第44話『小さな赤い花亭』


 食事を終えた俺たちはザラック村を歩き回り宿屋を探した。そして、途中で出会ったおばさんのすすめで村の東側に建つ小さな赤い花亭という名前の宿屋にたどり着いた。


 木造二階建て白く壁の塗られたお洒落で手入れの行き届いた清潔感のある佇まいの建物だ。成る程、女性に人気の出そうな宿だな。俺たちはガラス窓の嵌った扉を押し開けた。カラカラとドアベルが鳴った。


「あら、いらっしゃい。今日はお泊り?」


 目の前にあるカウンターの向こうから金髪ロングで妙齢の女性が声をかけてきた。グラマラスなボディー。一言で言い表すならゆるふわ系のフランス美人だな。きっとこの宿の女将だろう。


「ええ、今晩の宿をお願いしたのですが」

「そう、朝夕二食付きにお風呂付で一人銀貨四枚よ。どうする」


 お風呂がある! もうそれだけで泊まる価値がある!


「お願いします!」

「そう、でもお風呂は日暮れから二鐘までだから注意してね」


 日暮れから夜の二鐘は大体二十二時くらいだ。


「はい」


 俺は何のためらいもなくオルトと合わせて銀貨八枚を支払った。



 鍵を預かり二階へ上がる。部屋は北の角部屋だ。

 部屋はさほど広くはないが採光も明るく調度品のセンスも良い。北の窓からはタタワル山が望め東のバルコニーからは周囲の草原が見渡せた。


「素敵な部屋です」

「だな」


 俺たちは部屋へと入り荷物を下ろした。


「なあ、オルト。俺は色々買い物に行くけどどうする」

「えー、私、部屋で待ってます」


 そう言ってオルトはベッドへ飛び込んだ。待つのではなく眠るつもりのようだ。まあ好きなだけ寝ててくれ。


「しっかり戸締りはするんだぞ。もし外に出るのならカギを掛けろよ」

「はーい」


 本当にわかっているのだろうか心配だ。俺は背負い袋の中身をベッドの上に取り出して空になった袋を担いだ。


「それじゃ行ってくるけど、大人しくしてろよ」

「はぁーい」


 そう言って俺は物資の調達に向かった。



 先ずはワイルドに左袖の無くなったシャツを買いに行かなくてはいけない。俺は衣料品店を探した。すぐに街道沿いにそれっぽい小さなお店を見つけた。お店の中は様々な衣装が所狭しと積まれている。古着も新品も一緒くたになって売られている。日本で言えば古着屋に近いお店だがこの国の服屋としては一般的な光景である。俺は扉を開けて店内に入った。


「はーい、いらっしゃーい」


 素肌に白のロングコートを羽織った男が出てきた。一応皮のピチピチのズボンを穿いているので変質者ではない。だがオネエの可能性は高い。


「何をお探しー」


 男はしなを作りながら話しかけてきた。やっぱりそうなのか。


「あのー、生成りの紐シャツはありますか」

「いっぱいあるわよー。これなんてどうかしら」


 オネエが差しだしたのは確かに生成りだが、胸元に大きく水色で蔦模様の刺繍の入ったウエスタン調の服だった。


「もう少し地味なのないですか」

「あら、だったこれはどうかしら」


 ――いや、派手になっとるがな。


 オネエが次に差しだしたのは、刺繍のサイズこそ小さいが胸元に赤いバラの刺繍の入ったシャツだった。どいう趣味だよ!


「いえ、刺繍も何も入っていない奴でお願いします」

「あら、若い内はもっとお洒落しないと駄目よー」


 駄目でもいいからもっと普通の服をくれ。


「そうねー、だったら、これはどうかしら」

「……」


 次にオネエが出してきたのは階級章こそ付いていないが黒地に金ボタンの軍服だった。ナニコレ超絶カッコ良い。


「それ……ください……」

「毎度あり―。銀貨三枚に負けておくわよ」

「はい……」


 俺はお金を支払いその場で服を着替えた。こうして俺は服を買いお店を後にしたのだった。生成りの中古シャツよりは割高になったが後悔はしていない。


 それから、道具屋を探し旅の間に消耗した保存食を補充した。


 その頃には日も沈み西の空が赤く染まり始めた。夕焼けの赤い空を見上げていると、ふと幼馴染の岬楓みさきかえでに告白をした日の事を思い出した。


「……ナオヤは一日で随分と大人になってしまったね。わかったわ、でも、返事はもう少し待っててくれない……」


 俺はもう一度元の世界へ帰りその返事を聞かなくてはならない。待っていろよ……。


 俺は荷物を抱えオルトの待つ小さな赤い花亭へと戻っていった。



「ナオヤさん遅いですよー。もうお腹ペコペコです!」


 部屋の扉を開けるとたった今目を覚ましたらしいオルトがそう言ってきた。


「いや、まだご飯出来て無かったぞ」


 この国の習慣では宿の夕食は通常日暮れから始める習わしだ。今、一階の食堂では従業員が慌ただしく準備をしていた。


「ええー、そんなー」

「だから、先にお風呂に入るぞ。その方がおいしくご飯が食べられる」

「はい……」


 俺たちはお風呂に行く支度をした。


「ん? オルト、どうしてお風呂に行くのにそんなに下着を持って行くんだ」

「何を言っているのですかナオヤさん。お風呂で洗濯は当然じゃないですか」


 成る程、そういう事か。この国ではお湯は貴重だ。体を洗うついでに洗濯もするのは合理的な考えだ。


「そうか、俺も持って行こう」


 俺は慌てて洗い物をまとめた。


「よし、お風呂に行くぞ」

「はい」


 汚れた洗濯物を抱え俺たちはお風呂へと向かった。

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