第51話『水の神』
「神殿というよりは廃墟だな」
「ですね……」
島の中央の丘の上に建つオルシディアス神殿にたどり着いた俺たちはそう声を上げた。目の前にはわずかに残された石壁と五本の石の柱が建っているだけである。残っている土台からするとここは大きな歯車の様な形の建物だったようだ。
「あっ! 案内板が建ってます」
「ふむ、何々……。『約三百年前、第一次魔族大戦の折り、ここに立ち寄った初代魔王のエリゴールによって破壊された……』とあるな」
「へぇ~」
――成る程、初代魔王の仕業か……。
魔王エリゴールは魔族の国アビゲイトを作った人物とされている。彼は黒の森で暮らす部族を集め魔族の国を興した。そして彼は最終的に黒の森全土の掌握とイスタニア王国の侵攻を目論んだのだ。そこで黒の森に住む森人(エルフ)と人族の国イスタニアは盟約を結び魔王と対峙することとなった。これがこの国で第一次魔族大戦と呼ばれている戦いである。
俺が前回呼ばれた際にはすでに半ば伝説と化していた話である。
「でも何故、神殿を破壊したのだろう」
「さあ?」
この世界には実際に神がいる。そして、神殿は神と人を繋ぐ施設である。それを破壊するという事は神との対話を拒むという意味だ。もしかすると初代魔王は神と対立していたのかもしれない。
「ふむ……。ところでオルシディアスって何の神様なんだ」
「水の神様ですね。意匠は渦のマークです」
「成る程」
わずかに残っている壁に渦巻き模様のレリーフがはめ込まれている。もしかすると建物全体も螺旋を描く渦巻きの形で建てられていたのかもしれない。
「そして浮気の神様でもあります」
「え?」
――浮き輪で無く浮気なのか? 水の神様なのに?
「オルシディアス様はどんな姿にでも自分を変えられて、しかも両性具有の神様です」
「ほう」
――水の神様らしく両性類だったと……。住んでいたのはきっとお水系のお店だな。
「そしてオルシディアス様は様々な種族の生き物を愛され次々と
「ほうほう」
――流石神様、剛毅な事だ。
「……え? 様々な種族と、だと?」
「はい、人種はおろか獣も魚も昆虫や草木まで……。その数は千以上と言われています」
「ただのド変態じゃないか!」
――乱交パーティーにも程がある!
「いえ、これも愛のなせる業です。〝この世の全てを等しく愛せよ〟というのがオルシディアス様の教えです。だから浮気の神様とも呼ばれています」
「……」
等しく愛せよという言葉だけ聞けば成る程神様らしいと思えるが、
「なので誰彼構わず手を出す男は隠語で〝水の神〟と呼ばれたりもします」
「やっぱダメじゃん! 水の神様」
その後、俺たちは神殿の脇に建っていた土産物屋で茶を啜った。ジンジャークッキーを頬張りお茶を飲む。
お店には色々なものが売られている。風景の描かれた絵ハガキに、ペナントのように渦のイラストが描かれた旗。遺跡の描かれたマグカップ。西洋剣の木刀に木製の蛇のおもちゃ。どこでも似たようなものが売られているのだな……。
「あれなんか、ただの石ころにしか見えないぞ」
「あれは遺跡の瓦礫ですね」
「おいおい、そんな物が売れるのか」
「あれは下に敷いてある紙に魔法陣がが描いてあって、意中の相手の名前を唱えながら願掛けをする浮気防止のお守りですよ」
「シャレにならない……」
そう、ここは魔法のある世界である。正しく描かれた魔法陣は魔法の詠唱と同じ効果が期待できる。もし魔法が発動してしまったら……。
「大丈夫ですよ。タリスマンにも満たないただの開運グッズですから」
「そうか……」
そういえば俺も前に神社でおみくじキーホルダーを買った事があったっけ……。そういったおまじない的なものは一定の需要があるのだろう。人の事はとやかく言えない。
「って、おい! お前は何でそれを買おうとしている」
「いえ、せっかくなので記念にと思って……」
「……」
一体誰に使うつもりなのか……。
休憩を終えた俺たちは案内板に従い北の第一埠頭への道を下り始めた。
丘の上から見下ろすと北地区というのはほとんどが農地に使用されているようだ。その中の所々に古い建物や石碑が建っているのが見渡せる。下り坂の先には小さな入り江が見えている。丁度、その入り江に十人乗り程の漁船のような船が入ってきた。荷物を抱えた行商人らしきも見えるのであれが定期船という奴だろう。定期船はそのまま桟橋に付き乗客を降ろし始めた。俺たちは入り江へ向かい坂道を下った。
北の第一埠頭は十軒ほどのお店や宿屋の並ぶ小さな港町だった。
「
周囲には人気は無く閑散とした町並み。あの賑やかなシャルディーの街とはとても思えない。
「あ、向こうに人が居ますよ」
道の先に鍬を担いだおじいさんが二人道端にしゃがみ込み話込んでいるのが見えた。近づいて声をかけてみる。
「あのー、この辺りに青の小瓶という名前の薬屋を知りませんか」
「だら? んにゃ知んねえな。お前しってるけ」
「んにゃ、知んねえ」
――どうして訛って聞こえる?
「あの、ティドルという女性のお店なんですけど……」
「ああ! あの森っ子の娘さんかえ! んたら知っとる。そこん森の裏側よ。こん先の道を曲がって道なりに行けば辿りつける」
「あ、ありがとうございます」
俺たちは言われた通りに道を進んだ。左手にこんもりとした鎮守の森のような林がある。道はそこを回り込む形で続いている。木々の隙間から大きなログハウスが見えてきた。道のわきには申し訳程度の看板が掲げられていた。どうやらここで間違いないようだ。
皆が知らないのも無理はない。〝青の小瓶〟と書かれた文字はほぼ判別不可能なほど小さかった。
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