第43話『ザラック村狩猟組合買取所』


 塔は高さ五メートルほどの石壁に囲われてた敷地の端に建っているようだ。すぐ脇の門が開け放たれ中から怒号が聞こえて来る。門の中に時折ファーロンが忙しなげに歩いているのが見える。


 俺とオルトはそれを横目に見ながら買取所の看板を探した。


 ――あ! あった。鴨が逆さづりになっている看板だ。


 看板は砦の門のすぐ前にあった。俺たちは狩猟組合買取所の扉を開けた。


 オストルの買取所はどこかの役所のような雰囲気だったが、この村の買取所は作業場のように見える。長いカウンターの向こうには大きなテーブルが置いてあり、獣の毛皮が山積みされている。その脇には大きなバネ秤が置いてあり、近くのテーブルには拡大鏡やメジャーが散乱しているのが見える。


 俺はカンターに座っている丸眼鏡をかけた線の細い男に声を掛けた。


「すみません、魔核を買い取ってもらいたいのですが」

「ん? ああ、魔核ね……。うん、ちょっと待って」


 そう言うと男は何やらサラサラと書類を書き上げてから立ち上がった。


「どれ見せてごらん」

「ああ、これです」


 俺はホブゴブリンから抜き取った魔核を取り出した。


「ほう、透明魔核かい。サイズ的にはホブゴブリンだね」

「はい、そうです。タタワルの麓で出くわしました」

「うむ」


 透明魔核は一段目に階位を上げた直後にしか取れない希少価値が高い魔核である。そのくせ相性というものが無くどの魔核と組み合わせても魔石の魔力を底上げできるので魔石加工師には重宝がられるのである。しかし、サイズが小さいだけに価格には期待が出来ない。


 男はルーペを覗き込み、ノギスで縦横のサイズを測りメモに数字を書き込んだ。


「うむ、三つで金貨二枚と小金貨一枚だね」


 おや? 想像していたのより倍近い値段が付いてしまった。


「ではそれでお願いします」

「君は欲が無いのだね」

「え?」

「最近では魔核の重要が益々増えているのだよ。相性をもたない透明魔核の需要はさらに増えている。まあ、最もこの戦争の所為でこの先はどうなるか分からないけどね。うん、いいだろう金貨二枚と小金貨五枚で買い取ろう」

「はい、お願いします」


 何も言ってないのにさらに値が上がってしまった……。いや、最初からその値段で買い取れよ。


 男は金庫に行ってお金を取り出しトレーに乗せて戻ってきた。俺は金貨二枚だけ腰の小袋に納め小金貨三枚をオルトに渡し残り二枚をベストのポケットに入れた。


「オルト、これ緊急用に持っておけ」

「あい」

「無駄遣いすんなよ」

「……」


 オルトがあからさまに視線を逸らす。無駄遣いする気満々なようだ。


「もう他にはないのかい。そっちの背負い袋にも何か入ってそうだけど」


 買取所の男が聞いてきた。中々鋭い。鑑定の魔法でも持っているのだろうか?


「いえ、これはお土産用のつまらない代物ですよ、あははは」


 流石にここでドラゴンの牙と爪、それにでっかい魔石はまずいだろう……。間違いなく騒動になってしまう。ここはセイン領なので捕縛されることは無いだろうが今は注目を集めたくはないのだ。


「そうかね、また面白いものがあったら持ってきてくれたまえ」

「はい、それでは」


 狩猟組合の人間にしては変わった事をいう人だ。俺たちは買取所を後にした。


 扉を出て門の方を見た。砦の中の騒動は終わったらしい。怒号は聞こえてこない。柵に繋がれたファーロンが飼い桶に頭を突っ込み何か食べているのが見えた。



「さて、俺たちはもう宿屋でも探すか。オルトどこがいい」

「あれです」


 オルトが差したのは村はずれに見える大きな木造三階建ての建物だった。


「あれは村役場だろうが!」

「だったらあれです」


 次に指したのは立派な石造りの屋敷だった。


「あれは多分村長の家だ」

「もう、だったらどこでもいいですよー」

「なんだそれ」


 俺たちは来た道を引き返し宿を探すことにした。


 人が少ないので気が付かなかったがいくつかの飲食店が開いているみたいだ。時刻は既にお昼を過ぎた。このまま宿屋に行ってもいいのだが通常宿屋ではお昼ご飯は提供されない。外に食べに行くかパンなどを買って簡単に済ますことが普通である。


「やっぱ先に食事にするか」

「はーい」


 俺たちは手近な開いているお店を選び扉を開いた。

 どうやらこのお店は飲食兼酒場のようだ。五人ほどのカウンター席に八卓ほどの丸テーブル。お客が一人もいないので結構広いお店に見える。


 俺たちはお店に入り窓際の席へと付いた。給仕のお姉さんがメニューボードを持ってやって来た。


「何になさいます?」

「どれがおすすめですか」

「うーん、ジャガイモ焼きかな。ここの名物だし。後はそうねオーク肉の香草焼きかな」

「う……」


 ――食べるんだ、オーク肉……。流石にオークの多い黒の森に近いだけある。二足歩行の生き物を食べるのにはちょっと抵抗がある。

 ちなみにジャガイモ焼きは他の地域でもよく食べられている。スライスしたジャガイモにスライスしたタマネギと小麦粉を混ぜ合わせ、フライパンで焼いたお好み焼きのような料理である。


「えーと、黒パンとジャガイモ焼きと茹でソーセージ、あと大麦コーヒー。オルトはどうする」

「同じもので。飲み物は果実水です」

「はい、ちょっと待ってて」


 注文したすぐに料理は運ばれてきた。早速、ジャガイモ焼きを切り分けて食べてみる。


 ――おお、かなりお好み焼きに近い味がする。


 地域によってはジャガイモの分量が多くハッシュドポテトになっている場合もあるが、ここのは小麦が多くもっちり食感のお好み焼きに近い。上にかかったソースもセインソースベースの甘辛味でどことなく和風を感じる味になっている。懐かしい味だ。


「ナオヤさん、どうかしましたか。涙目になってますよ」


 祈りを終え食事を始めたオルトが聞いてきた。


「いや、ちょっと懐かしい味だったもんで感激しただけだ」

「そうですか、これがナオヤさんの故郷の味ですか」

「うーん、まあ、そうだな」

「今度私もこの料理挑戦してみます」

「いや、お前、料理しないだろ。見た事ないぞ」

「そうでした、私は食べるの専門でした」


 ――まったく、こいつは……。でもこれがオルトの気の使い方なのだろう。悪い気はしない。少しいい加減すぎるのが難点か……。

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