第48話『領都シャルディー』
俺たちは湖を渡る貨物船へと乗り込んだ。
このシャルディーが古都と呼ばれるのには理由がある。それは単に古い町並みが残っているからという理由だけでは無いそうである――。
危険な黒の森のほど近くの場所にありながら湖に囲まれたこの地は、魔物や獣から防衛するのに適した土地であった。そんな理由でこの地には古くから人が住みつき次第に街が形成されたそうである。
ここに建つ最も古い石碑は約二千年前の物だと言われている。それはこのイスタニア王国の歴史約六百年よりも古い時代のものである。もっともこのイスタニア王国の正史では初代国王がイスタニアンを開いたとされているのでその話はタブーとされているのだが……。しかし、それよりも明らかに古い歴史を持っているこのシャルディーはこの国の本来の発祥の地であると囁かれている。
湖面を渡る風が吹きつけて来る。島までの時間はおよそ十五分。対岸はあっという間に近づいてきた。
貨物船が桟橋に横付けされた。タラップがかけられ乗客が次々と降りていく。俺もオルトを連れてタラップを降りた。
そして、船を降りたそこは大きな噴水の設置された石畳の広場だった。
「ほへ~~」
その広場には沢山の人が集まっていた。いくつもの屋台が並びあちこちで大道芸のパフォーマンスが行われている。人々が大声をあげて笑い、吟遊詩人が詩を奏で、詰み上がった椅子の上でアクロバットショーが行われている。
「セイン領は観光にも力を入れているとは聞いてましたけど、ここまでとは……」
オルトが驚きの声を上げる。
「うん……」
「おい、にーちゃん。この街は初めてって面してんな」
すぐ横の串肉の屋台のオッサンにそう声を掛けられた。
「ええ、そうです」
「この広場はな領主様の粋な計らいで、事前に申請さえしておけば僅かな金額で屋台でもお金を取った大道芸でもやっていいことになってんだ」
「成る程……」
出店するのにお金がかからないというのなら店を出す人も多いのだろう。そして人が集まれば物流が生まれる。物が動けばお金も動く。直接的に領地の収入にならなくても結果的に経済が活性化するということだ。
「……オッサン、串肉二つくれ」
「あいよー」
俺たちは串肉を頬張りつつ広場を見て回った。時刻的にはもすぐ日が沈む時間帯なので、これでも人は少ないらしい……。あちこちの屋台や行商人が店じまいの準備をしていた。
「でも、すごい街だな……」
「へへへ、そうですねー。王都でもこんなに賑やかな場所は無いです。なんだか楽しくなってきます」
「うん」
街の人々の表情も明るい。これはここの人たちがこの街を愛しているからなのだろう。静かなる古都のイメージとは少し違ったが、どうやらここは良い街のようだ。
「流石、王国内遊びに行きたい街ランキングナンバーワンです」
オルトは興奮した様子でそう言った。
「そうなのか」
「はい、ここは一番人気の観光地ですよ。いや、これも領主サライタル・セイン様のお陰ですね」
「……」
そうか、セイン領なのだからここを治めているのは当然コルトバンニの奴の子孫になるのか……え? サライタル?
「お前、今なんつった!」
「え? え? 私、今何かまずい事言いました? サライタル・セイン様のお陰だと言っただけですけど……」
そうかこいつは乗り合い魔動車の中ではずっと眠りこけていたんだっけ。気が付いていないのも無理はないか。
「なあ、そのサライタルという人は魔物の研究をしてる人か」
「いいえ、してませんよ。サライタル様は魔道具の開発で有名な人ですよ」
魔道具は魔石を使った道具の事だ。そして魔石は魔物から取り出した魔核から作られる。
何故、買取所に居たのか分からないが多分間違いなく、ザラック村の買取所に居た丸眼鏡で線の細い男がサライタル・セインだったのだろう。えらく庶民的な貴族もいたものだ。
ふむ、確かに丸眼鏡をはずしてこけた頬を元に戻せばコルトバンニの面影も無くは無いか……。
「まあ、いいか。とっとと今晩の宿を探すとするか」
「はい」
俺たちは広場を後にし宿を探すために街の中心部へと繰り出した。
街並みは歴史の古い所と聞いていたので勝手にローマの様な石造りを想像していたが、どちらかといえばドイツや北欧系の木造・漆喰の建物が多いようだ。建物の色は黄色や青やピンクとそれぞれだがド派手な色ではなく僅かに退色した感じが落ちついた雰囲気を醸し出している。おとぎの国というよりはオペラの舞台の書き割りと説明した方がしっくりとくる佇まいだ……。
道行く人に宿のことを聞いてみた。
ここは街の南側で観光区と呼ばれているらしい。この辺りの宿はおしゃれで評判は良いが貴族用のホテルも建っていて料金もそれなりだという話だ。観光客相手のリゾートホテルといったところか……。東の居住区には長期宿泊用の宿が多く、西の商業区には行商人相手の安宿があるらしい。
俺たちは西の商業区へと向かう事にした。
日も傾きもうすぐ夕刻の時刻に差し掛かる。南地区の境目である小川を渡ると途端にレンガ造りの建物が増えてきた。商店以外にも大きな倉庫、鍛冶屋、縫製工場などが建っているようだ。
教えられたとおりに道を進んでいくと小さな商店の立ち並ぶマーケットへと差し掛かった。夕刻の時刻も近いと言う事ですでに閉めた店も多いようだ。人々の通りもまばらで……いや、人が沢山集まっている店が見えた。どうやらあの店は居酒屋のようだ。仕事終わりの一杯を求めて集まったのだろう。賑やかに騒ぐ声がここまで聞こえて来る。それにしても……。
「女性のお客が多いな……」
「ナオヤさんは知らないのですか。セイン領は女性の労働者が多いので有名なんですよ」
オルトが答える。
「へえ、そうなのか」
「ええ。その始まりはコルトバンニ様だと言われています」
「そうなのか。コルトの奴が……」
「はい。コルトバンニ様は市井の職を持たない女性の孤児たちをメイドとして囲い、教育を施した後、その女性たちにメイド酒場を経営させたという逸話が残っています。それ以来、セイン領では代々女性が外で働くことを推奨しているという話です」
「ほう、メイド酒場とな」
「はい、何でもお客が貴族のように扱われる酒場らしく、それが大盛況を治め、一時期はこの国中にセイン領のメイド酒場はあったそうですよ」
「成る程」
うん、これは間違いない俺がコルトに話したメイドカフェのまんまパクリだな。阿漕な商売しやがってコルトの奴め。でも間違っている。メイドカフェのメイドは本物のメイドではないぞ。
俺たちはそのまま居酒屋を通り過ぎ、宿を探しに向かった。
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