第54話『ネフューム神殿』


 埠頭に戻った俺たちは宿を探した。どうやら昼食時に行かなかった定食屋が宿泊所を営んでいる様子だったので今日はそこに泊まる事を決めた。


 広い室内に病院の様にベッドが並んでいる。近隣の農家の繁忙期にはここが満室になるそうだが今は俺たち二人だけである。適当に隅の方のベッドを選び荷物を下ろした。


 夕食までははまだ時間がある。貴重品だけ持って荷物を置かせてもらい俺たちは近くを見て回る事にした。


「どこへ行くのですか、ナオヤさん」

「すぐ近くに遺跡があると店主が言っていた。行って見よう」

「はい」


 湖岸の良く整地された道路を歩いた。小高い草原の丘の上に瓦礫が見えた。あれだな……。道路から小道へ入り丘を登った。崩れた円形の建物が見えてきた。


「これはネフューム様の神殿跡ですね」

「ああ、冥界の神様だっけ」

「うーん、本当はちょっと違うんですけど……。今は死者を弔う神様として有名ですけど、元々は安らかなる眠りを司る神様なんですよ」

「へえー」

「だから安らかな眠りを妨げるアンデッドとは対極の神様なんですよ」

「対局と言う事はアンデッドにも神様が居るのか」

「不死神インフォスですね。邪神の類です」

「もしかしてそれって、髑髏に二匹の蛇の奴か」

「そうです。よく知ってますね」

「ああ、前にネクロマンサーと対峙した時に入れ墨で見たぞ」

「互いに喰らいあう二匹の蛇が邪神インフォスです」

「ふーん、邪神か……」


 蛇は脱皮を繰り返す不死の象徴と聞いた事がある。ネクロマンサーの信仰としてはそれらしい神様だ。だが問題なのはオルトがその名前を口にした事である……。

 この世界には実際に神がいる。名前が知られているという事はこの世界に実在しているという事である。邪神インフォス……ネクロマンサーの崇める神か……出会わない事を祈っておこう。


 それにしても……この遺跡も自然に壊れたものではないな。瓦礫がかなり広範囲に飛び散っているところを見ると誰かが強力な魔法で破壊した様子だ。これも魔王エリゴールの仕業だろうか? やはり神様に恨みでもあったのだろうか?


「あれ? でもこの建物、私の知っているネフューム様の神殿と様式が違うような……」

「そうなのか? どこが違うんだ」

「どこと言われても……。何となくですけど……。ほら綺麗な円形で無く所々花弁のように突起が付いています。年代が古いからですかね」

「ふーん」


 そう言えば以前にもどこかで似たような話を聞いたことがある。あれはどこだったのか? 思い出せない。まあ、いいか。



 丘の上からは静かなシャルディーの湖が見渡せた。沈みゆく太陽を反射させキラキラと輝いている。行き交う漁船のシルエット。幻想的な光景だ。麗しの古都の名にふさわしい。


「ナオヤさん。私お腹が空きました。早く宿に戻ってご飯を食べましょう」

「なに? もう空いたのか……。ちょっと、早すぎないか?」

「そうなんですよ。最近とみにお腹が空くのです」

「ん?」


 魔力量の多いオルトは食事の量も普通の人間より多いのは分かる。だけどこんなに早く空腹感を覚えるのは少しおかしい。何かの病気だろうか? でないとしたら……。


「なあオルト。最近、身体強化の魔法の訓練はどうしてる」

「いつも、自分に掛けてますよ」


 そう言えば先日も全速力で駆け出して貯水池に落ちていた。それに最近妙に魔力を垂れ流していると感じてた……。


「ま、まさかお前……。ずっと身体強化を掛けっぱなしなのか!」

「はい、朝起きてから夜寝るまでずっと訓練しています」

「な……」


 通常、身体強化の魔法は戦闘時にほんの数秒間だけ自分に掛けるものである。要所々で魔力の補助を入れパワーとスピードを上げるものである。訓練するにしたって自分に掛けっぱなしすることはしない。原因はこれだな。オルトは身体強化を掛け続けることによって膨大な魔力を消費し続けていたのだ。


「お前な……やり過ぎだ」

「そうなのですか?」

「時間の空いた時とか、たまにでいいんだぞ」

「そうですか……。掛けていると体が楽なのでつい使っていました」

「……」


 オルトが言っているのは魔力で体を動かせば筋肉を使わなくて済むという話だろう。普通の人間であれば身体強化をそんな風には使わない。と言うか普通の人間であれば数分も身体強化を掛け続ければ魔力切れで昏倒してしまう。膨大な魔力の無駄遣いである。


「ほどほどにしておけよ」

「はーい」


 そうしてもらわないと困る。主に金銭的な理由で……。オルトの食費も馬鹿にはならない。こいつはすでに一人で三人分くらい食っているのだ。このままではすぐに旅費が無くなってしまう。


「そんじゃ、とりあえず宿へ帰るか」

「あい。帰ってご飯を食べましょう」

「そっちもほどほどにしておけ」

「……はい」


 俺たちは夕日に照らされた丘を埠頭へ向けて急いで下り始めた。

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