第52話『紫貝のパスタ』
青の小瓶とは兵士たちの間では有名な青の治癒魔法薬の事で、体の持つ治癒力を劇的に引き上げる飲み薬を指す言葉である。飲めば一晩で大抵の傷をいやすことが出来ると言われている。本来この魔法薬は森人との重要な交易品の一つであった……。
ティドルさんのお店の建物は二階建てで田舎の小学校程の大きさがある。どうやら住居と工房を兼ねている様子だ。建物の前には洗濯物が干されており、そのわきに荷台の付いた大型の魔動車が一台止まっている。俺たちはお店の入り口らしき扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
赤の割烹着姿の年端も行かない少女が出迎えてくれた。お店の中は漢方薬店のようである。壁は全て棚になっており、そこに見た事も無いような瓶詰の生薬がずらりと並んでいる。少女の後ろの棚に見慣れた試験管のような細長い瓶に詰められた青い液体が並んでいるのが見えた。青の治癒魔法薬である。その隣には同じ小瓶に詰められた止血用の赤の小瓶も並んでいる――。
「あの、ティドルさんに会いに来たのですが」
少女に向けて声を掛けた。
「あなたはどちら様ですか」
「俺は天地直哉と言います」
「お約束はありますか」
「いえ、今日はティドルさんにご相談したいことがあって来たのですが」
「そうですか、今、店主は街へ納品に行っています。一鐘もしたら戻ると思いますが……」
よかった。もしかすると俺たちの騒動に巻き込んでしまったかもしれない思っていたが無事なようだ。戻ってくるというのならここで待たせてもらう事にしよう。
「そうですか。でしたらここで少し……」
「ご飯を食べに行きましょう!」
俺の言葉を遮り、オルトが主張した。
「でしたら、ここで……」
「ご飯を食べに行きましょう!」
「……」
まあ、丁度お昼頃だし仕方ないか……。
「でしたら、またそのくらいに戻ってきます。行くぞオルト」
「はい」
俺たちは荷物を店に置かしてもらい、第一埠頭の方へと戻っていった。
埠頭で飲食出来そうなお店を二軒見つけた。片方はあからさまに酒場で昼食時にお店を少し開けている印象だ。もう一軒は埠頭の待合所に併設された定食屋だ。
「オルト、どっちにする」
「クンクン、良い匂いがします。こっちです!」
オルトは酒場の方を指さした。普段はあまり選ばない選択だが今日はオルトの鼻にかけてみよう。俺たちは酒場の扉を開けた。
店内には焦げたバターの良い香りが漂っていた。
これは当たりかもしれない。この国ではバターは貴重品で中々市場に出回っていない。恐らくこの周囲の農家で酪農をやっているところがあるのだろう。
俺たちは店内に入り空いていたテーブルに着いた。そして、置いてあったメニューを広げた。
「紫貝のエール蒸しに紫貝のパスタ……」
紫貝とは何だろう? この辺りの特産品なのかも知れない。ちなみにパスタはこの国ではよく食べられている。ただし、ここのパスタはスパゲティーのように細くなくフェットチーネだろうか……きし麺くらいの太さがあるのが普通のようだ。
給仕の店員が注文を聞きに来た。
「何になさいますか」
「紫貝のパスタのランチセットで」
「私も同じものを大盛で、あとレーズンパイも一つ」
またオルトが多量に料理を注文している。魔力量が多い人間には大食漢が多いのは事実だがこいつは多分食べ過ぎだ。何時か絶対後悔する時が来るだろう。
料理はすぐに運ばれてきた。紫貝……は大きなシジミだった。たっぷりのバターで炒められガーリックと唐辛子の味付け。ハーブが異なるので風味は違うがこれはペペロンチーノである。うーん、ボーノ! オルトもぺろりと平らげ食後のレーズンパイを頬張った。
それからゆっくり時間をかけてお茶を飲んでから青の小瓶へと戻った。
ティドルさんが戻ってきたようだ。お店の前に二人乗りのトラクターの様な小型の魔動車が止まっている。むき出しになった真ちゅう製のパーツがキラキラと輝きノスタルジックな感じでカッコ良い。
「ほう、これは八号魔動車ですね。最高速を出すためにボイラーに補強を入れて圧を高く出来るようしてます。うむ、中々、凝ったカスタムを……」
オルトが何やらうんちくを垂れている。そうだった。オルトは以前魔動車に魔力を補充する仕事をしていたのだった。
「……おお、足回りはオストル型サスペンションに換装して……」
「はい、もう行くぞ、オルト」
「えー! 待ってくださいナオヤさん」
ティドルさんを待たせる訳にも行かないので、俺はオルトの話を途中で切り上げさせてお店に入った。
「ティドルさんは戻られましたか」
「少々お待ちください」
すぐに奥の部屋から紺の袴に若草色の留袖を着たティドルさんが姿を現した。
「お待ちしておりました。偽勇者様と聖女様」
――あれ? 怒ってらっしゃる?
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