第53話『交渉』


 今の俺は聖女を連れだした偽勇者として王国軍に追われているというのは想像に難くない。でもなぜティドルさんは怒っているのだろう……。


「どうして私に事情を話してくれなかったのですか!」


 ああ、そっちか……。そういえば船を出て行った時。ティドルさんには巻き込まれないようにするためにワザと事情を話さずに出て行ったのだった。


「いえ、あのー、急に用事が出来たものですから……」


 あまり事情を話すわけにもいかない。話してしまえば本当に俺たちの騒動に巻き込んでしまう。俺は言葉を濁した。


「私はあなた方がシャルディーを目指すと聞いた時から、本当の目的は黒の森に入る事だと気が付いていました。だから自分がエルフィンだと明かしたつもりだったのですよ」

「……」


 いや流石にそこまでは気付けない……。


 未だに膨大な魔力を垂れ流しているオルト。それを魔力を直接視覚に感じることの出来る精霊視を持った人間が見れば普通で無い事は一目瞭然だったのだろうとは思っていたが、そこまで見抜かれているとは思わなかった。

 よく考えれば、いかにも事情のありそうな少女を連れてシャルディーに向かえば、そう予測されても仕方がないのかもしれない。なにせ森人であるエルフは魔力の申し子のような存在だ。その元は魔力を垂れ流しているオルトを隠すには打って付けの場所なのだ。でも、本当はそのさらに向こう側の魔族領のアビゲイトに向かっているのだが……。


「それが自分たちだけで年端も行かない聖女を連れて駆け落ちするなんて……」

「おい! それは違う!」


 しまった。ついうっかり全力で突っ込んでしまった!


「ち、違うのですか……」

「断じて駆け落ちなどではございません。ただ逃げているだけです」

「でも……」


 ティドルさんの視線の先に赤い顔をしたオルトがもじもじしながら立っている。おい! さらに誤解が深まるからそういう態度をとるのはやめれ!


「違いますよ。こいつのはただの赤面症です」

「そうなのですか……素敵な話ですのに。でも、王国軍の警備兵も言ってましたよ。聖女に恋慕した男が勇者を名乗り攫っていったと……」

「それは全くのでたらめです!」

「そうなのですか」

「はい」


 おのれ! ゼルタニスの野郎め! 地味な嫌がらせをしやって! 聖女もろとも殺すつもりのくせに!

 あれ? いつの間にかオルトが死んだ魚の目をして呆然となっている。どうした?



「それでは私にお願い事とは何ですか」

「いえ、黒の森を目指しているのは事実なんです。だから森人と連絡を取りたいのです」

「そうですか……。でも、森人は見知らぬ人には会ってくれませんよ。誰かお知り合いでも居ますか」

「でしたら、魔石加工師のエバンドル・アンリへ連絡を取ってください」

「エバンドル・アンリ……。魔石加工師……」


 エバンドル・アンリは森人である。そして森人とはこの世界のエルフの事である。この世界のエルフは長命種で四百年くらいは普通に生きていると言われている。百年前にまだ若輩者と呼ばれていたエバンドルならまだ生きているはずなのだ。


「あの、無理ですか」

「いいえ。ですが……」


 黒の森の森人と一概にいっても彼らはいくつかの集落に分かれて生活をしている。だがその総数は少なく全ての森人を合わせても精々一万人程度しかいない。その中で魔石加工師や薬師などの特別な職業に就く人はさらに少なく、森人と付き合いがあるのなら名前くらいなら知っていても可笑しくないはずなのだ。

 だが、このティドルさんの反応はどいう事だろう。もしかして、エバンドルはもう魔石加工師を辞めてしまったのだろうか?


「もしかして、御存じないですか」

「いえ、知っています……。ですがあなたとはどういったご関係なのですか」


 エバンドルとの関係……。

 エバンドルとは前回召喚されたときに途中で取れる魔物の魔核を全て引き渡すことを条件にアビゲイト潜入の道案内をしてもらったのだ。そう、それは……。


「そうですね……かつての戦友といいますか……仲間です」

「戦友……仲間……」


 途端にティドルさんの表情が険しくなった。こちらに呆れ果てたような目を向けて来る。

 あれ? 俺は何をミスしたのだろうか?


「まだお若く見えるのに……」


 んんー? 今度は憐れむような視線を向けられた? はて、どうして? これはもしかして……。


 エバンドルは大人しい気質の森人にそぐわず、奔放で豪快な性格の人物だった。普段から派手な服装を好み自分で組み上げた魔動二輪車を乗り回し、他の森人達から疎まれる存在だったのだ。だがそれでも彼の魔石加工の技術は素晴らしく、天才的と呼ばれるほどだったのだが……。彼はまた何かやらかしたのだろうか?


「もしかして彼はもう黒の森に居ないのですか」

「いえ、居ますよ。元気すぎるくらいに元気にしています……」

「でしたら……」

「わかりました。聖女様も了承している様ですし、すぐに使いの者を出しいつも荷運びお願いしている人を呼んでもらいます。はぁ~」

「???」


 そう言ってティドルは大きくため息をついた。


「……ありがとうございます。よろしくお願いします」

「いえ、いつもの事ですからいいですよ……」

「???」


 いつもの事? とはどういう事だろう? 何やらティドルさんは疲れた表情をしてらっしゃるようだし、あまり深く突っ込まない方が良いかもしれない。


 それから、俺たちは明日の約束をして青の小瓶を後にし、宿を探しに第一埠頭へと戻った。

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