第46話『乗り合い魔動車』


 俺たちは乗り合い魔動車の待合室の扉を開けた。作業現場のプレハブ程度の室内にそれぞれ大きな荷物を抱えた男が二人座っている。風体からすると行商人のようだ。部屋の奥の方に小窓の付いたカウンターが設置されている。小窓に近づき声を掛けた。


「すみませんシャルディーまで行きたいんですけど」

「一人銀貨四枚と銅貨五枚だよ。荷物は一エセルまで無料でそれ以上なら追加料金を頂くよ」


 一エセルは確か商人の使う重さの単位で十キログラムくらいだったはず。流石にそこまでの重さは無い。


「二人分だけで」

「では銀貨九枚」


 俺は小金貨一枚を差し出しお釣りとチケットを受け取った。オルトと共に待合室のベンチに腰掛け待つことにした。オルトはベンチに腰掛けたとたんにうつらうつらと居眠りを始めた。窓の外に運転手が現れ魔動車の始動の準備を始めた。


 魔動車は魔石で水を生み出し、魔石で水を熱して走る蒸気車だ。走り出すまでの準備に三十分くらい掛かるだろう。俺も座ったままで目を瞑り静かに待つことにした。



 〝フォーーン!〟汽笛の音が鳴り響いた。


 目を開けると魔動車がもうもうと蒸気を吐いていた。準備が整ったようだ。丸帽をかぶった男が待合室に入って来て声を張り上げた。


「ご乗車ください!」


「おい、オルト。起きろ、出発するぞ」


 俺は横でスヤスヤ寝ているオルトを揺り起こした。


「ふわっ! 何ですか……もう着いたのですか……」

「寝ぼけんな。まだ発車もしてないだろ」

「そうでした。ふぁ~」


 俺たちは荷物を抱え魔動車の荷台に乗り込んだ。二人の行商人たちは奥の方へと座った。俺は一応戦闘職のハンターなので何かあったとき、すぐ飛び出せるように一番後ろの列の端に座った。オルトは俺のすぐ前の席だ。


 しばらくすると魔動車がシュウーシュウーと蒸気の音を奏で始めた。丸帽の男が運転席の間仕切りを開けて声を張り上げた。


「出発しまーす」


 エンジンがポスポスと軽い音をたてて回り始める。車輪がゴロゴロと音を立てて動き始める。


 その時……。


「おーい、待ってくれ! 乗せてくれ」


 幌の向こう側、運転席の方から声が上がった。走り始めていた魔動車が音を立てて急停車した。


「いやー、間に合った。間に合った」


 そう言いながら一組の男女が大きな荷物を抱え幌の後ろから乗り込んで来た。


 ――ん? この人……。


 男の方も俺に気が付いた。


「おや、君は昨日買取所に来てた人だね」


 男は昨日買取所に居た丸眼鏡の線の細い男だった。


「あ、はい。これからシャルディーに向かいます」

「そうかい、そうかい、私も急遽、領都へ戻らないといけなくなってね。いや、参ったよ」

「大変ですね」

「本当だよ」


 その背景で一緒に乗ってきた女性が大きなカバンを床に置き、腰の剣を外してその上に置いた。身長は百八十はある。髪はブラウンで顔は非常に整っているがそのまなじりは険しい。胸は大きくなく肩幅は広めで一目で鍛えられていることがわかる体つきだ。青地に金モールの付いたジャケットを着ているのでお城勤めの文官に見える。察するにこの男の秘書兼護衛といったところか……。


 そう言えばこの男の着ている服も仕立ての良いグレーのハーフコートだ。肩で揃えた金髪のサラサラ髪。丸眼鏡に施された彫金も意匠が凝らされている。恐らく貴族で間違いないだろう。あまり関わり合いにならない方が良いかもしれない。


 だがその心配は杞憂に終わった。

 男は席に着くとすぐに自分のカバンから書類を引っ張り出して読みふけり始めた。女が横から男に耳打ちしているのが聞こえてきた。


「……サライタル様、何もこのような時まで読まなくても……」

「……仕方ないだろ、エティナー。私には時間が無いのだから。もっと資料を集めて研究を進めなくては……」


 サライタル? 風体や会話の内容からすると御用学者か何かのようだ。魔物に興味を持っていたようだしその方面の人だろう。


「出発しまーす」


 丸帽の男が再びそう声を上げ魔動車は走り出した。


 正直、魔動車の乗り心地はあまり良くない。ガタガタと揺れ時折大きく飛び跳ねる。重量が軽かった分カライソさんの馬車の方がましなくらいだ。着地のショックがもろに伝わってくる。他の乗客たちは自分の荷物の上に乗りクッションにしているようだ。サライタルだけが座椅子に深く腰掛けてまだ書類を読みふけっている。よく平気だな。こういった乗り物が得意な方の俺でもお尻が痛くなってきた。いや、荷物の上に乗ったオルトはそのままの姿勢で眠っているようだ。すごいな、こいつ。


 走り続ける事約二時間。お昼前になって魔動車はローワンという町にたどり着いた。


「当車両は一鐘の間、魔力補充のために停車しまーす」


 間仕切りを開き丸帽の男がそう伝えた。


 一人の行商人は荷物を抱えて車を降りて、もう一人は荷物をそのままにして停車場に併設されたお店の方へと消えていった。サライタルの方を見るとまだ熱心に書類を読んでいた。呆れた様子でエティナーと呼ばれた女は一人魔動車を降りていった。護衛はいいのだろうか。


「さあ、私たちもご飯を食べに行きましょう!」


 いつの間にか目を覚ましていたオルトが元気よくそう声をかけてきた。


 ――お前な……。


 俺たちは連れ立って魔動車を降りた。

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