵なのだ。


 近づいてきたアラクネが立ち止まった。どうやらアイトワラスを警戒しているようだ。


 三竦さんすくみの状態になった。右手にアラクネ、左手にアイトワラス。背後には聖女であるオルトが居る。


「おい、オルト。お前はアレイヤ様を称える祈りの言葉は知っているか」

「はい、毎日欠かさず捧げています」

「よし、だったら、隙を見て祠の前に行って祈りを捧げるんだ。祠には触るなよ」

「はい、祠の前に行って祈りを捧げる。祠には触れない」

「でも、いよいよ危なくなったら祠に触れて転移するんだ。出来るか?」

「はい、大丈夫です」

「よし、行くぞ!」


 これは前回の俺では使えなかった方法だ。だが、俺の想像が正しければきっとうまくいく。俺は剣を掲げてアラクネめがけて突進した。


 アラクネが面倒臭さそうに前足を振った。俺は身体強化してその足に斬りつけた。思っていたのより断然固い! 剣の所為もあるがほとんど刃がめり込まない。だけど……。

 俺の左肩に直撃したアイトワラスの尻尾がそのままアラクネの胸元に向かって伸びていく。当然そうなる……。


 俺にオルトにアラクネ。現状この中で最も攻撃力があるのは間違いなくアラクネだ。そして、さらに俺は倒すことの出来ない存在であることをアイトワラスは学んでいる。先に排除しようと思うならアラクネを倒すしかないのだ。


 アラクネは胸の前で両腕を交差させて尻尾を防ごうとした。しかし、勢いの付いたアイトワラスの灼熱の尻尾はアラクネの右腕を貫いた。


 アラクネの口から女の声で甲高い悲鳴が上がった。そして、思わずのけぞったアラクネの腹にアイトワラスが噛みついた!


 その瞬間、俺の視界の隅でオルトが岬の突端へと駆けだした。


 アイトワラスが身をよじりグルグルとアラクネの体に巻き付いていく。俺は剣を振りかざしアラクネの前足めがけ振り下ろした。何度も同じ場所へ叩きつける。六度目にしてやっとアラクネの前足が切断できた。さらにアラクネが悲鳴を上げる。


 その隙にアイトワラスがアラクネを締め付け始めた。バキバキとアラクネの外殻が割れる音が聞こえた。


 当然だ。幻獣として召喚されているので弱体化はしているが、アイトワラスは元々神の眷属にあたる蛇神の一種なのだ。魔物であるアラクネとは格が違う。


 その時、俺の背後からオルトの涼やかな祈りの声が響いてきた。


「光の女神アレイヤよ。その名の通りいと高きものよ。そのお力を持ってあまねく地上を照らし給え。全地はその栄光をもって満たされますように。全地はその慈悲をもって清められますように。あなたは我が神、私はその御名を称えます」


 アラクネを締め付けていたアイトワラスの姿が消えていく。


 そう、オルトの祈りによって封印が解除されたのだ。

 ここの祠にはある強力な魔法が封印されている。アイトワラスはその封印の守護者なのだ。

 前回は俺一人でここまで来たのでこの方法は使えなかった。なので永延と戦い続けてアイトワラスを倒しきった。


 多分ではあるが本来ならパーティーのメンバーでアイトワラスを抑え込み、誰か一人が祈りを捧げて封印を解除するのが正しい方法なのだと思う。でなければこの世界の人間には絶対この封印を解くことは不可能になってしまう。

 ここの魔法を得るのは一人だけ、他の人たちは命をかけて戦ってそれを支える。そういう人の和とか大切な仲間とかを知るための試練なのだと思う。勿論、この事は事前に光の女神アレイヤ様の神託を受けていなければ知りえない。普通であれば先に祠に触って転移してしまうだろう。

 まあ、結局、俺は一人で解除したので必要なかったのだが……。


 外殻をバキバキに割られたアラクネがその場に崩れた。俺は苦しそうに体を震わすアラクネに近づきその首に剣を当てた。

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