第42話『ザラック村』
朝になり目が冷めた。まだ夜は開けてない。周囲は薄暗い。
――何だか体が重いな……。ん? っておい!
オルトが俺の身体の上に乗りしがみついていた。
「……」
――幸せそうな顔で眠りやがって……。まだ寒い時間だからもうしばらくだけこのままで良いか。
俺はもう一度目を瞑り惰眠をむさぼる事にした……。
「あ、やっぱ重いや。よっこいせっ」
「ふぎゃ……むにゃ……」
俺はオルトを体の上からどかせ寝床から這い出した。
竈に火を熾し、鍋に小麦粉・水・水飴を入れてよく混ぜる。フライパンに油を敷き材料を焼けば即席パンケーキが出来上がり。フライパンで水飴を焦がしカラメルソースを作って上に掛ける。
「くんくん、いい匂いがします!」
オルトが目を輝かせて寝床から這い出してきた。
「ああ、もうすぐ出来るから待ってろ」
「はーい」
最後に俺はお茶を淹れた。
「頂きます」
オルトは祈りを捧げ食べ始めた。
「食べ終わったら出発するからな」
「あい」
「麓の村にはお昼までには着くだろう」
「あい」
気のせいかオルトに次第に距離を詰められている気がする……。
俺は地図を広げた。街道の上に村を示す〇が書いてある。麓の村の名はザラック。砦のマークも付いているので恐らく城下町のような村なのだろう。
前回シャルディスク領に潜入した時には、魔族軍が駐留していて立ち寄ることが出来ず、遠巻きに見ながら迂回した村である。
食事を終える頃になってようやく周囲が明るくなり始めた。
俺たちは荷物を片付け出発した。梯子を下り南へ向けて街道を下る。樹木も少なく荒涼とした景色が広がっている。
山々の稜線から朝陽が顔を出した。暖かい陽射しが差してくる。俺たちは明るく照らし出された街道を歩んだ。
途中の水場で一度の休憩をはさみタタワル山の麓へとたどり着いた。
広い草原を突っ切る街道の先の小高い丘に二重の柵に囲われた塔が見える。恐らくあれがザラック村だ。俺たちは村へと近づいた。
街道の両脇に高さ五メートルほどの大きな石の柱が建っていた。門ではない。何かのオブジェだろうか? 訝しみながらも俺は柱を通り過ぎた。
「おい、お前たちどこから来た!」
柱の陰から青いコートに十字槍を持った男が飛び出してきた。どうやら柱の後ろ側には椅子が置いてあり兵士の待機所になっていたみたいだ。
「はい、タタワル山を見るのにミゼーの町から回り道してきました」
「こんな時に観光か、戦争が起こってるのに良い身分だな」
「いえ、本業はハンターなので高く売れる魔物を探してただけですよ」
「そうか、うん、通っていいぞ」
「はい、行くぞオルト」
「はい」
今のがセイン領の関所のようだ。随分と緩いな。
しばらく進みザラック村へとたどり着いた。街道を跨ぐように大きな木製の門が設置されている。十名ほどの青いコートの兵士たちが門の警備に付いている。俺たちは開け放たれたままの門をくぐり村の中へと入った。
街道の両脇は畑になっているようだ。大麦の穂が風に揺れている。向こうの方に葡萄の畑も見える。少し歩くと次の門へとたどり着いた。門をくぐり村の中心部へと入る。
「おおー」
オルトが声を上げた。
村と表記はされていたがミリガンロイズの町より規模は大きいかもしれない。
正面、村の中央に高さ十メートルほどの太い円柱形状の塔が見える。屋上に二本の旗がはためいており、片方は白地に交差する剣と数字の入った隊旗で、もう一方は懐かしい青地に馬と太陽の紋章のセイン家の旗印である。
街道の両脇にはお店や宿屋が並んでいる。建物はログハウスが多いせいでまるで西部劇に登場する街並みのようだ。人が居れは間違いなく賑やかな場所なのだろうが、今は人気も無く閑散としている。
「何だか寂しい感じです」
「そうだな」
普段の賑わいを感じられるだけに、それが逆に寂しさを際立たせている。まるで休業中のテーマパークといった様子だ。古道具屋らしきお店の前にロッキングチェアに座ったお爺さんを見つけた。
「あのー、すみません」
「なんじゃね」
「この村で魔物素材の買取やっているお店はありませんか」
「狩猟組合の買取所なら砦の前に建っておるの」
「そうですか、ありがとうございます」
「うむ」
その時、門の方から物凄い勢いでファーロン(騎竜)の一団がなだれ込んで来た。目の前を通り過ぎ、そのまま砦の方へと向かって行った。幾人か負傷者を抱えていたみたいだ。
「あれは……」
「恐らく西の村じゃて。なんでもタタワルからオークの群れが迫っとるらしくてな、その討伐隊じゃろ」
「そうですか……」
きっとそれは昨日戦ったスケルトンドラゴンの仕業だろう。住処を追われたオークが流れてきたに違いない。
ちなみにこの世界でのオークはあまり豚には似ていない。どちらかといえば毛のないゴリラと表現した方が正確である。力が強く先日戦ったホブゴブリンよりは危険な相手だ。
俺たちは再度お爺さんにお礼を言い買取所の方角へと進んだ。
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