第56話『決闘』
その後、少しトラムのおっさんと黒の森の話をしてから、俺とオルトは青の小瓶を後にした。そして消耗品の買い足しに一番埠頭へと戻っていった。
「それにしても遺跡都市エレインですか。どんなところか楽しみです」
歩きながらオルトが話しかけて来る。
「へえ、エレインの事知ってるんだな」
「もちろんですよ。勇者伝の一番の見所じゃないですか」
あー、一番の見どころは魔王戦じゃないんだ……。まあ、あれはあれで問題が多いから大分伏せた記述になっているのだろうと想像できる。
「……特に獣魔将のライオネスとの古代遺跡での決闘シーンは熱いです」
「ああ……」
獣魔将ライオネス……懐かしいな。
当時の魔王軍には四魔将と呼ばれた四人の将軍がいた――。
獣魔将ライオネス、死霊将バロフラテス、魔法将ファローレピア、そうして、剣魔将シン。それぞれが数万人規模の軍を率い、このイスタニア王国へと進軍していたのだ。
バロフラテスは隣のクーデル領に進軍し、ファローレピアはブランドル領を侵攻中。シンはマルソン川をはさみ王国軍と対峙し、ライオネスはこのシャルディスク領を占拠し後方支援を行っていた。
もし俺たちが魔王を倒しても先に国が滅んでしまっては意味が無い。無事シャルディスク領に潜入した俺たちはまず最初に激戦の報告を受けていたブランドル領に侵攻中のファローレピアに嫌がらせをすることにした。
軍の後を追いかけていくファローレピアの
次に惨状の伝えられていたクーデル領に向い、ネクロマンサーであるバロフラテスを背後から奇襲してこれを打ち取った。
そして俺たちは王国軍と膠着状態にあるシンの魔王軍剣術部隊は無視をして、シャルディスク領を占拠していたライオネスの元へと向かった……。しかし、当のライオネスはエレインの町で腐っていた。
生粋の戦闘狂であるライオネスは、先のブランドル領での戦いで独断専行を繰り返し、勝手に戦局を広げた罰として後方支援の部隊へと下げられてしまっていたのだ。そのことに腹を立てたライオネスは領都であるシャルディを離れ、黒の森の入り口であるエレインの町で魔物相手にうっ憤を晴らしていた。シャルディスクに潜入し、その情報を得た俺たちは密にエレインの町を訪れたのである。
正直な事を言えば、ライオネスの率いる魔王軍獣人部隊とは戦闘をおこしたくなかった。一人一人が高い身体能力を持つ獣人の部隊と少数精鋭の勇者パーティーとはすこぶる相性が悪い。真正面からぶつかればあっという間に数に押されてしまうだろう。しかし、この時、俺たちが最も恐れていたのは獣人部隊と剣術部隊が合流してしまうことだった。
なので、黒の森で狩りを楽しんでいるライオネスを見つけ出し、会話による説得を試みたのだ。
「ああ、いいぜ。元々あのとろくさいシンの部隊を助けるつもりなんざ無かったからよ。ただし、俺と決闘しろ!」
「はぁ? どうして!」
「俺様は弱えー奴の言う事なんざ聞く気がねえんだよ。お前も勇者を名乗るんだったら俺様に勝って見せろ!」
「……」
ライオネスはチョーめんどくさい奴だった……。こうして俺とライオネスはエレインの町はずれにある闘技場遺跡で決闘をする羽目になった。
決闘の内容はクラシオと呼ばれる格闘技である。クラシオのルールは、魔法が内魔法のみ使用可で武器や道具は使用不可。殴る蹴る絞めるは何でもありだが最後は必ず投げ技で相手の背中を地面に付ければ勝ちとなるルールである。ただし、これは試合形式のルールである。
このルールでは魔族のチャンピオンであるライオネスに到底勝ち目はない。俺は一計を案じた。 相手が戦闘不能になるか負けを認めるまで戦う決闘形式で試合を了承したのである。
かつての栄華を誇るような巨大な闘技場遺跡。互いの連れてきたほんの数名の観客の見守る前で決闘は始まった。
そして開始わずか数秒で俺は地面に頭から叩きつけらてしまった。身長は二メートルを超える虎獣人のライオネスの圧倒的なまでのパワーと技に俺はなす術もなかったのだ。いや、最初からそうなる事は分かっていた。分かっていたからこその決闘形式なのである。
俺は立ち上がりざま身体強化を掛けてライオネスに組み付いた。と思った次の瞬間、俺は闘技場の壁に激しい音を響かせて叩きつけられていた。飛び散った破片がパラパラと落ちて来る。
魔法の使えない代わりに魔力を自分の成長に使っている獣人族の身体能力は非常に高い。だが、瞬間的に身体能力を高める身体強化があればなんとかなると思っていた。しかし、ライオネスにはそんなことは通用しなかったのだ。
ライオネスの連れてきたガラの悪い従者たちが歓声を上げた。
――こん畜生め!
俺は瓦礫から這い出し、一直線ににやにやと笑みを浮かべるライオネスへと殴り掛かった。
しかし、天地が逆転する――。
ライオネスはひらりと躱し腕をつかんで俺を地面へと叩きつけたのだ。
こいつは明らかに俺の体の耐性のことを知っている……。だから殴りも蹴りも放たずに投げ技で応じている。そう、こいつは圧倒な力の差を見せつけて俺の心を折りに来ているのだ。
――よし、そっちがそのつもりなら、答えてやるよ!
俺は両のこぶしを固く握り締め、ライオネスへと飛び掛かっていった。
地面に叩きつけられ、壁に投げ飛ばされ、柱もろとも吹き飛ばされた。地面に埋まり、壁にめり込み、瓦礫に押しつぶされた。地面に穴を穿ち、壁が崩れ、柱が倒れた。見る見るうちに闘技場遺跡は破壊されていく。
「本当にてめえはしつけーな! いい加減負けを認めろよ!」
ライオネスがそう言葉を放ったのは、決闘が開始してから一鐘(約二時間)が過ぎた頃だった。
「うっせい! 誰が認めるか!」
「こんなに弱っちーのに、てめえなんぞ勇者に向いてねえんだよ!」
「うっせい! んな事はハナからわかってんだよ! なりたくもねえ勇者なんぞに祭り上げられて、いろんな物を背負わされて……。それでも、元居た世界へと帰るためには前に進むしかねえねえだよ!」
「この最低野郎が! とっとと勇者なんかやめちまえ!」
そう言いながらライオネスは大きなこぶしを握り締め殴りかかってきた。
次の瞬間、俺は闘技場の壁を突き破り観客席の床にめり込んだ。
「辞めれるもんなら……辞めてえよ……」
しかし、その呟きは誰にも届きはしなかった。
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