第45話『小さな赤い花亭の夕食』


 お風呂に浸かった俺たちは部屋へと洗濯物を干してから食堂へ向かった。またもオルトは少しのぼせたようだ。赤い顔をしてふらついていた。いつもの事なので「食ったらすぐ寝ろ」とだけ言っておいた。ちなみにお風呂は一般家庭の二倍程度の普通のお風呂だった。


 階段を降り食堂へ入る。どうやらここの夕食はビュッフェ形式で頂くようだ。花柄のテーブルクロスを掛けられた大きなテーブルに大皿に盛られた料理が並んでいる。

 お客は俺たち以外にも七人はいる。うち女性は五人いるので、やはりここは女性に人気があるようだ。


「まるで貴族様の屋敷の様です」


 オルトが赤い顔のまま目を輝かせてそう言った。きっと立食パーティーの事をいっているのだろう。ああそうか、こいつは貴族の屋敷に雇われていたことがあったんだっけ。


「でも調子に乗って食いすぎるなよ。他のお客もいるしな」

「はーい」


 俺たちは取り皿を持ち、自分たちで好きなように料理を盛っていった。


 料理のメインはやはりソーセージのようである。太いの細いの長いの短いの色々ある。白いの赤いのまであるようだ。丸ごとローストされた鴨のような鳥。何の肉かは分からない野菜と一緒に炒めた料理。茹でジャガイモにマッシュドポテト。普通のサラダもある。スイーツだってパウンドケーキに甘い蒸しパン、クッキー……。


 俺はふと気になってオルトを振り返った。


 ――あっ、やっぱり。初めてバイキングに来た子供みたいになっている。取り皿に全ての料理を山盛りにして最後に乗せるスペースが無くてアタフタしている。貴族屋敷で見た事あるのじゃないのか?


「もう一度取りにくればいいだろ」

「で、でも、先に無くなったらどうすんですか……」

「しょうがないな。あとどれが食べたい。俺の皿にも乗せてやる」

「だったら、これと、これと、これと、あっ、あれも……」

「どんだけ食うつもりなんだよ」


 結局俺たちは二人とも取り皿を山盛りにしてテーブルに着いた。俺は軽く手を合わせオルトは祈りを捧げ食べ始めた。


 料理はどれも普通においしい。


 この国では特にソーセージに妙にこだわりがある。村や町ごとに製法が違ったり味付けが違ったりするのだが、物によっては日本人である俺の口に合わない味の物もあるのだ。例えば血のソーセージなどは味が濃すぎて駄目だった……。それに比べればここの料理はどれも上品な味付けで好感が持てる。思わず食が進んでしまう。


「おい、オルトちゃんと残さず食えよ」


 前を見るとオルトの手が止まっていた。困惑の表情からすると食べても食べても減らない自分の皿に驚きが隠せない様子だ。馬鹿がいっぱい取るからだろうが!


「わかっています。お残しは絶対にしません」


 オルトは少し涙目になりながら自分の皿と格闘を再開した。先日もヨルテンの村で食べきれなかったくせに。全く進歩の無い奴だ。学習しろよ。


 結局オルトは自分の皿を平らげたところでダウンした。そして俺の皿の上には大量のスイーツが残された。俺は女将に言って大麦コーヒーを淹れてもらいじっくりと時間をかけて食べ切ったのだった。


「ふー、食った食った」

「……」


 オルトは無言でテーブルに突っ伏している。


「おい、オルト。次からは自分が食べきれる分だけにしろよ」

「あい……」



 食事を終えた俺たちは部屋へと戻った。

 本来であれば少し酒場によって情報収集をしたかったのだが、もはやお腹がいっぱいで動きたくないというのが正直な感想だ。


 一応、既に宿の女将からシャルディーまでの乗り合い魔動車が村から出ていることは聞いているので問題はない。朝に宿を出てそれに乗るつもりでいる。


 俺はそのままベッドへ横になった。


 ――あ、このベッド、サスペンションが付いている。


 恐らくベッドの枠に革紐が付いておりそれでマットレスを浮かせてあるのだ。約束されたふわふわとした寝心地。いつも硬い床などに寝ていた俺にとってはまるで雲の上にいるみたいに感じる。俺は一気に眠りに落ちた……。



 目が覚めるとバルコニーから見える東の空が僅かに明るくなっていた。余りに深く眠っていたので時間の感覚があやふやだ。隣のベッドで寝相の悪いオルトが半裸になってスヤスヤと寝息を立てている。


 俺はベッドから這い出してバルコニーに出てみた。今日はやけに肌寒い。夜明け前特有の熱を失った冷たい風が吹いている。時刻的には五時前といったところか。よく晴れ渡った空。耳鳴りが聞こえて来るほどの静寂。どうやら今日は良い一日になりそうだ。俺は再びベッドへ戻り微睡んだ。


 東の空が次第に明るくなってきた。


「おい起きろ」


 俺はベッドから這い出し、窓を全開にしてオルトの布団を引っぺがした。


「うう、寒い―……」

「朝だぞ、オルト、起きろ」

「……」

「早く起きないと朝飯食えなくなるぞ」

「起きます」


 俺たちは荷物をまとめ一階の食堂へと向かった。

 昨晩とは打って変わって簡単なメニューの朝食を済ませ小さな赤い亭を後にした。


 俺たちは乗り合い魔動車の待合所がある村の南門へと向かった。


 テニスコートほどの敷地に大型の魔動車が二台止まっている。乗り合い魔動車という名前でバスのことを想像していたが、原形は幌馬車なのだろう。それは完全に荷台に幌の付いたトラックだった。荷台を覗き込むと後ろ向きに設置された座椅子が幾つも並んでいるのが見えた。


 運転手の姿はどこにも見当たらない。魔動車の暖気もまだのようだ。


 俺たちはとりあえず近くにある待合所らしき建物の扉を開けた。

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