第50話『青の小瓶』


 食事を終えた俺たちは宿へと戻ってきた。洗い場で湯を沸かし体を洗いオルトと共に宿の一番大きな天幕へと向かった。


 俺は大麦コーヒーを注文しオルトは麦糖入りの果実水を注文した。ちなみに大麦コーヒーは大麦を焙煎して淹れたコーヒーでノンカフェインのやさしい味がする飲み物である。


「ナオヤさんこれからどうするのです」

「これからって? これ飲んだらもう寝るぞ」

「いえ、そうじゃなくて、明日からの予定です」

「ああ、明日はティドルさんのお店を探そうと思ってるんだ」

「ティドルさん? というとあの時の薬師の方ですね。そういえばお店に行くと言ってましたね」


 ん? そうか。オルトはあの時眠っていたのだった……。俺は他に聞かれないように小声でそっとオルトに耳打ちした。


「実はティドルさんはエルフィンなんだ」

「え? へぇ~、そうだったんですね」


 あれ? この反応は分かってないな……。


「オルト、エルフィンで薬師といったら何だ」

「え??? えーと……。あっ! わかりました魔法薬です」

「そうだ」


 魔法薬とは魔法によって効能を強めたり飲んだ直後から聞き目が出るように調整された薬の事で、この世界に置いての所謂ポーションの事である。魔法薬の製造には膨大な魔力と繊細な魔力操作が要求されその製造には森人やエルフィンといった魔力に優れた人々が携わっている。


「……そして魔法薬の原料の多くは黒の森から産出される」

「ほう。そうなのですか」

「だから多分だけどあの人に頼めば森人に話が付けられると思うんだ」

「そううまくいきますかね」


 ――不穏な事を言うじゃない!


 これから俺たちは黒の森を抜け魔族の街アビゲイトへ向かう。そして黒の森を抜けるにはどうしても森人のテリトリーを通らなければたどり着けない。だからファーストコンタクトはとても重要だ。親密な関係とはいかなくても対立するのは絶対に避けないといけないのだ。


「それに……」

「それに? 何ですか?」

「いや、何でもない」


 それにティドルさんはこいつが聖女であることに最初から気が付いていたはずなのだ……。俺と違って魔力制御の訓練を受けていないオルトは自分の魔力を未だにダダ洩れさせている。直接魔力を見ることの出来る精霊視を持つ人間からすればオルトが特異な人間であることは一目瞭然だったろう。

 そしてその上でティドルさんは自分が精霊視を持っていることを教えてくれた。だから俺たちの味方をしてくれるんじゃないかと期待をしている。


「さて、もう寝るか」

「はい」


 俺たちは自分の天幕へといき囲炉裏に火を焚いてハンモックに入り眠りについた。



 翌日、早朝から起き出して宿を出た。西地区の商店街へと向かいパン屋で適当に朝食のパンとミルクを買い街の中心部へと向かった。


 この街の中心部は行政区と呼ぼれていて各種官庁関連の施設が建っている。大きな石造りの建物がそこかしこにそびえている。青のコートを着た領兵の姿も多く見られる。俺たちは町の中心にあたるシャルディー城前の広場へ設置された噴水の横へ腰かけて朝食を頂いた。


 パン屋で買ってきた挟みパンを頬張りミルクの瓶を煽った。ちなみにこのパンに挟まれているのはこの街の名物〝黒ソーセージ〟である。紫蘇のような味の黒いハーブと黒コショウがふんだんに使われおり爽やかなハーブにピリリと辛いのが特徴である。


「はわわ、ナオヤさんこのソーセージ、太くて黒くて最高です!」

「……お前な……そんな恥ずかしい事、でかい声で言うなよ……」

「???」


 まだ分かっていない口の周りにミルクを付けたオルトはキョトンとした顔を晒している。それがお前の素なのか? それとも俺を試しているのか?


 朝食を終えた俺たちは城門の前に立ちシャルディー城を眺めた。


 名前や雰囲気からしてシンデレラ城を期待していたのだが少し違う。狭い敷地に沢山の塔が高さを競うように建っており、まるで蟻塚を思わせる造りだ。いや、見ようによってはサグラダファミリアと言っても良いか……でも、あまり神聖な感じはしない。

 沢山の領兵が出入りしているところを見ると、領主の館ではなく砦としてのお城なのかもしれない。


 ひとしきりお城を眺めた後に俺たちはティドルさんのお店を探しに北地区へと向かった。しかし……。


 大きな建物の並ぶ街の中心街を抜けるとそこには高い壁が建っていた。一番近くに見える門へ行き門番に尋ねてみた。


「すみません北地区へ行きたいのですけど」

「北地区はこの門の外だ」

「へ?」

「だからこの壁の向こう側の島全体が北地区と呼ばれているんだ」

「でもそれって……」

「ああ、北地区だけで他の地区の十倍は広いな」

「あの〝青の小瓶〟という名の薬屋を探してるのですけど」

「薬屋? そんなのあったかな? 北地区は遺跡やお土産屋ばかりだぞ」

「おい、それってあれじゃないか……」


 その時、話を聞いていたもう一人の門番が話しかけてきた。


「……確か軍や狩猟組合に魔法薬を卸してる凄腕の薬師が、北の第一埠頭の近くに住んでるって聞いたことがあるぞ」

「ああそういえば魔法薬を卸してる業者が頻繁にこの門を通るな」


「あの、第一埠頭ってどう行けばいいですか」

「そうだな港から定期船で行けば一番簡単だが、この先の道を進んで丘を登り島の中心のオルシディアス神殿まで行けば看板が出てるぞ。看板に沿って丘を下りればいい」

「そうですか、ありがとうございます。オルト、行くぞ」

「はい」


 俺たちは門を通り街の外へと出た。


 壁の外は農地だった。なだらかな勾配の丘にいろんな作物が植えられている。小麦に大麦、カブにジャガイモ……まだ実を付けて無いが果樹園らしきも見渡せる。


「畑がいっぱいです」

「だな。きっとここは水に囲まれてるから魔物が少ないんだろう」

「そうなんですか」

「ああ、実は魔物の多くは水に浮かないいんだ」

「へぇー」


 そもそも、魔物というのは魔力によって変質した生き物と言われている。そしてその多くは強くなる方向へと進化する。筋肉は肥大し強く硬くなる。その結果、強くなった筋肉は重くなり水に浮かなくなってしまうのだ。

 もちろん例外も多くいる。例えば繁殖力を選んだゴブリンなどは、逆に体の造り自体が簡素化されていて見た目以上に体重が軽い。水に付ければ発泡スチロールのようにプカプカと浮いてしまうだろう。


 道の先に丘の上に建つ神殿が見えてきた。


「よし、走るか」

「ええー、何でですか。嫌ですよ」

「ちっ、しょうがないな」


 俺たちはゆっくりと丘の小道を登って行った。

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