第47話『輝ける湖』


 お店で売っていた挟みパンで軽く昼食を済ませた俺たちは魔動車へと帰ってきた。車の周りに比較的身なりの良い男たちが集まり魔石に触って魔力を注いでいた。


「私が行って魔力の補充をしましょうか。そうすればすぐに発車できるようになります」

「待てオルト。お前がやったら正体がバレてしまうだろうが」

「そうでした」


 恐らくオルトがやれば魔力の補充は一瞬で終わってしまうだろう。しかしそれはオルトが聖女であるとバレてしまう可能性があるのだ。この場合、問題なのは魔力の多さよりむしろ神聖性の方だろう。神聖性が高ければ魔法の威力が数段上がる。だから魔力の補充も早く終わる。そして神聖性の高い魔力を持つのは通常エルフと血脈を繋いだ一部の貴族だけなのである。


 ――あれ、だったらどうしてオルトは神聖性が高いのだ?


「なあ、オルト。お前の親戚に森人はいるのか」

「いませんよ」

「ふむ」


 ――だったらなぜ? ん? そう言えば……。


「なあ、オルト。お前はイヨルム村の出身て言ってたよな」

「はい、そうですよ」

「あの村には確かドワーフの伝承があったよな」

「ええ、ノース山の北側にドワーフ砦の遺跡がありますよ。でもドワーフが住んでいたのは遥か大昔ですよ。今ではこの国にドワーフはいませんから」

「ふむ」


 可能性としてオルトはドワーフのエルフィン(精霊混じり)で先祖返りをしたのかもしれない。こいつは背も小っちゃいし、年齢よりも幼く見えるし……。それであれば神聖性の高い理由にもなる。何となく納得できた。


「なあ、オルト。早く大きくなれよ」

「何ですかいきなり。そんなにおっぱいの大きなのが良いのですか」

「おま……おっぱいとか言うなよ……」

「ナオヤさんのスケベ」

「う……」


 変な誤解をされてしまった。まあ、おっぱいは大きい方が良いが……。


 俺たちはそのまま魔動車の荷台へと戻った。荷台ではサライタルがまだ座って書類を読んでいた。その横にエティナーが座り餌付けするみたいにパンをちぎってサライタルに渡していた。秘書って大変なんだな……。



 しばらく座椅子に腰掛け目を瞑っていると魔動車の前の方からシューっと蒸気音が聞こえてき始めた。運転席の方からもカタカタと何かを操作する音が聞こえて来る。十五分もしない内に〝フォーン〟と大きく汽笛が鳴った。慌てた様子で行商人が戻って来て自分の荷物の上に腰掛けた。

 丸帽の男が間仕切りを開けて声を上げた。


「それでは、出発しまーす」


 ゴトゴトと音を立てて魔動車は再び走り出す。


 ここで見る限り東の街道はかなり発達している。割と頻繁に巡回兵や積み荷を満載した馬車や魔動車とすれ違う。まるで魔族との戦争など関係ない様だ。ここは平穏そのものに見える。


 そういえば……。

 前回の魔族大戦の折り、旧シャルディスク領はほとんど魔族軍との戦闘を行わずあっさりと占領を受け入れたそうである。そのために人的・物的被害はほとんど無く町は無傷のまま残ったのだ。だが当時のシャルディスク領領主ミルディア・シャルデスクは戦後、王国から裏切り者と揶揄され元から裏取引があったのではないかと疑われていた。


 まあ、最後まで激しい抵抗を続けたブランドル領の惨状を知っている俺からすれば、早々に占領を受け入れ人的被害を出さなかったシャルディスク領の判断は間違っていなかったと思えるのだが……。


 現在のセイン領も森人を通じてアビゲイトと取引があるという話だし、今回の戦争には参加しないつもりなのかもしれない。少なくともこの領内で戦闘が行われている様子ない。


 魔動車は途中アーミルトンという町に立ち寄り、そこで一組の夫婦を乗せ再出発した。


 この頃になるとさすがにサライタルもエティナーも荷物を抱え眠りこけ始めた。まだ日のある時刻。恐らく三時過ぎくらい周囲が木々のまばらな草原地帯に差し掛かり、突如、間仕切りを開け丸帽が顔を出した。


「もうすぐ終点シャルディーに到着しまーす」


 ――ようやくか……。〝麗しの古都シャルディー〟をこの目で見ることが出来る。


 前回は魔族軍の拠点が置かれていたために近づく事すらできなかった。しかし、色々と話は聞いていた。いにしえの街並みを残す静かる古都。王国民の保養所。この街には一度は訪れてみたいと思わせる何かがあるという。


 魔動車が砦のような建物の中へと入って行く。そして止まった。


「終点シャルディー、シャルディーに到着しましたー」


 魔動車に乗っていた乗客たちが降りていく。


「ナオヤさん着きましたよ」


 オルトが声をかけてきた。


「うん」


 そう言って俺も荷物を抱え車を降りた。すぐ脇にあった階段を上った。


 眼前に広がる大きな湖。対岸に見える島に領都シャルディーがある。ちなみにシャルディーとはこの地方の古語で〝輝ける湖〟を意味する言葉だそうだ。


 俺たちはそのまま壁の上を歩き、船着き場の桟橋へと向かった。

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